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風に舞う花

作者: 高良あおい

 小さい子供にとって、雪というのはどうも美味しそうに見えてしまうものらしい。きゃっきゃと上の方の綺麗な雪をすくう見知らぬ子供たちを見ながら、私は心の中で呟いた。――上の方はあまり美味しくないぞ、若人よ。では下の方なら美味しいのかと問われれば、正直答えには迷わざるを得ない。下は下で土っぽいというか、独特の風味があったはずだ。それが癖になってしょっちゅう食べていたら、お腹を壊すから止めなさいと母に酷く叱られたっけ。まあ、考えてみればかき氷のシロップくらいはかけるべきだったな、とは私も思う。

 街の中に積もった雪は踏み固められて泥まみれで、汚くて食べられたものじゃない。こういう公園に手つかずの雪が残っているのは、子供たちにとってはまさに僥倖だったことだろう。とはいえ、道端に積もっている雪を食べるなんて、子供だったから出来たことだと、成長した私は考える。今じゃとても無理だろう。寒いし。

 ひゅう、と冷たい風が吹いた。ベンチにじっと座っているだけでは体が温まるはずもなく、私は体を震わせる。今は雪は止んで、空は久しぶりに晴れているけれど、それでも……いや、だからこそ肌を突き刺すような寒さに変わりはなかった。風の子でいられるのもあの年代までだろう。小学校の頃なんて、冬でも半袖の男子が学年に一人はいたっけ。

「お待たせ」

 不意に背後からかけられた声に、私は驚くこともなく振り返った。彼は手に持っていた缶の一つを私に差し出し、にこりと笑う。

「やっぱりみんな考えることは同じだな。ホットは大体売り切れてた」

「あ、でもココアあったんだ。ありがと、……熱っ」

 自販機で買ったホットの飲み物の温度などたかが知れている。それでも、冷え切った手には少々厳しい熱さだった。じわじわと熱さに慣れてきたところで、ようやく私は缶を開けようとする。けれどかじかんだ指先は当然感覚も鈍っていて、上手く開けられない。それを見かねたのか、いつの間にか隣に座っていた彼がすっと私の手から缶を抜き取り、あっさり開けて私に返してきた。

「ほら」

「……どうも」

 悔しさを滲ませて呟くと、「どういたしまして」とおかしそうな声が返ってくる。そのまま自分の方の缶も開け、口を付けると、彼は満足そうに息を吐いた。

「ココアって、冬の飲み物、って感じだよな」

「アイスココアもあるけど……うん、まぁ、そうだね」

「だろ? これが一番温まる」

 人は、たかが百二十円の缶一つでここまで幸せそうな表情を浮かべられるものなのか。くすっと笑って空を見上げ、私はあることに気付いた。

「やだ、また降ってきたよ」

「雪?」

「うん。晴れてるのに」

 風に乗って青空を舞う、白い結晶。にわか雨ならぬにわか雪、といったところだろうか。先ほどの子供たちがきゃっきゃとはしゃいでいるのを視界の端に捉えながら、私は嘆息する。彼はちらりと横目でこちらを見ると、得意げに口の端を吊り上げた。

「風花、っていうらしいぞ。こういうの」

「かざはな? ああそっか、雪ってよく花に例えられるもんね。風に舞う花、かぁ」

 それだけ聞けばとても幻想的でロマンチックなのに、このどんよりとした心はどうしたものか。雪が降ってきたときに顔を顰めるようになったらもう年だよなぁ、と子供たちを眺める。積もればいいのに、と言えたあの頃が懐かしい。大人なんて失うものばっかりで、私は何も得られていないんじゃなかろうか。きっと幼く無邪気だったあの頃の方が、活き活きとして輝いていたはずだ。枯れた大人、にはなりたくないんだけどな。

「どうかしたのか?」

「……この雪も、きっとすぐに溶けちゃうんだね」

 誤魔化すように呟けば、彼は疑うことも無く首を傾げた。

「じゃないか? この間もそうだったもんなぁ」

「雪が溶けたらさ、春になるんだね」

 いつだったか、何かで見た問いかけを思い出す。雪が溶けたら水になる、雪が溶けたら春になる。花が咲き乱れる、出会いと別れの季節。

「そうやってさ、季節も人も、嫌でも変わってくんだよね。あの子たちもいつか、私たちみたいに雪が降ったらげんなりするようになってさ。私たちもいつか、今の私たちがなりたくない大人みたいになっちゃうんだろうなぁ。それって……なんか、さぁ」

「ん……まぁ、そうだな」

 誤魔化さないのが彼の良いところだった。けれど微妙な表情で頷きながらも、彼は真っ直ぐな言葉で反論してくる。

「でもさ、変わらないものもあるよ。俺とお前の関係とか、ここから見える景色とかさ。きっと十年くらい前には、俺らがああやってはしゃいでるのをこのベンチから見て、今の俺らみたいな会話をしてたやつらがいたんだよ」

「そうかな」

「きっとそいつらは今頃なりたくなかった大人になって、今の俺たちみたいに雪に恨み言でも吐いてるんだろ。そうやってさ、変わったり変わらなかったりして、のんびり生きていくものなんだよ、みんな」

 だからさ、と彼は続ける。

「俺たちもそうやって流されていけば、案外楽しいんじゃないかと、俺は思うわけだ」

「……そう、なのかなぁ」

 でもまぁ、そうかもしれない。実際、雪を疎むようになっても、冬の楽しみはあるのだから。ココアは美味しいし、こたつは快適だし。

 言いくるめられたことに対する照れ隠しのように、いくらかぬるくなったココアの缶に、私はそっと口を付けた。


文芸部で展示用に書いたSS。お題:冬。

高良さんが書いたとは思えないくらい平和な話。

受けは割と良かったです。

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