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無表情な小娘  作者: 影詩
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1話

 リルは、小さなソファの上で目を覚ました。暗くて広い部屋の中には、ベッドとリルの寝ていたソファ、

それに空っぽの本棚だけしかない。リルは、ふと喪失感を覚えた。


 空っぽの本棚。ベッドも……空っぽ。


 一瞬、脳裏にぎっしり本の詰まった本棚と、ベッドに座る誰かの姿が閃いた気がした。だが、すぐによく分からなくなってしまう。


 もやもやとした気分を抱えたリルは、そのままベッドに近づいた。思えば、なぜ自分はこのベッドで寝ないのか。


ベッドに数秒腰掛けたリルは、すぐに立ち上がった。


 落ち着かない。むずむずして、座り続ける事ができなかった。理由は分からない。だが、もうこのベッドで寝ようとは思えなかった。どうしてか、そこは自分以外の人の場所だという気がしたのだ。


「…?」


だが、そんなはずは無かった。リルは、独りぼっちの少女なのだから。

生まれてこの方保護者なんてものを見たことはない。母親も、父親も、リルは見たことが無かった。


実際問題、生まれた子供が独りきりで生きていくことなんて不可能である。だが、今のリルはそんな当たり前のことに気付くことが出来なかった。


目を伏せて考えていたリルは、家の外から聞こえる騒ぎ声に気が付いた。それは、子供が騒いでいるような声だったが、一度気になりだすと他の事には気が回らなくなった。


この声は誰のものなのだろう?

何人の人がそこに居て、何をして騒いでいるのだろう?

そもそもそこにはどんな風景が広がっているのだろうか?


リルは、なにも知らなかった。自分の住んでいる場所の事なのに。今、初めて外のことを知りたいと思った。初めて外の世界に関心を抱いた。


リルは、外に出たくなった。


そうっとノブを掴んで、まわしてみる。扉は、呆気なく開いた。


リルの目に、明るい色達が一気に飛び込んできた。

そこには全く覚えがないようで、どこか懐かしい景色が広がっていた。


騒いでいた子供の姿は無く、数人の靴跡だけが残されていた。靴跡は、家から伸びる道の上に続いていた。

リルは、ふらふらとその道を歩き出した。


その道の先に立つ、誰かの姿が思い浮かんだのだ。背の高いーー誰か。だが、それが誰かは全く思い出せなかった。


何か、ものすごく大事なことを忘れているような気分になった。


そのまま歩き続けていると、街に出た。大きな街。リルはひとつひとつ店を覗いて歩いた。見たこともない物ばかりが売られていた。

珍しく思って手に取ろうとしたら店主に睨まれた。じっと数秒見返してそのまま立ち去ると、背後で舌打ちが聞こえた。


「気味悪いガキだ。眉一つ動かさない」


リルは驚いて周りを観察してみた。


本当だ。周りの人間は、みんな喋って笑ったり怒ったりしていた。笑っても怒ってもいない人もいたが、彼らも、何かしら表情を変化させていた。


リルも頑張って笑おうとしたが、強張った頬がピクリと引き攣っただけだった。


「まぁ、いいか」


早々に挑戦を放棄したリルは、足を速めた。なるべく周りを見ないようにして。

彼らの笑顔に、誰かの皮肉気な笑顔が重なるように思えたからだ。


リルは歩き続けた。目的地は特に無かったが、まだ帰ってはいけないような気がした。

さっきからリルの記憶から出てくる“誰か”の正体が、この先の何処かにいるように思えた。


ただ闇雲に、何処までも歩いていけると本気で思った。リルの思考は、きっとその時から壊れていたのだろう。

…いや、違う。

最初から壊れていたのだ。彼女は。

表情を持たず、一般常識も持たず、それでもここまで生きてこれた…。

それは。

一体それは、誰のおかげなのだろう?





ふと立ち止まると、老人が立っていた。リルを見て、静かに微笑みを浮かべている。リルは困惑した。

こんな、壊れた自分を見て幸せそうに笑むのは誰なのだろうと。

彼は、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「久し振りだねえ、リル。今日はリオン様のお使いかい?」


「……リオン、様?」


リルは呆然と呟いた。


その名前が、鍵となった。


忘れていた彼の顔が思い浮かび、彼の髪の色、匂い、喋り方までが頭に雪崩れ込んできた。今までの彼との暮らしも。


3年前の彼との別れも、ちゃんと。


…ちゃんと。


忘れていた彼との記憶は、彼が魔法で抜き去ったのだった。別れの時に、不要だからと言って。


彼は、名の知れた魔法使いだった。魔法の扱い方は、ここらの地域だったら1番2番に上手かった。だから、リルが彼のことを思い出さずに、普通に生活していくこともできた。普通なら、四六時中一緒にいた相手との記憶は、完全には取り去りきれない物である。少しのきっかけで思い出してしまうこともよくあるからだ。


では、何故リルは彼のことを思い出せたのか。

簡単だ。魔法、魔術が解ける時には、パターンがある。


…それは、術者が死んだ時、だ。


つまり、リオンは、死んだのだ。


ーーリオンが、死んだ。


その事実にたどり着いて、リルはしゃがみこんだ。頭がぐるぐると回転する。


ーーああーーリオンが、死んだんだ…リオンが、死んだ…し、ん……で…ーー。


「っ⁈リルッ⁉︎…リル!ーーーー…」



老人の声が、遠くなっていった。










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