1話「残滓」(お題 : 密葬、心臓、遺書)
母の生前の希望により、密葬を執り行うことになった。
母はプライドが高い人間で、自分の醜い死に顔が他人に見られる事を、非常に恐れていた。周囲が何と言おうと、母は密葬にする事を頑として譲らなかった。
父と、僕と、兄が出席した。
悲しいとか寂しいみたいな単純な感情ではなく、何か恐ろしく複雑な感情が頭の中で渦巻いている。たぶん僕だけでなく、他の家族も似たような状態だろうか。
式は機械的に進行した。
棺の小窓を開けると、若々しく、真っ白な美顔を覗くことができた。しばらくの間、母ということも忘れ、一人の美しい女性として、食い入るように見てしまった。
ふと横を見ると、兄が眉をしかめ、手の甲を鼻にあてていた。背筋がゾクゾクし、強烈な異臭が鼻に流れ込んできた。兄と父は必死の形相で棺の蓋を開け始めた。僕は異臭のせいで頭が真っ白になり、動くこともできない。
夥しい血の量に唖然とした。黒い血が胸の辺りにこびりつき、驚いたことに、血まみれの心臓が棺の端に転がっていた。血肉の臭いは徐々に増し、ついに父と兄は嘔吐し始めた。あまりに凄惨だ。けど、なぜだろう、心臓の圧倒的な存在を前にしても、僕だけは平静のままでいられた。
ふと母の顔に目を向けると、顔の傍にある血で汚れた手紙を発見した。勢いよく唾を飲み込み、ゆっくりと手紙を開いてみた。所々、黒い血で文字が消えていた。恐らく遺書であろうか。
私の憎らしくて愛しい子。
私はこれから見知らぬ地へ旅立ちます。不安もありますが、それと同じぐらい希望もあります。だからあまり心配なさらずに。■■■■■■■■■■どん■■■■■■■■■■■■■■■■■聞ください。
これまでの人生を振り返りますと、私はずいぶん不幸な境涯でした。具体的に不幸な体験を■■■■■■すとキリがありません。はぁ、、もう四六時中、ため息が止まりません。
さて、私の人生の中で最も不幸な出来事はやはり、あなたたちが誕生したことでしょう。
私の憎らしくて愛しい子。
あなたたちが■■■■■■らは、あなたたちのことを愛しく思ったことは一度もありません。憎くて憎くて仕方ありません。弟さんの方でしたか、野菜嫌い■■■■■■菜を食べるよう注意した時、あなたは私のきれい■■■■■■鼻が歪むほど殴りましたっけ。アハハ。今となってはいい思い出ですわ。決してあなたを恨んでませんわよ。だって私はあなたが愛しくてたまらないんですもの。ああ、お兄さんの方の記憶が欠損してますわ。。どんな方だったか思い出せませんわ。■■■■■■■■■■■■でしたかしらねぇ。それ■■■■■■■■■■■■■■■■■■出した時に偶然あなたが手にしたハサミの先が■■■■■■■■■■■■■■■■■■■で、私は血まみれの目を押え、近くの病院に駆け込みましたわ。まあいいわ、そんな些細なこと、どうだっていいわ。■■■■■■■■■■■■■■■■■■ですものね。
私の憎らしくて愛しい子。
さぁ、そろそろ旅立つ■■■■■■ましたわ。愛しい愛しいあなたたちに、私の心臓を捧げますわ。死者からの手向けよ。■■■■■■■■はぁ私は■■■■■■幸でした。あんたたちも不幸におなり!!!ポンコツども!!!!
この世の不幸より
・・・やれやれ、僕はそっと棺の蓋を閉じた。