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「……そこを何とか頼むって」
俺は両手を合わせながら、真剣そうな顔をして懇願しているところだった。
「はぁ、なんでまた俺にお願いするんだよ」
環は呆れた顔をして、わざとらしく溜息をもらす。
返ってくる答えを知っていながら質問してくるのだから、この男もいやらしい。
「なんでって俺たちトモダチだろ?」
「いつからトモダチになったんだよ……まぁ、まだ誰と組むか決めてないけどさ」
「え、マジで」
意外だった。
人気者のコイツが、企業見学の班をまだ決めかねていたなんて。お願いしておいてなんだが、拍子抜けた気持ちになる。
「意外そうな顔だな。言っておくが、誰からも誘われなかったからとかじゃないぞ。真剣に悩んでいただけだ」
そういうことなら都合がいい。
誰に迷惑をかける訳でもなく、人員を確保できるのだから。
「ならちょうどいいな、俺と組もうぜ」
「なんか面倒ごとに巻き込まれそうだな」
「そんなことはない。おそらく……」
ふんと鼻を鳴らした環は、「で、他には誰が?」と軽く聞いてくる。
誰がというのは、俺が誘ったのは他に誰なのかということで間違いないだろう。
思いのほか簡単に交渉が進んでいて、少し妙な感じがした。
「俺と絢音、それとお前だな……もう一人は頑張って探すしかない」
「高根沢さんか……面白そうだね。もう一人にあてはあるのか?」
「あるわけねぇだろ。あてがあるなら、お前なんて誘わない」
絢音の名前が出てご機嫌そうにした環だったが、すぐさま睨みが飛んできた。
「失礼な奴だな! まぁいい、今回は白夜の要求を受けてやる。これは貸しだと捉えていいのか?」
蔑むような視線を俺に送り、楽しそうに言う。
「ああ、構わないぜ。元からそれが狙いだったんだろう?」
瞬時に環の思考をよんだ俺も、負けないくらい蔑んだ目をしてやる。
まだ誰と組むか決めていなかったのも、俺からの誘いを待っていたからだ。
環は少し驚いた顔になったが、すぐにこう言ってきた。
「……お前ってマジで性格悪いよな」
環との交渉を済ませた日の放課後、俺は教室に残りぼんやりと本を眺めていた。
絢音から部室に行こうと誘われたが、断った。俺にはやっておきたいことがあったからだ。
俺の他に教室に残っているのは、大声で笑い合う二人の女子生徒と、自分の席でケータイをいじっている女子生徒だけだった。
俺は先ほどから、笑いあう女子二人をずっと睨みつけている。
奴らがいても別に支障はないのだが、早くいなくなってほしい。その方が、俺のやりたいことが滞りなく進むはず。
俺のやりたいことというのは、ケータイをいじっている彼女――――那須 さくらに声をかけて、企業見学の班に誘うということだった。
四人目の人員確保にあてがない俺に、環が助言してくれた。
おそらくまだ誰と組むか決めていないのは、この辺だろうと。その中から俺は彼女を選んだというわけだ。
勘違いされることが多いのだが、俺は決して人と接することに苦手意識を持っているわけではない。
むしろ、相手の気持ちがわかるのだから、得意と言っていい。
とはいっても、自分から誰かとコミュニケーションを取るようなことは滅多にしない。
相手の気持ちがわかってしまう俺は、会話をすると自分を見失ってしまう節がある。きっと無意識のうちに、相手の都合のいいように合わせてしまうからだろう。
途中でこれは俺の意志じゃない、と気づいて反対意見を出してみたりもするが、その時点でもう自分の意志はどこか遠い所にいってしまっている。
結局、「俺は何がしたいんだったか?」となってしまうことも珍しくなかった。
「ちょっと今時間いいかな……?」
俺は緊張しつつも彼女の席に歩み寄り、できる限り自然を装う。
後ろの気配に気が付いた那須さんは、慌てたようにケータイを机の上に置く。
願いが届いたのか、うるさかった女子生徒たちはすでにいなくなっていた。
「え、私……? 別に大丈夫だけど」
明るい茶髪を控えめに揺らしながら振り返った彼女は、驚いた顔をしている。
その表情からは、わずかな警戒心もうかがえた。
「余談になるけど、さっきのダンジョンは回復を一枚入れた方が安定するよ」
机の上に置かれたケータイに目をやりつつ、的確なアドバイスを送った。
先ほどまで彼女がプレイしていたアプリゲーム。それは『チェイスクロニクル』という王道のRPGゲームだ。
ガチャであてたカードを育成して、ミッションやダンジョンを攻略していくというもので、ストーリーも純粋に面白い。知る人ぞ知る名作といったところだろう。
俺も暇なときはよくやっている。
「……え?」
那須さんはすっとんきょんな声を上げて、俺をじっと見つめてくる。
急に不意を突かれたのだから、こういう反応になるのも分かる。
「編成は個人の自由だけどね。あくまでも安定するってだけ、プレイヤースキルがある人ならブロンズレアだけでも攻略できる難易度だし」
俺は平然と続けていく。
初対面の人間と会話するのが俺以上にうまいやつなんてそういないだろう。なんせ思考が読めるのだから。
「あぁ、でもシャロンは入れた方がいいかもね。配信キャラだから持ってるでしょ?」
「……うん、一応……持ってるけど」
小さな声で答えてくれた。
俺は笑って次の言葉を考える。いつ本題に入ればいいのか……。
「あ、あの……見えてたの……?」
そこで那須さんがおどおどと尋ねてきた。
彼女のケータイの画面が見えたのかという質問ならば、答えはノーだ。俺の席からここに来る間は、彼女の背中が邪魔で、画面はまったく見えなかった。
ただ、思考を読み取って、今考えていることを推測したに過ぎない。しかし、正直に言っても信じてもらえないので、俺は仕方なく嘘をつく。
「ごめん、ちょっと見えちゃった」
那須さんは俯き、少し悲しそうな反応をした。
「でも、嬉しいな。こんな近くにチェイクロやってる人がいたなんて……良かったらフレンドになろうよ?」
オタク趣味がバレてしまって落ち込んでいた那須さんをかばうように、俺は言葉をつないだ。
ここで距離を置かれては、班への勧誘ができない。慎重に彼女の欲している言葉を口にする。
「……え?」
ゆっくりと視線をこちらに向けた那須さんは、驚いた顔をしていた。
俺はそれに笑顔で応える。
「俺もランクは高くないけどね。良かったらどうかな?」
那須さんは俺を見つめたまま、しばらく硬直していた。
二人を包む気まずい静寂に、お互いが耐えきれなくなったころに、那須さんは口を開いてくれた。
「……えっと、じゃあ……お言葉に甘えて」
「よっしゃ、ありがとう!」
それからフレンド交換をした俺たちは、チェイクロについて熱く語り合った。
普段は大人しい那須さんだが、俺と話しているときはずっと楽しそうに笑っていた。意外と女の子らしい子なのかもしれない。
企業見学の班に誘うタイミングを失っていた俺は、下校のギリギリになってようやくその話を切り出せた。
チェイクロについた語り合ったおかげで、那須さんはすんなり要求を受け入れてくれた。これで班が四人そろったというわけだ。
いつもは能力を嫌って、あまり使用しないようにしているが、こういう時は甘えてしまう。
俺の能力は人との交渉に関して、無敵と言ってもいいだろうな。そんなことを考えながら、俺は帰路についたのだった。