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君の瞳の中で 作者:ザクロ

第一章 記憶

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記憶

2年ぶりに再始動、ザクロです。2年たっても変わらず、むしろ劣化した文章ですが、よかったら読んでいってください。感想をお待ちしております。
もし、あの時、ああしていれば。もし、あの時こうしていれば。

人生というものは後悔がつきもので、必ずしもうまくいかない。

その後悔の数だけ、分岐点があり、平行世界がある。

どこかの大学教授がそんな論文を出していた。

俺にそれはあったのだろうか。今思うとなかったように感じる。

最初から、世界の理の外に居たのかもしれない。

いいや、「俺たち」が世界の理から外れていたのか?

どちらでもいい。俺が歩んできたこの人生は、おそらく覆らない。

そうやって人は生きていく。間違いや後悔の上に立つ。


ーーーーだからこそ思う。俺はこれでよかったのだと。



「……と、これが宇宙の出来方なわけです。まぁ、受験でも聞かれることはないでしょう」

なんだ、ここ。目が覚めると、俺は授業を受けていた。俺は真面目に制服を着ていて、しっかりとノートも書かれている。
学校なのか?でも、俺には全く記憶がない。

「あの先生、絶対この前発表された論文に影響されてこの授業やってるよ」
「俺たちには理解できなくてつまんねーんだけどなぁ」

後ろから、同級生のひそひそとした会話が聞こえた。そうだ、次第に記憶がはっきりしてくる。
俺は、高校1年生の時、屋上から転落する事故に遭い、そこから2年間の昏睡状態だった。この春に目覚め、校長との相談の結果、いくつかの試験を受け、なんとか合格し、特例に本来あるべき3年生として授業を受けている。
だが、高校1年生の時の記憶は全くもって忘れており、それ以前も曖昧な、完全な記憶喪失である。
たまに、意識を失い、先ほどのように記憶が飛ぶこともしばしばあり、病院通いが続いている。
だが、それを除いては何不自由ない生活だ。成績も優秀だし、校長の推薦も貰えるだろう。
キーンコーンカーンコーン……
先生の話をぶった切るかのように、チャイムが鳴った。今は4時間目、今日はこれにて帰宅。

「あーあ、やっと終わったぜ。明日から夏休みだな!」
「だなー。でもどうせ受験勉強だろ?」
「あー、俺、推薦入試で行くわ。勉強しない」
「しろよ」

同級生の他愛もない会話が聞こえてくるが、それは決して、俺に向けられたものじゃない。先生の会話も、生徒の会話も、俺のためには存在しない。
つまり、これがいわゆる、ぼっち、というやつである。2年も昏睡の上に記憶がなければ、完全に孤独だ。それ以前に、友達がいなかったようだが。
無論、今更作ろうという気も起こらない。受験に集中し、進学を決めたいところだ。


放課後、俺は理科準備室へと向かった。これが日課のようなもので、これ無くしては帰れない。
扉を開けると、奥に先生が座っており、パソコンで必死に、なにか文章を書いていた。

大参おおみ先生、今から家に帰ります」
「こういう二人の時は、孝人でいいって言っただろ、和仁かずひと
「まぁ、学校ですし」
「えらいね、覚元かくもとくんは。というべきだね」
「では」

一言二言、短い会話を交わし、部屋を後にする。そしてそのまま、真っ直ぐに帰宅した。
暑く照りつける日差し、場違いな電柱で鳴く蝉、おそらく夕立ちを降らす入道雲。熱を放つアスファルト。
全てが新鮮に思えて、だが特別すごいという感情も、ましてや何も感じないのが、この頃の自分だ。
こんなにも俺は、無感情な人間だっただろうか。今でもそれはわからない。そもそもこのまさに夏という情景に、人は何か念を抱くだろうか?
高校のあるここは二上町ふたかみちょう。そこから電車に乗り、隣町の天馬町てんまちょうへと向かう。駅から歩いて10分。小さなアパートの2階。そこが俺の家ということになっている。
なっている、というのも、俺が眠っていた2年間の間に、唯一の家族である母が死んだそうで、俺には引き取り手がなかった。そこで、孝人さん、こと、大参孝人おおみたかひと先生が、せめて大学を卒業するまでは面倒を見る、ということになった。
どうしてそれに名乗りを上げたのか、分からないが、聞こうとは思わなかった。
家の鍵を開けようとすると、開いていた。ドアを開けると、そこには見慣れた人物が座っている。

「邪魔しているよ、和仁くん」
「鍵ぐらいは閉めてください。無用心ですよ」
「すまない。せっかくだし、大参に会おうと思ったのだが、やはり、まだ帰っては来ないのだな」

白衣に黄色いワイシャツ、黒縁メガネのいかにも教授のようなこの人は、宇宙や異世界、平行世界などのSFの世界を、科学で解明しようとする科学者であり、教授である。名は科学に精通するものなら知らないものはいないと言われる、世津達見せつたつみさんだ。
孝人さんの友人のようだが、その本質は謎で、だが、知ろうとは思わない。

「今日は病院に行く日だったよな」
「はい、そうですね。でも、その必要はなさそうです」
「では、ここでとっとと、診断を済ませるぞ、和仁くん」

俺の行く病院というのは、世津さんの研究室で、俺の記憶喪失を解明しようとしているのは、世津さんなのだ。医師免許を持っているかどうかはさておき、とりあえず研究室は病院、世津さんは先生と、俺の中ではそうなっている。

「さて、目を閉じてもらえるかな」

いつものように、座って目を閉じる。しかし、今回は畳の上に正座という形だった。まるで修行のようだが、記憶の治療とはそういうものらしい。

「さぁ、いつものように、自分の中の一番古い記憶を思い出してみるんだ」

一番古い記憶。それは、見知らぬ少女と一緒に歩いている風景だった。何処を歩いているのか、何処に向かっているのかはわからない。少女も、自分より背が高く、同じ年齢とは思えない。その少女は、たまに俺にほほ笑みかけながら、一緒に歩いている。

「何が見える」
「自分より背の高い少女と歩いています」
「その先は?」

その先は、白くぼやけていてよくわからない。ただ永遠に、その少女と二人で歩いている。

「永遠に、その道が続きます」
「よし、目を開けていい」

目を開けると、世津さんはいつものように、無表情で淡々とメモ用紙に何かを書いていた。結果だろうか。

「進展は無いようだね。学校ではどうだい」
「たまに、意識を失って、目が覚めると全てを忘れていることがあります。今日もそれがありました」
「なるほど」

それをまた、メモに書いていく。「しかし、前ほど記憶は混濁してないようで良かった」

「前ほど?」
その言葉に、少し疑問を覚えた。「覚えていないのか」と言われ、うなづいた。

「前はわけのわからないことを言っていたものだ。記憶を失う前のことだろうが……」
「なんて言ってました?」
「残念だが、意味不明で聞き取れず、記録にも残していないよ」

そうですか、とだけ答えて、俺は口を閉じた。なぜだろう、忘れていてはいけないことなのに、それを許している自分が居る。記憶を探求しない自分がいる。
それに全く疑問を持たない自分がいる。この想像ですら、ただの確認に過ぎない。

「和仁くんが帰ってくる前に、昼飯を作っておいた。食べておいてくれ。少し同僚に電話をしてくる」

和室の左にある台所には、4人用の机と、ラップのかけられたチャーハンが置いてあった。男飯とはこんなものだろう。
食べながらふと思う。このまま、俺はこれを繰り返しながら、大人になっていくんだろうか。無論、問題などひとつもない。
ただ、疑問に思わないことを確認する自分に、どこか違和感を覚えていた。

「俺はいったい、何を忘れた?」

スプーンから、チャーハンがポロポロと落ちていく。それと同時に、理由のない涙が、ポロポロと落ちてきた。


アパートの下にある駐車場には、自動販売機と粗末なベンチがある。缶コーヒーを飲みながら、とある教授は一息ついた。
携帯電話が鳴る。それは、今ちょうどかけようと思っていた相手からだった。
「もしもし、あぁ、大参の家だ。大参はまだ帰ってないよ」
電話の相手は、和仁の事を聞いてきた。
「問題ない。順調だ。記憶は取り戻していないよ。いたって普通だ。普通の高校生だよ」
すると、電話の相手は、とある質問をしてきた。
「そこの存在か?あぁ、多分知らないはずさ。知っていたらそっちに行っているよ」
そして、電話の相手は、指示を出してきた。
「わかっている、普通の高校生として過ごさせるよ」
最後に電話の相手は、教授自身に質問をした。
「・・・・すまないが、やはり無理だ。特異点のなかの特例っていうぐらい、俺にも手に負えない。あぁ、また連絡するよ」
電話を切ると、教授はコーヒーを静かに飲み干した。
「このまま何事も起こらないはずがない。彼は観測不能の存在だからな」


その日の夕方、孝人さんが家に帰ってきた。そして、世津さんと合わせて、男同士の早めの夕食を済ませたあと、世津さんはさっさと帰っていった。

「いやぁ、思った以上に遅くなっちゃったなぁ。もっと早く帰ってくる予定だったんだけども」

すると、突然雷が鳴って、ごうごうと音を立てながら雨が降り始めた。

「んげっ、夕立ちか。確かに、雨が降りそうだなとは思ったけども」
「理科の先生でしょう、少しはわからないんですか?」
「うーん、俺は空じゃなくて地面見てたから!地質学ってやつね」

そうですか、とだけ答えて、会話が途切れた。物事に関心が持てない俺は、会話が長く続かない。キャッチボールは、いつも俺が球を落として終わる。

「いけねぇ!洗濯物取り込んでくるわ!和仁、風呂入ってていいよ!」

孝人さんは焦りながら、すぐにベランダから服を取り込む。それを見ながら、手伝いもせず、何も思わず、言われたとおり、風呂に入る。
何も思わない。人間として欠損しているのではないかと思うが、それをなおす気も起こらない。
これが無気力というやつか。表情は鉄仮面のように変わらないのに、涙だけは止まらない。


俺はいったい、何を忘れた。

俺はいったい、何をした。

わからない。あぁ、わからないよ。

……教えてあげる。君は世界をつかもうとした
和仁の存在は、どうやら「観測不能」のようです。
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