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 その日もいつも通り授業をこなし、放課後に部室へと赴いていた。

 入学から一か月も経つと、だんだんと高校生活にも慣れくる。

 友達との付き合い方や、休み時間の過ごし方など、徐々に体に染みつき当たり前になってくる時期である。


「ねぇ、白夜。今度の企業見学どうするの?」


 隣でテキストを解きながら、絢音が質問してきた。


 企業見学というのは、今日のホームルームで知らされたもののことだろう。

 来週、一学年はロケットや宇宙服の開発をしている企業に見学に行くらしい。それも班別行動で、四人グループに分かれて行動するとのことだった。

 次のホームルームで班を決めるので、各々で誰と組みたいか考えておくこと。とクラス委員になった環と黒崎が言っていた。


「あぁ、それな……何も考えてねぇや……」


 班を決めろと言っても、俺には仲のいいクラスメイトなどいない。環とはよく話すが、彼は他にもたくさん友達がいる。俺と組むなんてまずないだろう。


「だよね……私も考えてないよ……どうしよっかなぁ」


 遠い目をして、絢音は溜息をもらす。


「考えたところで一緒に行ってくれる女子いないだろ?」


 俺はからかうように言った。

 絢音は怒った顔で俺を睨んでから、また大きな溜息をつく。


「ほんとに最低っ! ……否定はできないんだけどさ」


 自分が女子から嫌われがちというのは、絢音自身も知っている。

 だが、それでも性格を捻じ曲げてまで人と付き合うのは嫌なのだそうだ。頑固でめんどくさい性格だが、俺は絢音のそういうところが気に入っている。


「懐かしいわね、企業見学……」


 何気なく話を聞いていた彩夏先輩が、思い出に浸る様子で頷いた。


「なんかあったんですか?」


「いいえ、特に何もないわ。ただ企業見学のあとに大型ショッピングモールに行ったのだけれど、その時の自由時間、私は隠れオタクであるゆえにアニメイトに行くこともできなかったわ! 何なのあのリア充共は! 服なんてどうでもいいでしょう。男女でキャッキャウフフして買い物がしたいだけなら、休日にでも行けばいいじゃないッ!」


 急に熱のこもった口調へと変化する先輩。

 彼女のこれまでの人生に、一体何があったのだろうか……。


「っていうか、ショッピングモール行くんですか?」


 企業見学という名目であるのに、ショッピングモールに行くというのはどうなのだろう。


「えぇ、あくまでも企業見学の一環よ。けれど実際はショッピングが中心になっているわね」


「でしょうね……」


 班を組む友達がいないとなると、その時間はひとり孤独に行動することになる。

 俺も絢音も、悲惨な未来が待ち受けているということだ。


「どうしよう……詰んだかも……」


「だな、もう終わりだな」


 二人で途方に暮れる。


「なら、二人で組めばいいじゃない」


 唐突に発せられた衝撃の言葉に、俺と絢音は大きく目を見開いた。

 確かに、そうすればぼっちを回避できるが、その発想は全くなかった。


「そんなに驚くことかしら? 二人は仲もいいんだし、丁度いいと思うけれど」


 平然とした様子で先輩は続けていく。

 

「そうした場合、残りは二人になるわよね?」


 四人一組の班を組むのだから、残りは必然的に二人となる。

 しかし、俺と絢音にはこれといった当てがないのだ。残り二人も確保できるとは思えない。

 まぁ、環は誘えば承諾してくれるかもしれないのだが。


「そこで二人に頼みたいことがあるのだけれど……」


 急に真剣な面持ちとなり、先輩はこちらをじっと見つめてきた。

 いつもくだらないことを言っている先輩が、こんな顔をするなんて珍しい。全くもって嫌な予感しかしなかった。


「人員確保をしてほしいの。班に対するものだけじゃなく、この文芸部に対する人員確保よ!」


 左の手で小さくガッツポーズをする先輩は、なぜか誇らしげに熱弁を始める。


「部活動には学校から付与される部費というものが存在するの。それは部員の数と活動成果から考慮される、つまり部員が増えればもらえる部費も増えるということよッ!」


「……はぁ、さいですか」


 興奮気味に語る先輩は、徐々に距離を詰めてきていた。

 女の子特有の甘い香りが、微かに鼻を刺激していく。


「部員が三人から四人に増えれば、もらえる部費は現在のおよそ二倍になるの。だから、なんとしてでもあと一人、人員を確保してほしいのよッ!」


 となると、今こうして三人で部活をしているというのは、意外と損をしているのかもしれない。

 先輩の言う通り、あと一人増せば部費が倍になるというのなら、何としてでも人員確保した方がいいだろう。

 しかし、俺にはどうしても引っかかることがあった。


「でも先輩、部費って何に使うんですか……?」


 そう、この部活動は基本的にお金がかかわるようなことはしない。

 ただ毎日のように部室に訪れ、他愛もない会話をして帰宅するだけ部活なのだ。

 部費が増えるのは有り難いことだが、俺たちへの直接的なメリットは何もない気がする。


「何を言っているのかしら。部費が増えるということは、その分ラノベ――――いや、文芸小説を購入できるということだわ。わたしたちは文芸部なのだから、当然ラノベ――――いや、文芸小説の購入に使うわ」


「……部費を私利私欲のために使わないで下さいよ」


 興奮のあまり荒れてしまった髪を整える先輩に向かって、俺は嫌味を言い放つ。

 相変わらずの最低加減に、さすがの俺も気が滅入ってしまった。


 先輩はもう手遅れなので、俺は仕方なく絢音に意見を求めた。


「まぁ、楽しそうだしいいんじゃない? 部員も増えた方が絶対盛り上がるし」


 絢音は呑気にそんなことを言う。

 ただでさえ友達の少ない俺とコイツが協力したところで、部活の勧誘どころか、班の人員も確保できない可能性がある。


「お前ちゃんと考えてるのか? こんな部活に入ってくれるもの好きが、そう簡単に見つかる分けねぇだろうが」


「まぁ、そんなに難しく考えても仕方ないじゃん。やってみてダメだったら止めればいいんだよ」


 とんでもない絢音の発言に、俺を返す言葉が思い浮かばなかった。

 やってみてダメだった場合、それは取り返しがつかない失敗となるだけである。


「ほら、有名な思想家も言ってたでしょ。『過ちて改めざる、これを過ちという』ってね」


 得意げな顔で絢音は断言する。無駄に博識なのが気に食わない。

 俺は今日一番の溜息をついて、力なく答えた。


「わかったよ、人員確保……やってみよう……」

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