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 企業見学は滞りなく進んだ。 

 ロケットに必要なパーツの製造、よく分からない実験装置、さまざまのものを見て回った。意外と興味深い見学だったと思う。

 その間も環と絢音は、多くの人に話しかけられているようであった。


 その後、やけに広い食堂で昼食を取り、次の目的地であるショッピングモールに向かうこととなった。

 移動中のバスの中、俺は何気なしに窓の外を眺めていた。空は雲一つない快晴だった。


「なんで那須さんを班に誘ったんだ?」


 隣に座っている環が、静かに問いかけてくる。

 唐突な質問だ。

 少し考えてから、真面目に答えるのが面倒になったので、淡白な答えを返した。


「なんとなくだよ、深い意味はない」


 怪訝そうな顔でこちらを見る環。

 きっと納得がいっていないのだろう。


 もちろん理由ならちゃんとある。

 俺はこの機会を利用して、那須さんを文芸部の一員にしようと企んでいた。

 文芸部に勧誘するなら、オタクである方が都合がいいということ。それにどうせなら女の子がいいという、俺のささやかな望みだ。


「……大体、それを聞いて何になる?」


「正直に言うと、俺はお前に貸しを作りたい」


 ほう、それは一体どういうことなのだろうか。

 そもそもすでに俺には借りがある。それ以上のことが必要なのか……?


「だから、どうせロクでもないことを企んでいるであろうお前に、手を貸してやってもいい」


 それは有り難い申し出だった。

 那須さんを文芸部に勧誘するなら、二人きりの状況がもっとも効果的だろう。

 当然、協力者が多い方が、その状況はつくりやすくなる。

 だが、これ以上環に借りをつくるのは気が乗らない。


「で、どうなんだ……?」


 催促され、俺は慎重に考えた。

 どうするべきか、どの選択がもっとも正しいのかと。

 しばらくの間悩んでいた俺だったが、結局こう呟くこことなった。


「……止むを得ないな、お前の手を借りるよ」


 


 ショッピングモールでは宇宙科学イベントが開催されていた。

 その会場に入場し、しっかり中を見学し終えたあまりの時間を、自由行動にあてるようにと教師たちは言っていた。

 もちろんそれを実行するのは、真面目な生徒か友達のいない生徒くらいのものだ。

 大半の生徒は、入場時にもらえるパンフレットなどを受け取って、そそくさと会場をあとにする。


 係りのお姉さんからパンフレットと入場記念のストラップを受け取り、俺たちの班も無事に会場に入った。

 中は思っていたより広く、全部見て回るにはそれなりの時間がかかりそうだった。


「あぁ、ごめん……俺ちょっと友達に呼ばれてるわ。しばらく抜ける」


 俺に目配せしながら、環が口を開く。


「そうか。じゃあその辺で待ってるぞ」


 そう言って俺は、会場の奥へと歩みを進めた。

 それに続くように、絢音と那須さんも歩き始る。

 しばらく三人で会場を見学していた。何回か言葉を交わしたものの、終始無言の時間が続いた。

 

 環が戻って来るまで、さほど時間はかからなかった。

 戻ってくるなり、彼は気まずそうに切り出す。


「なんかさ……友達がどうしても高根沢さんに会いたいってうるさくてさぁ。会ってもらえないかな?」


 もっともらしい理由だ、と俺は納得する。

 企業を見学している時も、絢音は他クラスの男子から何度も声をかけられていた。会いたいという人がいても、全然ふしぎではない。


 絢音はなぜか俺の方を向いてくる。

 肩をすくめて、「お構いなく」と伝えてやった。


「それじゃ、私もちょっと行ってくるね」


「こっちのことは気にしなくていいよ、どうせだし時間いっぱい遊んだらいい」


 最後にそう言った俺は、ありがとうの意味も込めて環と視線を合わせた。


「そうか、サンキューな! お言葉に甘えさせてもらうぜ」


 それを感じとった環も、おちゃらけた視線を返してくる。これで計画通り、那須さんと二人きりの状況がつくれた。


 その後、二人きりになった俺と那須さんは宇宙イベントを堪能し、会場を出た。

 アニメイトに向かう道すがら、洋服屋の客引きに「そこのカップル」と声をかけられ、二人して動揺をしてしまった。


「おぉ、新刊出てる! 欲しかったんだぁ~」


 ライトノベルを手に取り、那須さんは満面の笑みで言う。

 思いのほか、那須さんのテンションは高い。


 アニメイトに着いた俺たちは、二人並んで店内を散策していた。

 アニメやラノベの好み、キャラ趣味など、俺たちは共感し合えることが意外と多いようだった。

 いつか女の子とオタクデートがしてみたい、と考えていた俺の夢が一つ叶った瞬間である。


 一通り店内を見終え、各々で欲しいものを買ったあと、俺と那須さんはあてもなくショッピングモールを歩くことにした。

 行きかう人々や、お店に並んだ商品を見ながら、ああだこうだと何でもない会話を楽しんだ。


 関係の浅い俺たちだが、会話が途切れることはない。

 俺が常に思考を読み、相手の都合に合わせた言葉を選んでいたからだ。


「ところでさ、那須さんって部活入ってないんだよね?」

 

 俺は頃合いを計って、思い切って話題を変えた。

 部活に入っている生徒が、放課後長い間、教室に残っているはずがない。


「うん、それがどうかしたの?」


 やはり当たっていた。


 それから、俺は文芸部のこと。

 部員があと一人増えれば、部費が二倍になること。

 那須さんにぜひ文芸部に入ってほしいことなど、全ての内容を偽りなく話した。


「……そっか、それで私に」


 那須さんは話を聞いて、真剣に考えてくれている様子だ。

 俺は何も言わず、黙って彼女の答えを待った。


「わかった。じゃあ今度見学に行ってみるね」


 結局、彼女が出した答えはその言葉だった。

 見学か……。

 彩夏先輩と顔を合わせたら、こんな人とはやっていけない、と断られてしまうんじゃないか。

 そんな不安がよぎったが、今考えても仕方のないことだ。


 俺は最善を尽くした。

 環に大きな貸しをつくり、能力と気を遣い会話をした。これ以上なく頑張った。

 それでも那須さんが入部してくれないのだったら、それはもう仕方ない。潔く諦めよう。

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