1話 ついてない
僕の文章はクソ、はっきりわかんだね
世の中で他人から先生と呼ばれる職業は多くない。
教師、弁護士、医者、そして政治家、いずれの職業にも人の人生を左右する、人を管理するという特徴が見られる。
教師は人を育て、弁護士は人を守り、医者は人を救う。
では政治家は何をするんだろうか。
私の父は政治家だったので、私は常日頃からこれを考えていた。
私の父は国会議員であった、それもかなり有力な議員で首相も狙えると言われていた。
だが党の総裁選の一ヶ月前、父は行方不明となり、総裁選の後山の奥で亡骸が発見された。
総裁は暫定的に、父のライバルであった議員がなった。
はじめはマスコミも怪しい、おかしいと言っていたが、その議員は大層優秀で首相になってからは国民から高い支持を受け続けた。
その為、首相の批判をするとその新聞社が批判されてしまうようになり、その議員の怪しい噂はまるで煙のように霧散してしまったのである。
まるで、そもそもそんな話が存在していなかったような感じすらあった。
息子である僕は、そんな現状に対して特に不満を抱くといったことは無かった。
母は優しかったし、遺産もあったから特に不自由はない。
父は忙しくて、会った時間よりも会わなかった時間の方が多く、死んでも悲しいとは感じなかった。
だから不満は無かったのだ、不満は。
私の胸中を支配したのは、ただただ純粋な怒りだ。
私という人間はプライドが高かった。
昔から様々な分野において優秀な成績をおさめてきたので、人に非難されたり、見下されたりといった経験は殆どなかった。
だが父が死んだあと、親戚や父の友人や同僚に会うと彼らは子供の僕を見るやいなや口を揃えてこう言った。
「ああ。可哀想に」 「大変だねぇ」
微塵もそんなこと思っても無いくせに、彼らは私を弱者だと見なして言った。
それは私にとって筆舌には尽くし難い屈辱だった。
悲しそうな顔をして、ありがとうございますというのに10年分くらいの精神力は費やしたに違いない。
何よりも堪え難かったのは、父のライバルであった議員に葬式で会った時だ。
ニヤリと三日月のような瞳で私を見て、鼻で笑った。
お前など父親と比べたら話にもならないとでも言いたげに、笑った。
その表情から理解した、父を殺したのはこいつだと。
私にこんな屈辱を与える原因となったのはこいつだと。
「さようなら。また今度」
葬式が終わった後、帰ろうとする議員の背中に私は静かに呟いた。
それから15年、私が30代はじめにはいった頃。
私は防衛大臣に任命された。
史上最年少の大臣であり、マスコミもネットも一時期私の話題で持ち切りだった。
・・・まあ悪い気はしないが、テレビの前で愛想笑いを保つのも容易ではないので秘書にはなるべく取材は早く切り上げてくれるように頼んでいる。
しかし、大臣になって偉そうに椅子にふんぞりかえっても、15年前から続くモヤモヤとした不快感が消えることは無かった。
父のライバルであった議員は、、、無論様々な悪どい手を使ったのは明白ではあるが、名政治家として教科書に名を残している。
一方私は実力七割、親の七光り三割で大臣になったので、未だに彼に追いついたとは言い難い。
もっと偉く、もっと強く、もっと優秀に。
それが私の求める政治家の理想像だった。
彼を超えれば、この気持ちが晴れるのではないかと思っている。
まだ時間はかかるが、あり得ない夢でもない。
大臣として名前を売り、いずれはこの国の独裁者になろう。
『目指せ独裁者』 議員会館の机にナイフで小さく、文字を彫った。
客観的に見たら少し滑稽かもしれないが目標は文字にしろ、が私の主義なので書かせてもらった。
次この机を使う議員には、申し訳ないが・・・まあ許してほしい。
私は議員会館を出ると、送りの車を断り散歩してみることにした。
軽い気分転換が必要だ。
もう大臣になったんですから、と秘書が嘆息していたが聞こえなかったフリをした。
もう秋になったせいか暗くなった東京は、肌寒かった。
片手に緑茶を持って、ぼおーっと皇居の池を見つめていると背後からきゃっきゃっと騒ぐ子供の声が聞こえてきた。
やかましいな、と思いつつ横目で追うと子供は車の通りが多い道路へと出ていた。
両親らしき2人は近くの自販機で飲み物を買っていて、子供様子に気づいていない。
危ないとは思ったが、特に注意する気も起きなかった。
幸い今は車も少ないし、すぐに両親が注意するだろう。
だが予想に反して、その子供の親は自分の子供を全く気にしていない。
振り返ると子供は道路の真ん中あたりに立っていて、その子供後ろから大きなトラックが迫っていた。
車高が高いトラックは小さな子供に気づいておらず、速度を緩める気配もない。
死ぬな、あいつ。
馬鹿な親を持つと不幸だな。
横では自分の子の現状を確認した親が、涙を流して驚いている。
馬鹿だなあ、泣くくらいならちゃんと見ておけよ。
その馬鹿親を尻目に一杯緑茶をあおると
私は道路に飛び出した。
子供を向かいの歩道に突き飛ばすと同時に、自分が未だかつて経験したことのない力で押し出されるのを感じた。
キィイイイイイイイイイイイというブレーキ音と共に訪れる轟音。
痛かった。
今まで生きてきた中で何よりも痛かった。
全身がしびれて、うまく呼吸ができない。
行き場のない不安感、恐怖感が胸を締め付けた。
「おい!?あんた――――・・・・!」 「え!?・・・・」
「救急――!・・・!」 「―――・・・・・」
「―――・・・・!・・・!」 「・・・っ――」
ざわざわと野次馬が私を取り囲むのを感じる。
やめろ、見世物じゃないぞと叫びたかったが口が動かない。
視界が水の中にいるみたいにぼやける、体が冷たい。
まるで冷凍庫に押し込まれてしまったようである。
恐らく私はもうじき死ぬのだ。
何となく分かる。
馬鹿な事をした。
もう大臣だというのに、よく知りもしないガキを助けてしまったからだ。
普段だったら見捨ててただろうに、一体私はどうしたんだ。
駄目だ・・・眠くなってきた。
父も死ぬ時、こんな気持ちだったんだろうか。
そういえば私が子供の時、父が言っていたな。
なあ。國太朗、政治家はよく先生と呼ばれるな。
教師や、弁護士や、医者と同じだ。
教師は人を育て、弁護士は人を守り、医者は人を救うんだ。
政治家はなあ、人であり続けるんだよ
もう無理だ・・・耐えきれないほど眠い。
私はゆっくりと目を閉じた。