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 すべての学生の敵である定期テストは、この立瀬高校にも容赦なく君臨する。

 中学の時は、一日で終わったテストも、高校になると四日間にわたって行われる。

 さらには、『赤点』『補修』などという地獄のような単語も、その脅威と現実味を増して学生たちを襲うのだ。

 中間テストを来週に控えた生徒たちは、いよいよテスト勉強に本腰を入れ始めることだろう。


「……あぁぁああ、わっかんねぇ」

 

 俺は部室で数学のテキストを解きながら、うめき声をあげた。

 条件や確率の問題が書かれたそのページは、見るのも億劫になってしまう。

 こんな内容、授業で習っただろうか?

 いや、習っていないはずだ。絶対に習っていない。

 習ったのに記憶にないなどあり得ない。


「さっきからうるさい。静かに勉強できないの?」


 隣で集中していた絢音が、とうとうシビレを切らし文句を言ってくる。


「仕方ねぇだろ、習ってないんだから」


「いや、そこ先週やった範囲だから。どうせ寝てたんじゃないの? まぁ、寝てても理解できる難易度の問題だけど」


 厭味ったらしく言う絢音は、どこか呆れたようだった。

 確かに、寝ていたという可能性は否定できない。

 高校に入学してからというもの、眠くて眠くて仕方がないのだ。

 返す言葉も見つからず、俺は机に突っ伏した。


「宇都宮くん。あなた確率もまともに求められないの? そんな問題、ソシャゲ廃人ならすぐに解けるわよ。あの手の生物は常にガチャという確率の壁と闘っているのだからね」


 こんなアホの極みのような発言をしている彩夏先輩ですら成績優秀なのだから、世の中なにが起こるかわからない。

 ひょっとしたら、俺が明日、油田を掘り当てる可能性だってあるかもしれない。

 

「私もけっこう確率の壁と闘ってますけど、全然わからないですよ」


 そこで那須さんが口を挟んでくる。

 この四人での部活動にも、ここ最近ようやく慣れてきた。

 女の子に囲まれての部活というのも、案外悪くない。


「それは那須さんのソシャゲに対する愛が足りないからよ。もっと課金しなさい、課金!」


 この先輩は何を言っているのだろうか……。

 

「そんなことより、ここ教えてくださいよ先輩」


 俺はいつものように、先輩に質問する。

 これが最近の文芸部の活動風景だった。

 成績が冴えない俺と那須さんが、頭のいい先輩と絢音にわからないところを教えてもらう。

 中学の時は、俺と絢音の二人きりで行っていた勉強会も、ここまで進化を遂げた。

 まぁ実際、雑談をしながら勉強をしているという感じで、いつもの部活の時と大差はないのだが。




 中間テストを控えての一週間はあっという間に過ぎ、ついにテスト期間がやってきた。

 テスト期間中は部活動が禁止なので、放課後は一人で図書館にいった。

 本来なら、絢音や先輩にも来てほしいが、ここは立瀬高校の生徒が多く利用するので、周りの目を気にするのが面倒くさい。

 ――――何であのいけすかない男が、立瀬高校屈指の美少女と一緒にいるんだ。

 などという疑問が生まれ、どんな噂が出回るかわかったものではない。

 

 四日間にわたるテストも順調に進み、何の問題もなく終わりを迎えることができた。

 これも、絢音と先輩の協力があってのことだ。

 あとでジュースでも奢ってあげよう。

 そんなことを考えながら、いつものように絢音と部室に向かっていた。

 那須さんも一緒に行こうと誘ったが、用事があるから先に行っててと振られてしまった。


「ねぇ、何かうるさくない?」


 部室の前まで来たとき、不意に絢音が問いかけてくる。

 確かに、いつもに比べて部室内が騒がしい。

 聞き慣れた先輩の声の他に、もう一つ聞き慣れない声がしているがわかった。


「だな。誰かいるみたいだ……」


 何やら先輩と激しく言い争っているようである。

 面倒くさい事情に巻き込まれる予感しかしない。もう今日は帰ってしまおうか……。

 ガラガラッ――――

 しかし、そんなことを考えていたのもつかの間、絢音が問答無用で部室の扉を開く。


「――――誤魔化さないでッ! 手伝ってくれるって言ったのは彩夏でしょ? あんたは約束の一つも守れないのッ?!」


「いいえ、私は気が向いたら手伝うと言っただけよ。勝手なことを言わないでもらえるかしら」


「ぐぬぬぅ……」


 目に飛び込んできたのは、腕を組み戦闘モードの先輩と、綺麗な金髪を後ろで一つにまとめたポニーテールの女子生徒だった。

 この人はいったい何者なのだろう。


「あら、宇都宮くんと高根沢さん。良い所へ来たわね。他人の部室に勝手に乗り込む、この無礼極まりない校則違反女を追い出してくれないかしら?」


 今日もこの人はエンジン全開だなぁ……。

 校則違反というのは、おそらく金髪のことだろう。さすがにこれは染めているに違いない。

 だが、面倒ごとに巻き込むのはやめて頂きたい。

 俺は嘆息しつつ、仕方なく先輩と女子生徒の思考を読み取る。


「落ち着いてください先輩。ゆっくり話し合いましょう」


 そう言って俺は、能力によって得た情報を分析する。

 金髪の女の子――――彼女は立瀬高校の生徒会長である足利 杏子(あしかが きょうこ)。 

 彩夏先輩とどういった繋がりがあるのかはわからないが、親しい仲なのは間違いなさそうだ。

 おそらく、生徒会関連の仕事を手伝うと言ったはずの彩夏先輩が、約束を守らないため会長は怒っているのだろう。

 さらに、これはあまり関係ない話だが、彼女が金髪なのはクォーターだかららしい。


「約束を守らないのは、どうかと思いますね」


「でしょっ!? わかってるわね後輩くん」


 俺は会長の味方をするような言葉を述べた。

 すると先輩は口を尖らせ、あからさまに不機嫌な態度をとる。


「酷いわ、わたしとは遊びだったのね……こんな女のどこがいいのよ! この最低ッ!」


 まるで見当違いな発言をする先輩。相手にするのも面倒である。

 

「まぁ、一概に先輩が悪いとは思ってませんよ。詳しいことはわからないので教えてください」


 一旦、会長の意見に同意してみせて、そのあとで先輩にも救いの言葉を入れる。

 これが二人を落ち着かせ、話し合いに持っていく最善の方法だった。


 話を聞いたところ、おおまかに事情が分かった。

 まず、生徒会長と彩夏先輩は中学の時からの友達で、いわゆる親友という関係らしい。

 生徒からの支持と教師陣からの熱い推薦で、本来は彩夏先輩が生徒会長を務めるはずだったが、それを『生徒会活動を手伝う』という条件で、親友である足利さんに圧しつけたのだ。

 しかし、いつになっても手伝う兆しのない先輩に耐えかねて、とうとう文句を言いに来た。

 問い詰めたところ、部活が忙しいだとか言い訳をつけてくる先輩に腹が立ち、口論になってしまったようだった。


 話を聞いて確定したことは、この件に関しては全面的に彩夏先輩が悪いということ。

 会長の要求は、妥当中の妥当と言える。


 その後、話し合いを進めた結果、来週に生徒会が主催する校内競技大会に実行委員として参加することが決まった――――それも文芸部全員で。

 先輩一人では人手が足りないという理由で、俺たち文芸部員も無理やり参加させられることになったのだ。

 なんだかここ最近、ロクでもないことばかり起きている気がしてならない。

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