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9話 初体験

政治家時代、こんな私にも少なからず同僚というか友達のような存在はいた。

やはり政治家なんて奇異な職業をやっているだけあって、必然的に変人も多かった。

そんな奴らの中で比較的まともな奴がいた。


名前はよく覚えてない。

同僚以上、友人未満という表現が妥当な関係であった。

彼は常識人で、所謂ハンサムと呼称される部類に属する容姿を備えていたが、いかんせん女癖がよろしくなかった。


そんな遊び人の彼曰く、女性の気分というのは毎朝やる星座占いのような物で規則性に欠けた、大変難しい存在らしいのだ。

私は大変、真に、残念なことに女性とは友人関係以上に発展した事は無かったので、生前に彼の忠告を実行に移す機会は無かったのだが・・・今日、それをまじまじと実感させられた。


「ほらほら!はやく教えないさいよ!」


目の前には、未だかつて見たことがないくらい上機嫌のサクラがいる。

椅子に座り、机には教科書とノートがきちんと用意してある。

木刀は所持していない。


常識的な観点からいえば普通だが、異常な彼女が通常の行為を行うのは異常だ。

はっきり言って―――気味が悪い。

昨日、私に対して魔法を放った姫様と同一人物とは思えない。

女心の変動がこんな激しいとは、驚きだ。


「あの姫様・・・」

「サクラ」

「はい?」

「私のことサクラって呼んでいいわよ。特別に許可するわ!」


一体、このお馬鹿様は何を言ってるんだ。

一介の家庭教師が王女を名前で呼ぶなど、不敬罪に当たる。

・・・もう幾度が不敬な行為を行ってはいるが。

ここは低調に断るとしよう。


「大変光栄な申し出ではありますが、お断りさせて頂きます」







「・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんで?」




瞬間、冷凍されたナメクジが全身を這い回っているような悪寒が、体を取り巻いた。

鋭い目が、私を捉えた。

体が強張り、口内の水分が一瞬にして枯渇した。


「何故・・・って、その、不敬罪に当たりますし・・・」


認めたくないが、認めざるを得ない。


私は今、純粋に彼女に対して恐怖心を抱いてる。

一体何が彼女をこんなにも激怒させたのか分からない。

そんなに名前で呼ばれたいのか。

だったら私ではなく、何処か他の使用人にして欲しい。


「・・・私のことが嫌いなの」


よく分かったな。


「いえ、そんなことは」

「じゃあ良いわよね?私が許可したんだから文句付ける奴なんていやしないわよ」


良いわよね?って・・・疑問形な割に一切僕の意見聞く気無いじゃないですかやだー。


「畏まりました・・・サクラ様」


けれどこれ以上反論しても無駄なことは明白なので、素直に飲み込んだ。


「ふふーん!悪くない響きね。様も要らないわ、サクラって呼びなさい!」

「了解致しました」

「あと気持ちの悪い敬語どうしたの?今までもっと普通だったわよね」

「何だか初めてまともに授業を出来るので、嬉しすぎて緊張してしまって・・・」


政治家の頃から本音を言わないのは大得意です、はい。

しかしそんな白々しい嘘も彼女には結構な効果があったようで、嬉しそうに顔を綻ばせた。



普段、猫のように吊り上がった目が細くなり、への字に曲がった口角が持ち上った。

光が散るような眩しい、あどけない笑顔に少しドキリとしたのは永遠の秘密だ。



「じ、じゃあ明日も来てあげるわ」

「ありがとございます」


何だか先程とはうって変わってしおらしい。

これなら彼女とも上手くやっていけそう――


「それに私の方が頭良いんだからあなたなんて1週間も授業を受ければ越せるわ!」



――何てことはなく。


「ほう――・・・言うじゃないですか。じゃあ今日はまず単語を1000個覚えて頂きましょうか!」


「良いわよ!やってあげようじゃない!」



そうして、私と彼女の戦いの火蓋はきって落とされたのである。





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