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お久しぶりです。
「それでは、ホームルームを始めます」
教卓の前で、環は慣れた司会進行を行う。
もうこのクラスでのホームルームも、片手では数え切れない回数になってきた。
「今日のテーマは競技大会です」
環に続いて、黒崎さんも少し恥じらいまじりに口を開く。
ああいうちょっとした仕草も諄いな……。
嫌いじゃないけど。
彩夏先輩に巻き込まれて、競技大会の実行委員に参加することになったのは昨日のこと。
実に不本意この上ない。
実行委員になったのだから、競技参加ぐらいは免除してほしいものだが、生憎そうもいかないらしい。
最低でも一競技は出場しなければならないとのことだった。
確か競技は、サッカー・バスケ・バレー・バドミントン・ドッジボール・テニスの六競技。
クラス対抗で争い、各競技で順位を決める。
最終的に総合順位が発表され、表彰されるというのが立瀬高校競技大会の概要である。
ただ表彰されるだけなので適当に参加する者もいれば、思い出作りと意気込んで参加する者もいる。
そんなものは学校行事のお決まりのようなものだが。
ちなみに、俺は圧倒的に前者だ。
「――じゃあ最後、テニスに参加したい人?」
環の声とともに、クラスメイトの手がちらほらと上がる。
全く話を聞いていなかった。
もうそんな進んでいたのか……やばいな……。
「手あげなかった奴は、余ってるとこに入ってくれ」
その言葉を聞いた俺は、咄嗟に黒板を見る。
残っている競技は――――
「……もうドッジボールしか残ってねぇじゃんか」
予想はしていたが、いざ現実に起きると妙に気力を持っていかれてしまう。
まぁ、どの競技に入ったところで、適当に流すだけなのだから結果は変わらないわけだけど……。
そもそも思考が読めてしまう俺が、純粋にスポーツを楽しむなんて不可能だ。
個人スポーツなら、相手の思考を読み、とくに苦も無く勝利を収めることができる。
ましてやチームスポーツとなれば、相手どころか味方の思考まで読んでしまいかねない。
アイツはこんな動きがしたいのか、ならここにパスを出してやろう。
相手の選手はアイツを警戒してるのか、ならノーマークの彼にパスを出してやろう。
司令塔といえば聞こえがいいが、そんなものただ味方の欲求を満たす奴隷でしかない。
誠に不本意だ。実にくだらない。
「えっと……ごめん。残ってるヤツは挙手してくれ、誰が残ってるのかわからなくなった」
環は謝罪の色を顔に浮かべている。相変わらず化けるのが上手いやつだな。
俺は仕方なく、力なく右手を挙げてやった。
他のメンバーに興味などなかったが、無意識のうちに手を挙げている生徒を確認していた。
「ッ……!」
予想外の光景に、俺は言葉を失ってしまう。
「おい白夜、お前はどっちなんだよ。挙げるんならちゃんと挙げてくれ」
驚きのあまり、気づけば手を下してしまっていたらしい。
軽く謝ってから再び挙手をする。
――なんで絢音も那須さんもドッジボールなんだよ……。
二人ともドッジボールなんて、全く予想していなかった。
こんな不人気競技を選ぶ道理が分からない。
絢音は小・中とバスケをやってきている。絶対にバスケを選択するものだと思っていたのだが。
それに、なぜ一番人気のないこの競技を選んだ?
何か意図があっての行動なのか?
……まぁ、これ以上考えても理由などわかるはずもないので、潔く諦めることにする。
絢音も那須さんも同じ競技となると、少しやりにくいんだろうな。
面倒ごとなど実行委員だけで十分だというのに。
ホームルームを終え、放課後を迎える。
この日も部活に向かう生徒を、自分の席で突っ伏しながら見ていた。
彼らは毎日が楽しいんだろうな、ふとそんなことを思う。
今日は部室に行かずに帰ろうか……。
なんだか無性に疲れてしまった。
そんなことを考えていた時、後ろから小突かれた。
「お前さ、柄にもなく実行委員になったんだって?」
環だった。
いつものように見透かしたような薄ら笑みで、楽しそうに話しかけてくる。
「あぁ……俺は意識が高いからな」
「そんな顔して言われてもな」
皮肉で返すと、彼ものってきた。
それにしても、はやりコイツは情報が早いな。
俺たちが実行委員になったことなど、一体どこで耳にしたのか。
「俺クラス委員だからさ、会議とかで実行委員の人たちと会うんだ」
ふぅん、と適当に相槌うつ。
会話に無駄がない奴だ。
すべてが布石のように思えてしまう。
「生徒会長が嬉しそうに話してくれたよ」
ほぉう、と適当に相槌をうつ。
そして、まどろこしい話はやめろという意味を込めて、俺は環を睨んでやった。
環は肩をすくめて苦笑する。
「……まぁ、頑張れよ」
そう言い残し、茶を濁すように俺に背中を向けた。
結局、あいつは何が言いたかったんだ?
ただ情報が早いという自慢がしたかった、なんてことはあり得ない。
なんせ相手は佐野 環なのだ。
その後、少し考えていたが、バカバカしくなって席を立った。
部室に寄って帰ろう。
俺は一人、特別棟の三階に向かった。