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 人間は平気な顔で嘘をつく。

 今、楽しそうに友達と話している女子生徒も、廊下の方で騒いでいる男子生徒も、例外ではなく心にもないことを口走っている。


 それが全面的に駄目なことだとは思わない。

 相手を思いやっての優しい嘘だって存在するし、特に何の支障もきたさない平凡な嘘もあるのだ。例えそれが心からの言葉でなくても、その言葉で救われている人間などいくらでもいるだろう。


 もうこの社会で十五年も生きてきたのだ。いまさら無情な世の中だなんて思いはしない。

 ただ、信頼とは何か。人間関係とは何か。正直とは何か――――そんな疑問が脳裏に張り付いて拭えずにいた。



 

 休み時間、することもなく一人感慨にふけっていた俺――――宇都宮 白夜(うつのみや びゃくや)立瀬(たちせ)高校に通う高校一年生。

 勉学・運動ともに優れているわけではないが、劣っているわけでもない。

 捻くれた性格と少し整った顔立ちを除けば、どこにでもいそうなごく普通の男子生徒である


 しかし、俺には普通でないことが一つだけあった。他の人間とは似ても似つかないことが。


「あのさ……髪、切ってみたんだけど、どうかな……?」


 不意に隣から会話が聞こえてくる。

 視線をそちらに向けると、一人の女子生徒が自らの髪をいじりながら、男子生徒に話しかけているところだった。


「そ、そうなんだ……」


 男子生徒は困った表情で曖昧な返事を返した。

 まぁ、妥当な対応だろう。高校入学から一週間、毎日のように彼女を見ている俺ですら、髪の変化が分からないのだから。


 かくいう女子生徒の方は、満足のいく返事をもらえずに機嫌を損ねた様子である。

 次はどんな言葉を伝えればよいのか、と悩んでいる男子生徒を助けるように、俺は声をかけた。


「ねぇ、黒崎さん」


 急に名前を呼ばれて驚いた顔になった彼女だが、すぐに「なに?」と尋ね返してくる。

 俺はその反応を確認してから、一度だけチラリと男子生徒を見て口を開く。


「その髪、すげぇ似合っていると思うよ……まぁ、黒崎さんならどんな髪型でも似合うんだろうけど」


 言いながら冗談めかしく笑って見せる。


「またまたぁ、心にもないこと言わないでよっ!」


 満足そうな笑みを浮かべた彼女は、俺の肩を優しく叩いてきた。

 俺はそれ以上は何も発言せずに、ただ笑顔でこたえるだけである。それから、ほどなくして友達に呼ばれた黒崎は、俺に挨拶をしてその場を後にした。


「なぁ、お前さ――――」


 離れていく彼女の背中を見つめていると、先ほどの男子生徒に声をかけられた。

 なにやら怖い顔で俺を見ている。

 こちらから話しかけようと思っていたが、その手間が省けたらしい。


「なに……?」


 俺はさして変わった様子もなく、自然に答える。


「お前、黒崎のこと好きなの?」


 その質問を受けても、俺はさほど驚かなかった。

 むしろ嬉しいくらいだ。そう思わせるために、先ほどあんなこっぱずかしい発言をしたのだから。


「まさか。そんなはずないだろ」


「好きでもない奴にあんなこと言うのか?」


 この男子生徒が言っていることは正しい。

 普通なら、出会って間もない相手に、あんな発言を平気でする奴なんて滅多にいない。

 

「ジョークだよ、ジョーク」


 男子生徒は訝しげな顔で俺を観察して、小さく舌打ちをした。


 それもそのはずである。

 彼は黒崎に好意を抱いている。俺の言葉で喜ぶ彼女を見て、負けた気になっているのだろう。


 だが、その想いは決して実ることはない。

 黒崎には他に好きな人がいるのだから、それも付き合っている彼氏が。


 きっとこの男子生徒は知らないのだろう。というか、このクラスにその事実を知っている人間は、おそらく俺だけ。

 彼氏がいるとも知れず、淡い青春を思い描いて心躍らせているのだ。実に滑稽な奴である。


「そういうお前は黒崎さんのことどう思ってんの?」


 俺は返ってくる言葉を知りつつも、いやらしく質問してみた。

 質問を受けた男子生徒は困惑の表情を浮かべ、消えそうな声で呟く。


「……別に、どうも思ってない」


 予想していた返事だった。

 今、彼は俺の描いたシナリオ通りに会話をしている。完全に俺が会話をコントロールしているということだ。


 最後に「黒崎には彼氏がいる」という事実を教えて、トドメを刺してやろうと、俺が口を開こうとした時、教室に授業開始のチャイムが鳴り響いた。

 

 男子生徒はもの惜しそうな目で俺を見て、自分の席へと戻っていく。

 チャンスを逃してしまったが、楽しみは次の機会にとっておこうと俺もしぶしぶ前に向き直った。



 俺は人の嘘を見抜くことができる。

 という表現では、少し語弊があるかもしれない。正確には、考えていることが明確に把握できる。

 どういった原理でそうなるのかはわからないないが、幼い頃から相手の考えていることを、言葉を介さず読み取ることができた。


 その能力が自分にしかない特別なものだと知ったのは、小学四年の時。

 その能力が人生において最も無価値でつまらないものだと知ったのは、中学二年の時だった。

 こんな突拍子もない話を信じてくれたのは、今までに一人しかいない。家族にも話してみたが半信半疑のようであった。


 先ほど黒崎が欲していた言葉を簡単にわかったのも、男子生徒が抱いている好意に気づいたのも、この能力があったからだ。

 加えて言うなら、黒崎の彼氏のことを知っているのもこの能力によるもの。本人の口から直接聞いたわけではない。


 きっとこの能力の話を聞いた者は、羨ましがるのだろう。

 相手の思考がわかるなんて、そんなチートが許されるのかと。


 しかし、俺はこの能力が嫌いだ。


 考えるまでもなく相手の思考がわかるなど、一体何になるというのか。会話というのはかけ引きがあるから面白い。相手の考えを相手の言葉で聞くから意味が生まれる。

 その会話を重ねた数だけ、相手との距離が縮まっていき、お互いに理解を深め合っていけるのだ。


 だが、俺は違う。

 かけ引きも必要なければ、言葉も必要としない。会話を重ねる必要もなくして、相手を理解することができる。一方的に俺は相手を理解できてしまうのだ。

 

 相手がスタート地点にいるならば、俺はすでにゴール地点にいる。

 その膨大な距離を詰めてこようとする奴など、そうはいない。そもそも俺がゴール地点にいる時点で、走ることすら諦める奴がほとんどだった。


 きっとこれからも、俺はこの人生を純粋に楽しむなんてできないのだろう。

 誰かの思いを弄び、自分を理解してくれる存在もないままに、静かに終わりを迎える。


 ――――俺はこの能力が……大嫌いだ。

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