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後編

 現在学校での私の立場は何とも微妙だ。

 私の人間性と何の関係もない立場的事実のせいで、悪役令嬢ヨロシク女子から軽蔑の眼差しで見下されている。私の立ち位置はせいぜい村人Bが良いところ。あるいは通りすがりの旅人程度で、ヒロインになれるなんて露程も思っていない。自分を過小評価するほど友人関係をこじらせた記憶もない。それなのに入学早々爆弾を落とした奴のせいで全校生徒に名前と顔を知られることとなった。

 個人情報保護法に法って奴を罰して欲しい。

 奴の名は花井駿雅はないしゅんがと言う。

 一応私の婚約者だ。

 この男はまたの名をキラキラ星人と言う。どこにいても存在を主張するオーラを放ち人々の視線を釘付けにする困った体質の持ち主だ。いっその事モデルかタレントにでもなれば良いのに残念ながら今のところはただの学生で、不幸なことに私と同じ高校に通っている。


「これから長い付き合いになるのだからお互いをよく知る必要があるでしょう。高校は是非同じ学校に通いましょう」

 この学園と同レベルの学校なら地元にだってあるというのに、花井家の提案に引きずられて電車で40分も掛かるこの学園に通っている。当然同じ中学の生徒は一人もいない。 

 

 人見知りする私に新たな友達を見つけることは容易なことではない。ペットショップの片隅で、プルプル震えている生まれたての子犬のような心境の私を、見せ物にして吊るし上げるなんて最低の男だ。

 キラキラでも天然でもやって良いことと悪いことがある。

 興味対象者と特別な関係を持つ人物の存在を知ったら、女子はどんな行動に出るのか深く考えるべきだ。

 親戚関係に悩みっぱなしの野川家では常に回りとの調和を念頭に行動している。

 キラキラは唯我独尊で個人プレーが過ぎる。

 入学したその日の数時間後、色めき立つ女子一同を前にとんでもないことを告白してくれた。


「ごめんね。僕は誰とも付き合えないよ。フィアンセに失礼だからね」


「花井君、婚約者がいるの」


「うん。1組の野川香純さんが僕のフィアンセなんだ」


「ええっ」

 噂は瞬く間に学校中に広がり、一時は花井の婚約者見学のツアーが組まれた位大騒ぎになった。そうして人々の目に晒された私は皆から嫌悪の目を向けられた。


「花井君の婚約者が何で村人なの」

「絶対釣り合ってないよね」

「これが噂の政略結婚なのね。花井君かわいそう」

 

 どう言うわけか私が悪者になっている。

 かわいそうなのは私の方だ。私に前世の記憶はありませんし、キラキラ王子様に色仕掛けで迫った事もない。当然取り巻きなんて一人もいませんし、健気に王子を想うヒロインに意地悪をしたこともない。先程も説明した通り、気配りの野川と呼ばれたこの私が、高校デビューして数時間で悪役令嬢に転生させられるとは夢にも思わなかった。

 文蔵さんのわがままに付き合わされ、なりたくもない婚約者にされただけ。唯一断ることを許されたはずのキラキラはそのチャンスを逃し話を受けてしまった。人生舐めてると痛い目に合うと彼は知らないんだろうか。

 これは一言申しても許される範囲の事態だと思う。

 婚約者として今後の身の保証の為にも言うべき事は言わせて貰わねば。


 姿の見えないキラキラを探して校内を彷徨うこと数分。人気のない校舎裏に木影が揺れている。


「もう、やだぁ花井君のエッチ」

 エッチとは教育の場になんとも相応しくない言葉だ。

 花井君とは私の探しているあの花井君だろうか。私は確かめるべくそろそろと近付いてそっと顔を覗かせた。

 見てはいけませんと小さい頃に母親に目隠しされた記憶が蘇る。

 男女が抱き合い、お互いの顔が引き合うように重なっていく。

 その先は15禁。いや、18禁かも知れない。

 どこの花井君か知らないけれど学校で堂々とR指定行為を始めてはいけません。


「何やってるんですか」

 勇気を振り絞って声を掛ければ、案の定と言うか、残念なことに私の探していた花井君がいる。


「香純ちゃん」


「花井君を責めないで。悪いのは好きになった私なの」


「あ、はい。そうですか」


「花井君、さようならっ」


「あれ、えっ、何」


「ゲームオーバーだね。早かったなー。香純ちゃん、何でここが分かったの」


「えっと、これはどう言うことなんでしょう」


「僕に纏わりつく虫の駆除に来てくれたんでしょう」


「私が、ですか」


「君は僕の守護神さまなんだよ。君と言うラスボスが控えていれば無茶な関係を迫ってくる娘はいないでしょう。付き合えてもいずれは別れなくてはいけない。僕の唯一にはなれないと最初から理解出来る仕組みなんだ」


「つまりあなたは後腐れなく女の子と遊ぶために私に隠れ蓑になれと、そう言ってるの?」


「ピンポーン。正解。やっぱり香純ちゃんは物分かりが良いよね」


「いや、それ駄目でしょう。事実を知ってしまった時点で私は共犯者じゃないの。そんなの駄目だよ」


「どうして」


「私の良心が許さないの。女の子の心を弄ぶなんて最低だよ花井君」


「見た目だけで僕に付きまとう女の子はどうなの。しかも僕はフィアンセがいるとはっきり言ったんだよ。それでも付き合いたいってことは遊びでOKってことでしょう」


「それはその、私との婚約を解消して、それからいろんな子と付き合ったらどうかな」


「駄目だよ。両親も祖母も香純ちゃんとの婚約に大喜びしてるのに今更破棄なんて出来ません」


「何よ。私のことなんて好きでも何でもないくせに」


「それとこれとは話が別でしょう。香純ちゃんだって、僕のこと好きじゃないよね。なのに何で断らなかったの」


「それは……大人の事情が色々と絡んで、そのー」


「ほらね、結局香純ちゃんも保身の為に僕を利用してる。お互いさまじゃないか」


「えーえーそうかなー」


「彼女たちには香純ちゃんに危害を加えないように言い聞かせておくから安心して。お互いに過干渉は止して学校生活を満喫しようね。もちろんお互いの家には内緒でね。じゃあ一緒に教室に戻ろう」


「花井君、ちょっと---」

 ちょっと待って。

 予想を遙に上まわる不味い展開だ。先程の彼女は泣きながら飛び出して行った。花井君を探し回っていた私が彼と一緒に教室に戻ったら、完全に私が悪者になってしまう。どうしてこんなにややこしいことになってるのか頭の中はパニック寸前だ。


「香純ちゃん、眉間に皺が寄ってる。かわいいなぁー。ねえ、キスしてもいい?」


「今の今で、どの口が言ってるのよ」


「何だ、言い返すんだ。ふーん。これから面白くなりそうだね」

 ゾクリと何だか嫌な汗が背中を伝う。

 花井君って実はとっても悪知恵の働く子なんじゃないだろうか。真面目そうな風を装いながら遊びで軽くキスなんてしてしまう。

 文蔵さんなんてお呼びじゃないくらいの悪党じゃない。

 

 そうだったのか。


 類は友を呼んでしまったんだ。

 あの文蔵さんの親友が善良な心の待ち主なわけがない。

 目には目を、腹黒には腹黒を。

 私はとんでもない人達に捕まってしまったんじゃないのだろうか。そうでなければ本家のおじさんがこの縁談を持ち掛けるはずが無い。

 

 ああ、友一一族の悲劇は終わらないのか。

 その瞬間、まんまと騙された私をあざ笑う本家のおじさんおばさんの顔が鮮やかに過った。

 

 その頃本家では居間で寛ぐ野川夫婦二人の姿があった。


「花井さんとっても喜んでましたね」


「ああ。長い間待った甲斐があったよ。友一の家に女の子がなかなか生まれないので、やきもきしていたからな」


「花井家とうちが婚姻なんて無理よね。どちらも我が強いんだから。あっという間に喧嘩別れでお終いよ。その点香純ちゃんはうってつけよね。あの子が眉間に皺を寄せた顔はたまらないもの。本当に可愛い子。つい意地悪な言葉を掛けたくなるわ」


「香純は文蔵が友一のことをとても可愛がっていたと言っても信じてくれないだろうなぁ」

 

 年の離れた腹違いの弟の友一のことを文蔵は家族として愛していた。

 素直で純朴な友一を放っておけずについ構い過ぎてしまうくらい可愛がっていた。今で言うブラザーコンプレックスだろうか。意地悪を仕掛けるとムキになって追い掛けてくる友一が可愛くて、意地悪がどんどんエスカレートしていく。友一の一挙手一投足が微笑ましくて、文蔵は死ぬまで意地悪を止められなかった。

 そんなかわいい弟の自慢話を聞かされていた花井は是非友一の血縁者と婚姻を結びたいと考えた。花井もまた文蔵に負けないほどのいじめっ子性質を持っていたからだ。


「でももう私たちだけのものじゃないのね。それが少し残念だわ」


「私たちは親族だよ。縁はこれからも続いていくんだ。香純の困った顔を何時でも見られるよ」


「それもそうね。結婚はまだ先でしょうし。でも、香純ちゃんと花井さんの間に子供が出来たら、どちらの性格を受け継いで生まれてくるのかしら」


「楽しみだな」


「本当、楽しみね」

 真相は薮の中。

 事実が正しく伝えられた歴史は少ない。歴史は何時だって勝者によって作られるからだ。人づてに伝えられる度に話はどんどん大袈裟に、その人の主観を含んで歪められていく。

 生涯囚われて歪んだ愛情を受け続けるであろう香純に真実が届けられる気配は今のところない。

 

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