5話 回想4
リオンが現れた後、シェリカ、レオラスと別れたリルは先を行くリオンの後を大急ぎで追いかけていた。
リオンは、怒っているのか一言も発さずに早足で歩いていく。城の廊下は入り組んでいて、下手すれば見失ってしまう。リルはリオンに置いて行かれないように駆け足でついていった。
階段を下り、角を三回曲がって、また階段を下り……、リルは地下まで連れてこられた。立派な金属の扉の前で立ち止まる。
リオンはポケットから鍵を取り出すと、手早く回した。
どうやら、部屋はリオンの私室らしかった。部屋にはほとんど何もなかったが、数着のリオンの服と、焦げ茶色のデスクが置いてあった。
『…おまえ、城に何しに来た?』
唐突にリオンが聞いた。不機嫌さを隠そうともしない、ぶっきらぼうな声音だった。
『…?分からない。レオラスに連れてこられた』
無表情のまま首を傾げたリルに、リオンは舌打ちをした。
『あの馬鹿兄貴の差し金か…余計なことを』
『…?何が余計なこと、なの?』
『お前を連れてきたことだっつーの。…お前、シェリカに何か言った?』
リオンがリルに尋ねた。リルは、正直に答えた。
『うん。シェリカ様がリオンと結婚したいって言うから、できないよって教えてあげたの。だってリオン、シェリカ様の叔父さんなんでしょ?』
『…いや、まて。何でお前がそれを知ってる?』
『レオラスに教えてもらった。だいじょうぶ、タゴンはしない。』
『……』
リオンは、もはや何も言う気力が起こらないようだった。レオラスが、全ての元凶だった。
リオンは無言で、指を鳴らした。途端に魔法陣が形成されていく。もう一度指を鳴らすと、そこにはレオラスが苦笑いで立っていた。
『…やあ、リオン。さっきぶりだね。何か用かな?』
リオンの怒りを感じ取りつつも何もないふりを通すレオラス。リルは彼をじっと見つめた。
『レオラス、リオンが怒ってる』
『うん、知ってる』
レオラスは引きつった笑みを浮かべた。
『レオラス』
『何?』
『何でリルを連れてきた?』
それは、リルも知りたいことだった。
『ああ、シェリカを矯正しようと思って』
『…矯正?』
リオンが怪訝そうに眉を顰める。レオラスは頷いた。
『ああ。あの子、前から我儘だったけど、リオンが護衛になってからもっと酷くなったんだ』
『ああ、そういうことか。シェリカの我儘をやめさせようと思ったんだな』
『でも、なんでリルを連れてったの?』
リルが尋ねるとレオラスは肩を竦めた
『さあ。俺にも分からない。リルを会わせてみろって言ったの兄さんなんだよね』
『ロイが…?矯正のために、か?だがあいつ、シェリカに甘々だったじゃないか』
思っても見ない言葉に、リオンはだいぶ困惑したようだった。レオラスも首を傾げる。
『知らないけど、なんか、隣国がーー』
レオラスが曖昧に何か言いかけた時、丁度扉が叩かれた。
『リオン、ロイだ。入るぞ』
凛とした声が、来客者の正体を知らせる。全員が、扉を凝視した。
入ってきたのは、すらっとした長身の男性だった。部屋を見回し、頷く。
リルは、格好、気品から彼が誰なのかをなんとなく察した。
『レオラスもいるのか。丁度いいな…。そして、こちらはリル嬢か?…私は国王のロイだ。来て早速だが、本題に入ろうと思う』
つらつらと喋る男、ロイ。やはりリルの想定した通りの人だった。
ロイは、挨拶もそこそこにリオンに向き直った。
『何?こんなところまで来て。どうかしたのか?』
リオンが怪訝そうに尋ねると、ロイは、眉をしかめた。心底嫌そうに口を開く。
『シェリカを、隣国の学校に預けることになった』
『は?』
『どういうこと?』
『…?』
3人とも理解が追いつかなかった。ロイは重々しく頷いた。
『そろそろ、教育し直さなくてはならないし。それに、……そろそろ一千年目、だろう…。』
『…っ…』
少し躊躇いながら告げられたその言葉に、レオラスとリオンは目を伏せた。
一千年目…。
リルにはそれがなんのことか分からず、ただ唖然とするだけだった。
しかしリルに説明されることなく、話は進んでいく。
『…そっか。やっぱ俺らの代なんだね』
レオラスが諦めたように苦笑する。
『…仕方がない。分かっては、いた』
ロイも苦笑いを浮かべる。
『……』
『リオン?』
リオンは黙って首を振った。
『ロイたちは、行かなくていい。…俺だけ行く』
小さな声で、だがきっぱりと告げられた言葉に、ロイ達は驚きの表情を浮かべた。
『馬鹿、何言ってんだ!』
叫ぶように声を荒げ、レオラスがリオンの肩を掴んだ。ロイは黙ってリオンの次の言葉を待っている。
リオンは困ったように笑った。
『ロイ達には借りがあるし…俺だけでも、計算上は大丈夫なはずだ』
『そういうことじゃっ…』
『リオン、お前それ本気で言ってるのか?』
レオラスの言葉を遮ってロイが尋ねる。感情を抑えこんだような、静かな声だった。
『……ああ。死ぬ奴は少ない方がいい』
『…もう少し、考えろ。とりあえず、シェリカの件は伝えた。学校への出発は一週間後だ』
パタンと扉が閉まり、足音が遠ざかっていく。部屋には微妙な空気が流れていた。耐えきれなくなったように、レオラスも扉へ向かっていく。
『……』
レオラスは扉の前で何か言いたそうな素振りを見せた後、結局何も言わずに出ていった。
『…あー、俺らも行くか』
居心地悪そうにリオンが言い、ずっと黙っていたリルは、こくりと頷いた。が、その前に聞きたいことがあった。さっきは話を邪魔しないように、ずっと黙っていたのだ。
『…さっきの話、何?一千年て、何のこと?』
しかしリルが尋ねると、リオンは唇に人差し指を当てて、皮肉気に微笑んだ。
『残念だけど、教えられないな。…だけど、そうか。お前もどうにかしないとだよな』
不意に真顔になって、考え出す。リルは、そんなリオンを見ながら、この話を誰から聞き出すか、策を練っていた。
一千年に一度の何かが、間近に差し迫っていた。