3話 誕生日だ
時が経つのは早いもので、私がこの世界に来てからもう丁度8年が経過しようとしていた。
たった8年でも、様々な変化があった。
特に私の父の変化が顕著だ。
父は家庭の馬鹿っぽい振る舞いとは裏腹に、国の政治においては大変優秀な者として名を轟かせているらしい。
昇進を幾度か繰り返し、宰相補佐官という役職についているそうだ。
最近引っ越した帝都近くの豪邸の大きさからも、その役職の権力や莫大な収入が伺える。
その分父はかなり忙しくなったようで、家に帰ってくるのが深夜になることもしばしばだ。母は時々、不満気な表情で父を見ている。
しかし今日はその忙しい父が珍しく仕事を休み、キッチンから母の作った料理をせっせと運んでいる。
縦幅10メートルはありそうな巨大なテーブルが、肉や魚や果物で埋まろうとしていた。
私は半ば呆れ気味に父に話かけた。
「・・・父さん、これはあまりにも作り過ぎではありませんか。私はそんな大食漢じゃあないですよ」
「まあそう言うな!今日は1年に1度しかない特別な日だ!父さんと母さんが張り切るのも当然だろう!」
「そういうもんですか・・・」
「そういうもんだ!お前は今日の主役なんだから、大人しく椅子に座ってろ!」
そう言って父は私に着席するように促した。
目の前にはまる1日かけても食べきれないような巨大なケーキが、8本の蝋燭を仲間にしてそびえたっていた。
そう。何を隠そう今日は私、クロ・スルーズの8歳の誕生日なのである。
やがて料理を運び終えた父と、料理を作り終えた母が着席し、無駄に盛大な誕生日会がはじまったのである。
父はワインを自分のグラスに注ぐとまるで水を飲むかのように喉に流し込んでいく。
「今日であなたも8歳なのね~。私もおばさんになるわけだわ~」
そう嬉しそうに語る母にしわは一切見られない。
ふわふわとした綿あめを連想させる金髪も、透き通るような白い肌と大きな胸も健在である。
10代と言っても十分通る容姿をしている。
「そんなことないよ母さん!母さんはいつでも少女のようだ!」
父はほろ酔い気味で真っ赤になった顔でそう返した。
「さあ蝋燭を消して。8歳のお祝いをしましょ~」
「はい」
ふうーーとひと吹きすると、蝋燭の火はいとも容易く消えた。
そして父と母がパチパチと手を叩く
「おめでとう!クロ!」
「おめでとう~」
「ははは。どうもありがとうございます」
ペコリと頭を下げる。
政治家時代の癖か、僕はすぐに頭を下げてしまう。
「もう!あなたは子供なんだからもっとはしゃいでいいのよ」
「そうだそうだ!お前は固すぎる一体誰に似たんだか・・・」
父と母はこうした私の態度があまり好きではないらしい。
だから私もなるべく控えようと努力はしてはいるが、ついさっきのように反射的にでてしまうことがある。
するとこんな風に叱られてしまうのだ。
「いやー癖で出てしまうんですから仕方ないじゃないですか」
「全くもぉ~」
苦笑する私を、母は頬を膨らませて睨みつけるが全然怖くない。
「お前も神童なんて呼ばれて重圧を感じてるかもしれないがな、無理して大人ぶる必要はないんだ。父さん達はお前のしたいようにしてもらって構わないんだからな」
「勿論そのつもりですよ」
珍しくキリッとした表情に語り掛けてくる父に、私は適当に返事をした。
神童クロ。
それが私の帝都における呼び名だった。
この異世界の情報が全くない私は毎日を勉強することに費やした。
幸い家は裕福で本も沢山あったし、全てが知らないというのは非常に新鮮で勉強に飽きることも無かった。
努力の甲斐あってか5歳になる頃には5大言語と呼ばれる獣人語、妖精語、魔法語、魔界語、人語をマスターした。
この世界にも数学のような学問が存在したが日本よりは遥かにレベルが下であり専門家より詳しいと新聞に載ったりもした。
私は帝都では知らぬ者はいない有名人になっていたのだ。
ただ私は誰よりも多くの知識を有していたが、結局近所の子供でも使えるような簡単な魔法さえ使えるようにはならなかったのだ。
それがとても悔しくて原因を調べる為に魔法語も勉強した。
ちなみに魔法語とは、魔法を使う時や魔術本を読む際に必要とされる世界の魔法界の共通言語である。
大変難解であり読めるのは大人でもちゃんとした魔法学校をでた、ごく一部の人間だけである。
けれど魔法語を覚えても私は一向に魔法を使えるようにならず、意気消沈した私を見た両親が調査してくれた。
血を少しばかりとって施設に送り、血に含まれる魔力量を調べたのだ。
きっと両親は私に「ほら。こんなに魔力があるんだから諦めないで」と元気付けようとしたのだろう。
しかし手渡された調査結果は意外なものだった。
何と私は世界で唯一、一切の魔力を持たない人間だったのだ。
これはマスコミに漏れることは無かったが、情報を得れる一部の有力者の間では大きな話題となったらしい。
結果がでたその夜、両親は泣きながら私に謝り、私を撫でた。
魔法がどれくらい使えるのかで地位を定められるといっても過言ではないこの世界で魔力を持っておらず、魔法を使うことが出来ないというのはもはや社会的に死んでいるのと同義なのである。
両親は何日も自分らを責め、私に申し訳ないと泣いていた。
だが一方私は、特に悲観的になることは無かった。
まあ元の世界が世界だし、ある方が異常だと考えていたからだ。
それよりも魔法が使えないなら何か力になりそうなことを学ばねば、とより一層勉強に力を入れたのである。
そんな私を見た両親は何故かいたく感動したらしく、私の勉強の為には高額な本でも買ってきてくれるようになった。
私としては一件落着だ。
「別に魔法が使えなくてもできる仕事はいくらでもありますよ」
政治家とかね
「だから私の心配はしないで下さい」
誕生日のケーキを貪りながら、私は両親にそう語り掛けた。
「無論!心配なんてしてないさ、お前は私よりも遥かに優秀だ!きっと立派な大人になる!勉強も積み重ねていけばなあ・・・」
酔った父の長い無駄話が始まろうとした時、急に真面目な顔をした父が胸のポケットに手を突っ込んだ。
そしてそこから白い封筒を取り出した。
封を止めるのに使われてるボタンの紋章は、王家の紋章だ。
貴族のパーティーに行った時に一度見たから、覚えている。
「いかんいかん!忘れるところだった。クロ!お前の今までの勉強が報われたぞ!中を見てみろ!」
封筒を開いてみると中には、無駄に装飾が施された手紙が入っていた。
手紙には短く、こう書かれている。
クロ・スルーズ殿
貴殿を我が国の王女の家庭教師に任命する
私の8歳の誕生日プレゼントは、この国の姫様の家庭教師のようです。




