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赤鼻のサンタクロース  作者: MAKOTO
Merry Christmas 2014
2/2

少年と雪だるま [後編]

 クリスマスの夜は、数十年に一度くらいの悪天候に見舞われた。


 吹きつける風たちが雪を運び、全てを真っ白に染めあげていく。幸か不幸かは別にして、今日はホワイト・クリスマス。

 まもなくカッサンドラは凍てつく雪で覆われ、昼の静寂とは大違いだった。


 人々は家で暖を取り、それぞれのクリスマスを過ごしていた。

 雪だるまを作ったあの元気な少女もまた、今は家で大人しく過ごしていた。


「母さん凄いよ! 外、ごーごーっていってるよ!」


 慌ただしく階段を駆け降りてきた少女。

 彼女は、母親の傍に行くやいなや身振り手振り付けながら早口でそう話した。


 母親はゆっくりとウイスキーを飲み、少女に相槌を返す。


「大変だねぇ。今日はとんだホワイト・クリスマスだよ。」

「あ、母さんお酒飲んでるっ!」

「今日はいいんだよ。……っと、あんたはジュースかい?」


 ウイスキーの瓶を取り少女のコップに注ごうとするが、母親は手を止めた。


 机に瓶を置くと、気の抜けた欠伸を一つ二つもらしてジュースの瓶を探す。あらためてジュースのラベルを確認してから、コップにジュースを注いだ。


「……母さん、もしかして酔ってる?」

「酔ってないよ。」

「ほ、本当かなぁ……?」


 少女は疑いの目を母親に向けながらコップを手に取った。


「あたしゃ酔ってないよ。あんたのケーキ食べちゃうよ!」

「えええっ、そ、それは駄目! でも、母さんにしては珍しくお酒飲んでるね。」

「今日はクリスマスだからね。毎年飲んでるのさ。」

「そうだったかな?」

「そうなのさ。元々お酒はあまり飲まなかったんだけどね。クリスマスの日にはなぜだか、あんたのパパが飲ませるもんだからさ。きっと、クセになっちまったんだろうね。パパもあたしも、毎年顔を赤くしてたもんさ……。覚えてるかい? あの人はね、お酒を飲むと鼻が真っ赤になるのさ。」

「パパ、クリスマス好きだったもんね。でも、母さん……お酒飲まなかったって言ってたけど、それ嘘でしょ?」

「さぁね。おっと、酒がなくなったねぇ……取りにいかなくちゃ。」


 母親は椅子から立ち上がろうと踏ん張った。

 しかし、ふらふらと倒れそうになってしまい机の上の瓶を倒してしまう。


 お酒の瓶もいくつか空けている様子で、相当酔っていることが子供の目にも明らかだった。そんな母親に少女は急いで駆け寄ると座るようにうながした。


「わたしが取ってくる、母さんはそこから動いちゃダメ!」


 そういうと少女はパタパタとお酒を取りに向かった。

 その途中、外からドサッという音が聞こえ少女は様子を見に外へ向かった。



 ★ ★ ★



「え、ええー!! かあさーん!! たいへん、たいへんだよぉぉ!!」


 大きな音を立てて扉が開き、外から戻った少女は母親のいるところへ向かう。

 母親はびっくりして目を丸くした。


「どうしたんだい? そんなに慌ててさ。」

「男の子がね……たおれてるのっ!」


 少女は外を指さして床を足踏みしながら、ひどく慌てた様子だった。


「それは大変じゃないか! 家に運ぶよ!」


 ふらつく身体を母親は無理矢理起こし、二人は急いで外へ向かった。


 吹雪の中、雪に埋もれる少年を見つけた。


 雪に埋もれる少年を二人は引っ張り起こして、寒さに震える少年の身体を互いに支えあい何とか家へ運んだ。

 そして、少年の濡れたコートを急いで脱がし新しい服を着せた。


 暖炉の前に連れていくのは大変だったが、少年を横たわらせ暖めた。


 少女は眠る少年の顔を覗きこみ、不安に瞳を揺らす。


「母さん。この子大丈夫かな……。」

「きっと大丈夫さ。ほら、目を開けたよ。」

「ねぇ、ねぇ、大丈夫? お名前は?」


 目を覚ましても、いまだ視界の定まらない少年。


 少女はぐっと顔を近づけ、彼の名前を再度尋ねる。慌ただしい少女をさとした母親は、彼女を少年から引きはがした。


 虚ろな表情を浮かべる少年は周囲を見渡し、苦しそうに頭を抱えた。


「おれは…………なまえ……っつ!!」

「大丈夫かい? 無理するんじゃないよ。ここはあたしらの家さ、ゆっくりでいいから思い出すんだよ。」

「名前……うっ、思い出せないんだ……。おれはなぜここに?!」

「き、記憶喪失!! どうしよう母さん?!」


 母親はあくまで冷静に、驚かさないように少年を優しく介抱する。


 少年は何も思い出せないことに困惑していた。

 そんな少年の姿を見て戸惑う少女は、あたふたするだけだった。


「お医者さん、そうお医者さんを呼ばなきゃ!」


 母親は窓の外を見ると、一つ息をもらした。


 相変わらず酷い吹雪で、視界がとても悪い。


「そうしたいんだけどねぇ。こんな天気だしねぇ……医者は恐らく無理だろう。連れていくにも女二人じゃ到底無理さ、明日にするしかないね。あんた面倒を見てやりな。いいね?」

「うん、頑張るよ! ねぇ、キミ……名前は覚えていないんだよね?」

「ああ……何も覚えてないよ。ここがどこかさえ……。」


 記憶の無い自分に歯がゆそうに少年は唇を噛み締めるが、自分の置かれた状況に少しずつ理解を示し、落ち着いてきた様子だった。


 少女は少年の肩をポンポンッと叩き、明るい調子で話しかけた。


「じゃあ、わたしが名前をつけてあげるね! うーん……ブラボー!!」

「それ雪だるまの名前じゃなかったかい?」

「いいのいいの! かっこいいし!」

「ブラボー……。」


 少女のネーミングセンスに、少年は何だか懐かしい気持ちを感じた。

 それが何なのかわからなくて少年の心はもやもやする。


 だが、名前のない不便さに比べれば悪い気持ちではなく、それどころか心地よささえ感じていた。


 母親は額に手をあてて呆れたような表情を浮かべるが、二人の顔を交互に眺めてくすっと笑い、少年の肩に手を置いた。


「あんたって子は……。相変わらずなネーミングセンスだね。ブラボー、嫌なら断ってもいいんだよ?」

「いえ……。」

「もう、母さん!」


 母親はからかう調子で言葉を紡ぎ、ニヤッと笑った。


 少女はそんな母親の態度にぷくぅと頬を膨らませた。


「ブラボー……。いい名前だと思う、気に入ったよ!」

「えへへっ、ブラボーって呼んでいいかな?」


 少年の言葉に喜んだ少女は楽しそうな笑顔を見せた。


 もう一度、少年に同意を求める。


「ああ、もちろんだよ! うん、いいよ!」


 少年はさわやかに頷いた。


 ひまわりのような笑顔を少女は彼に見せた。そんな二人の様子に母親も自然と頬がほころんでいた。


「ま、家で遊ぶし無理しないと思うけど。具合が悪くなったら言うんだよ、ブラボー。」

「うん。ありがとう、おばさん!」

「おばさんじゃないよ、お姉さんだよ?」

「は、はい。……お姉さん。」


 念を押した母親は、彼の素直さに頷いて軽く笑った。


 ブラボーの肩をポンポンッと叩いた母親は、若い二人を残してふたたび椅子に座った。母親は新しいお酒の瓶を開け、飲み始めた。

 お酒を飲みながらも、二人の遊ぶ様子を優しく見守った。


 二人の子供はとても楽しそうに遊んでいた。


 ブラボーがこけそうになったり、壁に頭をぶつけて少女が泣いたりもした。

 カードゲームで白熱していたと思ったら、二人は仲良く絵を描いたりもした。


 吹雪きな夜だということを忘れてしまうほどに三人のホワイト・クリスマスは、いつしか賑やかなものになっていた。


 しかし、時計の針は止まらない。楽しい時間の終わりを刻んでいく。


 クリスマスの夜も、もう終わる。



 ★ ★ ★



 賑やかな夜に水を差すのは、気が引けてしまう母親だった。


 バツの悪そうに頬を掻くと、心苦しそうに母親は二人に声を掛けた。ブラボーと少女は母親の方へ振り向く。


「そろそろ寝る時間だよ、お二人さん。楽しいのは分かるけどさ、もう寝ようか?」

「ええっ?! うー、もっともっとブラボーと遊びたいよ。」

「気持ちはわかるんだけどね……。ブラボーは明日お医者さんに診てもわないといけないし。夜更かしする悪い子のとこにはサンタも来ないよ?」


 わかっておくれ、と母親は少女の頭を撫でた。


 駄々をこねて拗ねていた少女だったがしぶしぶ頷いた。


「……サンタクロース?」


 ブラボーは誰に言うでもなく呟いた。


 少女はブラボーの手を取り部屋の方へと走って行った。


 二人の背を見送る母親は小さな笑みを零す。


 部屋の後片付けをする母親はふと、ブラボーの着ていたコートとマフラーを手に取り目を見開いた。



 ★ ★ ★



 少女は客室へブラボーを案内した。


 小さな部屋ではあったが、あたたかそうな部屋だった。


「ブラボーはここ、使って?」

「うん、ありがとう。」


 ブラボーがお礼の言葉をのべる、しかし、その表情はどこか虚ろだった。そんな中、少女はおやすみと言って三階の自分の部屋へ向かう。


 すると、ふと少女はブラボーの方へ振り返りおずおずと話した。


「ねぇ、ブラボー。また遊ぼうね?」

「うん、もっといっぱい遊ぼう。」

「大丈夫だよね?」

「おれには確かに記憶はないよ。でもほら、体はこんなに元気さ! 大丈夫だよ。」

「うん。記憶がもどっても……わたしとまた……。」

「ああ、一緒にいっぱい遊ぼう! 記憶が戻っても……またキミにブラボーって呼んでもらいたいな。」


 ブラボーの明るい言葉に少女は嬉しそうに笑う。


 少女は嬉しさから軽く飛び跳ねると照れくさそうにはにかんだ。ブラボーの両手をぎゅーっと握りしめ、そして離した。


「えへへっ、ありがとう! ブラボー、おやすみなさい。また明日ね!」

「おやすみー!」


 手をブンブンと振りながら少女はブラボーを見て階段へ向かう。

 ブラボーもそんな彼女を見て、手を振り返した。


 しかし、階段へつくまで少女は時に壁に肩をぶつけるので、その度にブラボーは心配した。


「危ないよ。前みなよ。」

「大丈夫だよ! おやすみブラボー!!」


 そして、少女は笑いながら階段をのぼっていった。


 ブラボーは周囲を見渡して誰もいないのを確認し、溜息をついた。


「また明日……か。」


 客室に入り扉を閉めると、ブラボーの表情はどんどん曇っていく。


 そんな彼の空気を壊すように、愉快な声がブラボーに舞い降りた。


「よぉ、ブラボー! 楽しめたか?」

「?! お前は……ああ、サンタクロースか。」

「へえ、俺を覚えているのか。記憶が戻りかけてるんだな。でも、あんま楽しそうじゃないな。」

「記憶がなくなるなんて聞いてなかったぞ、サンタクロース。」

「忘れていたぜ、すまない。で、どうだったんだ? 夢は叶ったか?」

「……やれやれ、まったく。」


 軽く謝罪するサンタクロースにブラボーは肩を竦めた。


「でもそうだな、夢は叶ったよ。彼女と遊べて本当に楽しかった、ありがとうサンタクロース。さぁ、そろそろ魔法が解ける時間か?」


 サンタクロースはブラボーに背を向け、小さく笑った。


 もうすぐこの楽しい時間が終わるだろう。


 時計の針の音が無情にも魔女との契約の終わりを告げようとしている。針の音に耳を傾けるブラボーは全てを悟り、気持ちは重いものだった。


 魔女との契約は絶対だ。例外はない。


 もうすぐブラボーは消えてしまう。

 文字通り消えてしまうのだ。


 それを知っているサンタクロースの崩れた表情は、背を向けられているブラボーには見えなかった。


「そうか……よかれと思ってやったが……。おまえにもあいつにも、結果的にはつらいモンになっちまったのかもな。約束したんだもんな、明日も遊ぼうって!」

「ああでも、おれは明日から……ただの雪だるまに戻るだけなのさ。明日からはまた、雪だるまとして彼女と遊べるんだ。だから――」


 サンタクロースはそのブラボーの言葉に僅かに肩を揺らす。


 ブラボーは夢を叶えてくれた彼に感謝をしても恨んではいない。

 後悔はしていない、そう告げるとサンタクロースは少し微笑んだ気がした。


「そっか、そろそろ時間だな、ブラボー。」

「ありがとう、サンタクロース!!」


 ブラボーは笑った。


 彼の体にはまばゆい光が纏い、すーぅと消えていく。

 その場でパチンと光が弾き飛ぶと、少年の姿は一瞬で消えてしまった。


 サンタクロースは何も言わずに静かに部屋で佇む。



 ★ ★ ★



 めったに使われることのない客室の扉が重く開いた。


 真っ赤なマフラーを持った母親が客室に訪れた。

 母親はお酒の瓶をサンタクロースに向けて投げ、声をかけた。


「メリークリスマス、赤鼻のサンタクロースさん。」

「メリークリスマス、ソフィア。」


 サンタクロースはお酒を受け取ると、グイッと飲んだ。

 瓶を口から離すと、濡れた唇を腕で拭った。


「俺に会いに来てくれたのかい?」

「あんた馬鹿ね。ここはあたしの家だよ。ブラボーにちょっと話しがあったんだけどねぇ……。」


 そういって母親は周囲を見渡した。

 しかし、もうブラボーはそこにはいなかった。


 怪訝に思った母親はサンタクロースを見る。

 サンタクロースは母親の持っているマフラーに目がいっていた。


「あんた一人かい? ブラボーは? それにあんた、毎年来るあのへんてこな魔女は一緒じゃないのかい? なんていったっけ、ベルベル?」


 サンタクロースは何も言えなかった。


 代わりに小さな小箱を一つ、母親の手に握らせた。


「えっ、ええっ?! なによあんた……」

「プレゼントさ。じゃ、娘のことは頼んだぜ。……また来年な!」


 そして、サンタクロースは母親から逃げるように窓から外へ出ていった。


「勝手な人だね、サンタクロース。」


 母親は溜息を一つもらして彼の後ろ姿を見送った。



 ★ ★ ★



 寒空に浮かぶ小さなソリ。

 そこには魔女クリスマス・ジングルベルが陣取って座っていた。


 その表情はいくらか不機嫌だ。


 サンタクロースはソリに飛び乗ると、魔女の肩をポンッと叩く。


「ご苦労さん、ジングルベル。今夜の仕事はもう終わりさ。さぁ、雪の国までひとっ跳びで頼むぜ!」

「えっ、もう終わりなんですか、サンタクロース……。用事はもういいの?」

「ああ、これで終わりさ。また来年さ! 今日は悪天候だったしな、ホントに疲れただろ? ジングルベル。雪の国まで、まだ魔力はもつのか?」

「うぅーむ、本当に死ぬかと思いましたよ…………はぁ。ですが、星を一周二周できるくらいの魔力はまだ――残っておるぞ! ふっはっはっは! 雪んこのためとはいえ、悪天候にしろと言ったのはおぬしだろうにぃ!」

「その口調はどうにかならないのかよ、ジングルベル……。」


 ぶつぶつと愚痴をこぼす魔女は威嚇をする猫のような剣幕だ。


 悪びれた様子もなく、サンタクロースは魔女に酒をちらりと見せるとニヤニヤ笑い、グイッと飲んだ。

 酒で濡れた唇を腕で拭う、サンタクロース。


 彼に無性に腹がたった魔女はビンタを炸裂した。


「まぁ、あと少し頑張ってくれな。今日は俺のおごりさ、帰ったら飲もうぜ。満足するまで飲んでください……ぐず。」


 サンタクロースの瞳には涙が溢れて、鼻声でそういった。


 彼の鼻はお酒と涙とビンタの衝撃で真っ赤になっていた。


 赤鼻のサンタクロース。

 それがこのサンタの特徴。


 賑やかな二人は、少女の家を見つめる。そして、魔女が口を開いた。


「なかなか難儀な話じゃのう。少女はまた母親と二人。雪んこは消えてしまった。…………これで本当に良かったのですか?」

「サンタクロースにもわからないことは、沢山あるさ。そして、どうするかは人それぞれ違うんだから、とにかくやってみるしかない。きっとこの選択は間違っていないさ。……あいつの望みでもあったんだ。」

「そうですか。あなたらしいですね、サンタクロース。」

「それにこれはオヤジとしての勘だけどな。来年きっとまた、あいつは雪だるまを作るだろう。オレに似たのか、雪が大好きだからな。その時きっとまた、ブラボーは……。」

「ふっふっふ、オヤバカじゃな!」


 魔女の言葉にサンタクロースはニッと笑って返す。


 聖なる夜のクリスマス。

 一夜限りのプレゼント。

 二人はきっと幸せだった。


 サンタクロースはそう願い、魔女は力いっぱいソリを走らせた。


「来年もまたくるぜ、メリークリスマス!」

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