5話 神童が悪童に
ガァン!と鼓膜が破れそうな音と共に目の前で火花が散った。
視界が痛みのあまり漏れ出た涙でぼやけた。
トラックに敷かれたあの時を連想させるくらいの一撃である。
私を木刀らしきもので殴った少女、サクラとか言ったか、そいつは倒れた私を仁王立ちで見下していた。
「ふんっ!神童なんていうからどんな奴が来るのかと思ったらただの目が腐ったガリ勉じゃない!こんな奴に教わることなんて何もないわよ」
この巨大な屋敷の隅から隅まで届きそうな大声で彼女は言った。
「まあサクラ、彼は今までの家庭教師とは違うよ。だから少しは友好的になっても良いんじゃないかな。とりあえず・・・ちゃんと謝りなさい」
マグナはニコニコと微笑を崩さず彼女を優しく注意する。
そんな甘い注意でこいつが謝罪する訳がないのに。
私の腹の中には、マグマのようなドロドロした怒りが着実に溜まっていた。
「そうね確かに今までの奴とは違うわ。・・・こいつは今までの家庭教師以下よ!今までの家庭教師も最低限の剣術は使えたわよ!こいつは一回も避けれてないじゃない!」
そう言うと彼女は謝罪することなく、倒れている私に一瞥をくれると螺旋階段を上り、どうやら自分の部屋に向かって行った。
その視線には多分な侮蔑が込められており、誇り高い私の怒りを逆なでするには十分すぎる程の効果が込められていた。
これが近所の糞ガキだったならば近くにある棒で殴ったりできるのだが、彼女は仮にも大国の王族である。
その上私は精神年齢的にはかなりの大人だ、ここは子供がやったことだと見逃してやろう。
「あぁすまないね、うちの妹が」
王子は申し訳なさそうに苦笑すると、私に手を差し伸べた。
「あ、ありがとうございます」
私はいまだに痛む後頭部を押さえながら返答した。
「悪い子じゃないんだ。昔誘拐されたりして、ちょっとした人間不信に陥ってしまってね。・・・だから怒ったりしないであげてくれ」
会ってそうそう人を殴り、軽蔑した視線で見下す悪い子じゃないわけがないじゃないですかやだー。
「は。は。は。怒る訳ないじゃないですかー僕は大人ですよ」
額に血管を浮かべながらいうには無理がある台詞だったかもしれない。
王子も私の表情から何となく察して言ったのだろう。
まあここは王子の顔に免じて水に流してやるとするか。
すると
「ねぇ」
上から小生意気な声が聞こえてきた。
あのワガママな姫様の声だ。もしかしたら改心して謝罪しに来たのかもしれない。
そう思って上を向くと
眼前には大量の水があった。
滝のごとき勢いで思わず目をつぶる。
とっさのことで口を閉じることができず、口に流れ込んできた水は泥臭くて吐き気を誘った。
水をかけた当の本人は成功したのが相当嬉しかったのか、腹を抱えて笑っている。
「あはははははははは!!無様ね!庭にある池の水だから臭いでしょ!」
なるほどだから肩あたりに葉っぱがついているのか、妙に冷静な頭でそう思った。
「王族だから反撃できないのよねー。かわいそー」
ん、胸ポケットにも葉っぱが入ってるじゃないか。
困るなー、これは一張羅なんだぞ。
「えっと・・・許してあげてくれないか・・・。大人だろ」
そうだ私は大人だ。
子供のやることなんか笑って見過ごせる立派な大人だ。
「そうですよ大人です」
そう答えると王子はほっと、安心した表情をした。
「だから糞ガキに説教してやるのも大人の仕事ですよね」
「・・・・・・ん?」
床には先程姫様が使用した木刀が放置してあった。
「これで良いか」
私はびしょ濡れになったジャケットを脱ぎ捨てた。
そして息を吸い込み、屋敷中に響く大声で叫んだのだ。
「てんめええええええええぶっっっっっっころしてやらああああああ!!!!』




