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無表情な小娘  作者: 影詩
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2話 回想1

『へえ。まだ子供が残っていたのか』


初めてリルを見たその魔法使いは、あっけらかんとそう言った。


そこは数分前に焼け崩れた孤児院で、リルは焦げ臭い匂いが充満する中、いきなり現れたその人を見上げていた。泣かず、喚かず、ただ静かに立っていた。何が起きたのかはもちろん分かっていなかった。ただ、小さい子供らしくもなく、次に何が起きるのかを冷静に待っていた。その魔法使いが何をするのかを。


しかし、少しの間じっとしてリルの様子を眺めていた魔法使いは、口の端を皮肉気に歪めると、何もせず無言で踵を返した。そのまま歩いて何処かへ行こうとする。


その背中を慌てること無く静かに眺めたリルは、数秒後に彼を呼び止めた。


そして、気だる気に振り返った彼に、彼女は無表情に願った。


『連れて行って』と。


その声は、まるでどんな感情も含んでいないかのように静かだった。


その願いは予想外だったのだろう。魔法使いは、とっさに言葉を返すことができなかった。そして、彼はリルに尋ねた。


『お前は、俺が誰か、この場所で今何をしたか分かっているのか?分かった上で、俺について行きたいと言っているのか?』


彼は、法を犯したとある孤児院を、王の命令で焼き尽くしたところだった。


リルは首を振った。当然だ。今会ったばかりの人の事が分かる人なんていない。


『知らない。でも、そんなのどうでもいい。アナタが悪い人でも、リルはついて行きたい。ここのひとたちがさっきの火事で燃えたなら、リルはジユウでしょ?もう、ここにはいたくないの。』


魔法使いは、黙って考えた。本来、家の無くなった子供は、国の機関に届けなくてはならない。親戚を見つけるか、新しい親を探し出すためである。しかし、孤児院にいた時点で親戚を見つけるのは難しいだろうし、彼としてはあまり公の場に顔を出したくない。この様子では新しい親も欲しがらないだろうと考え、彼は改めてリルを見た。


この辺りでは珍しい黒髪に、血の色のような瞳。顔はパーツの細部まで整い、肌は白く、滑らかだった。確実に、数年後には美少女に。もっと後には男を惹きつけてやまない美女になる顔をしていた。…が、いかんせん無表情である。…素材が生きていない。


魔法使いは少女が何故無表情なのかは知らなかったし、どうでも良かったが、彼女の他の表情を見てみたいとは思った。ただの興味本気だった。ただの興味本気で、彼は少女を連れて行くことを決めたのだ。


『付いて来たいなら付いて来い』


すると、少女は少しだけ目を見開いた。無表情の壁が少しだけ崩れた。魔法使いはそれを見て機嫌良さ気に笑みを浮かべた。


『来いよ。お前は、自由だ』


リルは、彼に恐る恐る近づいていった。魔法使いは彼女が近くまで来ると、踵を返し、ゆっくりと歩き出した。リルでも充分ついて行ける速さだ。リルは、少しためらう素振りをした後、彼の後を数歩遅れて歩いて行った。




そのまま歩いて、孤児院の敷地外へ出た。


『……』


『おい、どうしたよ』


いきなり立ち止まったリルに魔法使いは尋ねる。リルは答えること無く今出てきたばかりの孤児院を振り返った。そして、焼け焦げた建物をじっと眺めている。


『なんだ、なんか未練でもあんのか?』


魔法使いの質問に、リルは首を振った。


『ちがう。お別れ。ここでの思い出、全部置いてく』


『…そうか』


『最初はね、いい人ばっかりで、…院長さんもいい人だったの。沢山いた子供も、幸せそうで、実際幸せだったの。

でも、2年前にね、院長さんのむすめが院の子供のケンカに巻き込まれて、階段から落ちて、コンスイジョウタイになっちゃって、…院長さん、おかしくなっちゃったの。おくさんも死んじゃってたから、独りぼっちになったと思っちゃったんじゃないかなぁ。

毎晩むすめの名前を呼んで、大声で泣いてたの。リルたちは、何日もほっておかれてね、それで、みんな逃げてっちゃった。リルは、トウボウのお手伝い』


『なんで、お前は逃げなかった?』


すると、リルは彼を見上げて首を傾げた。


『気がつかなかった?…見て、これ』


左手で髪を払い、細い首筋をあらわにする。ーーチャリ、と鎖の音が鳴った。

現れたのは青い石のついた首飾りだ。魔法使いは息を飲んだ。


… 一見するとただのアクセサリーだが、その青い石には、膨大な量の魔法が組み込まれていた。そのうち大部分をしめるのが、使役の魔法である。


『お前、それ…』


『おかしくなった院長さんにつけられたの。それからずっと、仕事をせずに命令ばかりしてくるカセイフさんの言う通りに働いてた。笑っちゃダメとか、泣くなとか、そんな命令もされた。もちろん逃げられないように魔法もかけてあったから、逃げられなかったの。…すごく、疲れた』


無表情のまま、リルはそう言った。魔法使いは、眉間にシワを寄せた。


『なんでお前だったんだ?』


『さあ。誰でもよかったんだと思う。適当に働かせるだけだし。たまたま目についたんじゃない?』


『……』


『なに』


『いや。別に』


魔法使いは、リルの頭に手を乗せて、わしゃわしゃと髪の毛をかき混ぜた。リルの無表情の裏の痛々しい感情を読み取ったのだ。リルは、なにも言わず、その手をじっと受け入れていた。




冬の夕暮れ。魔法使いとリルは、孤児院を後にした。













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