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俺はバスに揺られていた。
車酔いをする方ではないが、あまり愉快な気分ではなかった。むしろ、気分は悪い方に傾くだろう。
ぼんやりと窓から見える景色を眺めているだけで、何をしているわけではない。隣から聞こえてくるウザったい談笑がやけに耳障りだった。
企業見学当日、俺たちはクラスごとに用意されたバスに乗り、目的地へと向かっていた。
もう一時間は経つだろうか? 退屈極まりない時間である。
乗車時間は二時間に満たないくらいと、担任が言っていた。あまりあてにしてないけれど。
ホームルームで俺たちの班が発表された時は、クラスが少しざわついた。
人気者の環と絢音、パッとしない那須さんと俺。なぜそんな班が生まれたのか、俺も不思議に思うのだから仕方ない。
しかし、こうしてバスに乗っていると、環と絢音の人気ぶりには改めて驚かされる。
隣に座っている環も、通路を挟んだ席にいる絢音も、様々な人から声をかけられている。
クラスメイトの名前をあまり把握していない俺からすれば、握手会のようにも見えた。来た者と親しげに名前で呼び合う環は、なんだか菩薩のようだ。
「――なぁ、白夜。お前もそう思うだろ?」
知らない女子生徒と話していた環が、唐突に話を振ってくる。
「ああ、確かにそうかもしれない」
もちろん会話の内容など聞いていなかったが、適当に同意してみせた。
「へぇ、宇都宮くん……だっけ? 君も意外とそういう人なんだね」
彼女は俺の名前を憶えていたようだ。これではまるで俺が無礼者のようではないか。
そういう人というのがどういう人なのかは知らないが、頷いておく。
「じゃあ君も一緒にやろうよ、王様ゲーム」
へ……? これは一体どういう展開なのだろうか?
全く話が見えてこない。
「やろうぜ白夜ぁー、お前も遠足の定番と言ったら王様ゲームだと思うんだろ?」
いいえ、思いません。
俺の脇腹を小突きながら、環が言う。うざったい。
そこで俺はようやく事を理解した。要するに俺は、自ら地獄への道を選んでしまったということだ。
「これは遠足じゃない。企業見学だ」
「固いこと言うなって、トモダチだろ」
その理屈は理解しがたいな。
俺の抵抗も虚しく、王様ゲームは壮大に開催されることとなった。
俺たちの班四人と、環や絢音を取り巻く幾人かの人間が集まり、総勢九名ほどで王様ゲームは始まりを迎えた。
一から八までの数字と、ジョーカーが混ざり合った計九枚のトランプの中から、一人ずつカードを引いていく。もちろん王様はジョーカーだ。ここから先は従来の王様ゲームと何ら変わりない。
「王様だ~れだっ!」
愉快な声が響く。
俺はすでに王様が誰かを知っている。更には誰がどの数字を持っているのかもわかっている。なんせ思考が読めるのだから。
俺はこの能力が気に入らないが、こういう場では積極的に活用していく方針だ。普段の会話を純粋に楽しめないのだから、ゲームでくらい活用しないと割に合わないというものである。
まぁそれも、王様であるジョーカーを引かなければ、何も始まらないのだが。
「おお、俺が王様だ!」
一人の男子生徒が手を挙げて名乗り出た。彼は先ほど絢音に話しかけていたチャラそうな男だ。
ちなみに俺は三のカード持っている。王様がどんな命令を出すかはまだわからないが、最初なので控えめな命令だろう。
「んー……そうだな。じゃあ、七番が三番をどう思っているか正直に言う」
いきなり自分の番号が呼ばれて驚いた。しかし、それより驚いたのは相手が絢音だったことだ。
俺は動揺を周囲に悟られないよう、必死にポーカーフェイスを貫こうとする。
「え、誰と誰?」そんな声が聞こえる。
俺は小さな声で名乗り出る。
「……三番は俺だ」
おお、などと言う歓声があがった。みんな奇妙なテンションになっているのかもしれない。
「それじゃあ、七番の人は誰? できれば女子がいいよね」
一人の女子生徒が笑顔で問いかけている。
「えっと……七番は私なんだけど……」
決まりの悪そうな顔で、絢音が言った。
「おお、女の子じゃん! じゃあさっそく、高根沢さんが……えっと――」
「――宇都宮 白夜」
彼女は俺の名前を憶えていなかったようだ。俺も彼女の名前を知らないのだから、文句など言えない。
俺の言葉を受けた女子生徒は、小声でごめんと囁き、絢音に王様の命令を促す。
絢音は考えるように顎に手を当て、黙り込んでいた。
俺もじっと待っていたのだが、その間は周りの男子から灌がれる視線がじれったかった。
「腐れ縁かな……?」
ようやく口を開いた絢音が最初に言ったのは、そんなセリフだった。
誰も言葉を発さないので、慌てたように絢音は続ける。
「小学校からずっと同じクラスだったし、今もこうして同じ場所にいるから。きっと腐れ縁なんだと思う」
嘘をついている。
絢音が嘘をつくなんて珍しい。しかし、彼女は今、王様の命令を少しばかり無視した。
俺は黙ったまま、絢音から目を離さずに見つめ続ける。
絢音は意識してなのか、俺と目を合わそうとはしなかった。
王様は言ったのだ『正直に』と。
だが、絢音は正直には答えなかった。
自分の心に嘘をついた。
この観衆の前だ、その行動は正しいのかもしれない。馬鹿正直に答えるべきではないのかもしれない。
――ただ、少なくとも俺は、気持ちが少し落ち込んだ。
絢音が嘘をついたという事実も、確かにいやだった。
けれど、それが全ての原因ではない。むしろそれは原因の一部分でしかない。
俺が一番いやだったのは、気持ちが落ち込んでしまったのは、絢音が嘘をついたと見抜けてしまう自分自身だ。
それからも王様ゲームは何度か続いた。
俺は一度もジョーカーを引けなかった。
周りのみんなは王様ゲームで盛り上がっているなか、俺はずっと考えていた。一体この能力はなんなのかと。
終盤では男女で壁ドンをしたり、抱き合ったりと、過激なこともしていたようだがそれどころではなかった。