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反物にこめられた思い

(7・20 AM9:16)


椿はリビングでコーヒーを飲んでまったりとした時間を過ごそうとしていた。

そんな椿の元に、火燐と蓮流がうきうきした感じでやってくる・・・。



「「つ~ば~き~ちゃん!」」



彼らはいきなり椿に呼びかけると、椿の前に立ちさっとあるものを見せる。


それは、着物の反物。

蓮流が持っていたのは、白と青のコントラストの中に金魚が悠々と泳いでいるもの。一方火燐の反物は、オレンジと黄色のコントラストの中にぽんぽんと花が咲いているものだった。



「これ、どしたんですか?」



すると火燐が、「椿ちゃんの浴衣用の反物だべ。」といってニコニコしている。



「私の浴衣・・・ですか?」

「そう。今度、お祭りがあるんだ。人間の祭りとは違ってドレスコードがあって・・・」

「で、それがね、和装だけなんだ。だからみんな浴衣で参加してるべや!」

「人間の祭りとは・・・違う?」


「そう、妖怪のお祭り、その名も妖涼祭。だいたい1週間ぶっ通しでするから、結構にぎわう祭りなんだ。」


「そ・・・なんですか。私、人間なんだけど、参加して大丈夫ですか?」

「たぶん大丈夫だと思うよ。正嗣OKだったし。」


「親父は、みんなを助けてたから・・・」


そんな時、緑涼が来て話に入ってくる。



「椿は家族だべ。駄目だという奴がいたら、椿の親父として、おらが話をつけにいくから。」



そういいながら緑涼は、冷蔵庫から茶の入った瓶を出すと、椿の向かいにさっと座った。



「で、どっちの柄がいいべ?」



そういうと火燐は、椿のそれぞれの肩から胸元にかけて反物を広げた。

蓮流と火燐は、じっとその柄を見る。

こっちの柄はどうだとかこの柄だとどうだとかいろいろ・・・。



「おらは・・・どっちもOKだと思うぞ。両方使っちゃえ。」



あまりに突拍子の無い答えがで、椿は驚いてしまった。


「え?そんな、大丈夫なんですか?」

「どうしてだべ?」

「だって、作ってもらうって・・・すごくかかるんですよね?」


そんな動揺する椿を見て、緑涼は笑い始めた。



「そんなこと気にしてたべか(笑)そこは大丈夫。おらの知り合いが作るから。」

「そ・・・そうなんですか。」

「んだ。今日の昼ごろこっちに到着するって行ってたから・・・採寸とかいろいろしたいからって。」


「今日ですか?」


「そうだべ。みんなの浴衣、持ってきてくれるべや。そういえば火燐。お前の袴も直せたから一緒に持って行くって言ってたぞ。」

「やった!」


火燐は、うれしかったのかその場でガッツポーズ。

それを横で冷ややかな眼で見つめる蓮流であった。


「椿。一緒に迎えに行こっか?」

「はい!」

「俺も一緒に行くべ!」

「じゃ、みんなで行くべか。」


ということで椿達はその方を迎えに行くことに・・・。


(7・20 AM11:48)



「どこに迎えに行くんですか?」



椿は緑涼にそういうと、裏山の神社だと答えた。

椿はあの夢を思い出していた。


滅びかけた祠をあの夢・・・。



「俺らにとっては、初めて正嗣と会った場所だよな?火燐。」

「そうだべ。あの時は、山の中で何百年暮らして、精神的に疲れてたよね。」

「そうそう。」


そんな話をする火燐と風燕を後ろに見ながら、椿は緑涼と歩く。



「お知り合いの方はどんな方なんですか?」

「うん?おらと同じ鬼で、昔からよくかわいがってた奴なんだ。弟みたいでな・・・」



そう話している緑涼の顔は、いつも以上に笑っていた。


そうこうしているうちに裏山の神社に到着。

久しぶりに裏山を登った椿は、疲れてその場に座り込んでしまった・・・。




「体力ないのう。やっぱり人間は弱すぎる。」




椿が顔を上げると、そこには、長い黒髪の鬼の女性が立っていた。



「あ・・・あの・・・」

「やっぱりいつ見ても、奥方そっくりじゃのう、この眼。」



背が高くて、クールにスーツを着こなしているが、グラマラスな体つきをした女性。


あれ?緑涼さんが言ってた方と違う気が・・・



凛香りんか!!おめぇさんもきてたのか!!」



緑涼さんと甚平姿の男が椿のほうに向って走ってきた。



「私が来たら悪いのか?緑涼。」



そういうと、凛香は緑涼をバックでいきなり殴る!



「お前、この子に酒飲ましたな?」



そういうと、今度は緑涼の顔を片手でぎゅっと掴んで睨む。



「傷が塞がってない時に酒飲ましたみたいじゃなぁ?あれだけ言っておったのに・・・(怒)」

「す・・・すいません(泣)」



驚く椿の後ろから、禮漸がすっとやってきて耳元でこうつぶやいた。



「あの方は、凛香さんといって、椿ちゃんと火燐の傷の処置をしたお医者さんだよ。ものすごいドSだけど・・・」



すると、そのことを聞いたのか、凛香さんの目がこっちに向けられる。



「何か言ったか?禮漸?」

「いえ、なんでもないです(焦)」



椿も思わず頭を横に振る。



「り・・・凛香先生。もうそれくらいにしときましょうや。」



甚平姿の男が凛香を止める。



「そうじゃのう。もう傷は、大丈夫なようじゃしな。火燐もこの娘も。」



そういうと、凛香は椿の頭をぽんと軽く叩いた。



空我くうが。私も一緒に行くでのう。荷物持て!」



そういって、持っていた皮のバックを無理やり渡した。

そしてすたすたと神社の階段を降りていった。



「椿・・・。」

「大丈夫ですか?緑涼さん。」

「あぁ。」

「本当っすよ、兄貴。」


甚平姿の男が緑涼に肩を貸す。


「椿、こいつがさっき話してた知り合いだ。」

「はじめまして。織物問屋染井おりものどんや・そめいかしらやってます空我っす。よろしく。」


そういうと、空我は左手を差し出した。

その手の爪は、染物の色で染まり、指の付け根はたこがいくつも出来ていた。



「春河椿です。よろしくお願いします。」

「おう。」



そういうと、空我は笑顔でそう答えた。


「それにしても、ようやくあの反物が陽の目を浴びるときが来たんだな、兄貴。」

「あぁ。」

「正嗣の旦那、嬉しそうに反物選んでた光景が今でも思い出されるっすよ。で、旦那は?」



「親父は、今年の初めに亡くなりました。」



そのことを聞いて、空我の顔が少し寂しそうになっていくのに椿には見えていた。


その時、空我から思わぬことを耳にする。



「そっか・・・旦那がさ、兄貴達と一緒に店に来て、あの反物を選んでいったんだ。きっと娘に似合うぞって言ってな、兄貴。」


「そうだった。」


「あの時、旦那から、俺に何かあってもこの反物は、緑涼達に渡していく。娘が戻ってきたら浴衣作ってやってくれって。」


「で、今日、椿に見せようとしたら、火燐と蓮流が勝手に持っていって見せちゃったんだべ・・・あの時だけはもう呆れるしかなかったべや。」

「そりゃ、あの火燐さんだから(笑)」

「それに、蓮流も一緒になってするもんだから、もう余計に・・・」


彼らは笑いながら親父のことを話していた。


私が知らなかった親父の姿。

勝手に家を出て行って、何もしなかったかなりの親不孝者娘の事を思う親父の一面。

初めて知ったそのことに、改めて親父の気持ちを知ったような気がした。



「あっ!一応それに似合うような髪留めとか帯止めとかあったほうがいいかなって思って、サンプルも

ってきたっす。あと、兄貴たちの浴衣に合いそうな扇子とか下駄とかも。」

「いつもありがとな、空我。」

「いえいえ。」

「どんな感じの髪留めなんですか?」

「今日は造花の分をサンプルで持ってきたんだけど、当日はそれの生花の分を納品するよ。色のそっちのほうが綺麗なんだ。オーダーも出来るから、気に入ったらどんどん言ってね。」

「は~い。」


そんなことを話しながら、どんどん山道を降り、気づくと家の前についていた。



(椿の部屋)


空我は、慣れた手つきで椿の体を測定していく。


「採寸完了!じゃ、このサイズで作っていくね。」


かかった時間は、約1分ぐらいであろう。



「ありがとうございます。」


「次は、飾り関係の選択ってことで、みんなリビングで見てるから行こっか!」


椿達は、そう話しながら部屋を出る。


階段を降りる間も話は弾む。



「なんか楽しみです。どんな飾りなんだろうって?」


「自分だけの飾りだよ。きっと気に入ってくれること間違いなしの一品だ。」



そういった空我の顔が、清々しいさわやかな感じに見えた・・・



(リビング)



「痛~い!!!痛い痛い!痛いべ!」


「我慢しろ!私に隠せると思っておるのか、火燐!」



椿達がリビングに入ると、修羅場の様な光景が目に飛び込んできた。



「ら・・・禮漸さん?これは一体・・・?」



椿は、禮漸に恐る恐るその光景のことを聞くと、あきれた様にこう答える。



「あぁ、火燐がね、ちょっと凜香さんに隠し事してたからああなった。」

「隠し事・・・ですか。」



そんな話をしている間も、修羅場は続いている。



「痛い!痛い!椿ちゃん助けて!痛~~い!」


「我慢しろと言っておるだろ!助けを求めるでない!!はい終わり!胃もたれぐらいで、ぎゃぁぎゃぁ騒ぎよって・・・」



「だって・・・だって・・・痛いんだもん(泣)」


「胃を直接刺激すんだから、痛いに決まっておるだろ!」



椿は、つかさず凜香に水を渡す。


「あの、よかったらどうぞ。」

「ありがとう。」



火燐にも水を渡すが・・・


「火燐さんもおつかれさまです。」



ガシッ!



「椿ちゃん・・・ここにいて。」



いつも通り展開が待っていた。



「「「「「お前な…(呆)」」」」」」


「椿ちゃんがいるとほっとするべ。あったかい。」



その場にいた全員が口にした言葉は一緒だった。

そんなことも気にせず、火燐は椿にくっついて離れなかった・・・

その光景を眺めていた凜香は、椿に声を掛ける。



「椿。こいつ(←火燐)はいつもこうなのか?」

「・・・はい(笑)」



その会話の中にすっと風燕が入ってくる。



「こいつ、椿と結婚したいってずっといってるんすよ。」


「ほ~。そなたも、そんな事言う年になったんだのぉ。子どもの時のイメージとはもう違うんだ。」




グリグリ・・・




「凜香先生痛いべや!!」



頭には行った衝撃は、あまりに大きかったらしく、火燐は椿をつなぎ止めていた手を離して頭を押さえる。



「ハハハ!それくらい元気じゃったら、椿にくっつかんでも動けるじゃろ。」



凜香はそう言うと、サッと席を立ち、バックを持った。



「私はそろそろ行くかのぅ。」

「もう行くのか?凜香。」



緑涼の問いに、凜香はこう答えた。



「次の患者が待っておるでのう。これで失礼する。」



そう言うと、凜香の姿はサッと部屋から消えてしまった。



「じゃ、今から小物選び始めましょっか、兄さん方。」



空我がそう言うと、何故か椿の方に視線が注がれていく・・・。



「椿ちゃんに何の花が似合いうかな?」


蓮流がそういうと


「んだ。黄色のときと青の時の2種類飾りがいるべや。どんな花がいいかな?」


と緑涼がいう。


「椿ちゃん、俺、これがいいと思うべ。」


火燐が鈴蘭の飾りを取ると


「かわいいけど、頭の飾りってなると少し小さくないか?」


と禮漸は言う。


椿もそのアドバイスを参考にしながら、選んでいく・・・

その時、風燕がこういった。



「椿って花の名前なんだよな?」



椿はその質問にはいっと答える。



「せっかく椿って名前があるんだから、その花を使ってみるのもよくね?」



風燕のその言葉にみんな感心し、納得する。



「でも、椿って冬に咲く花ですよ。今の時期は・・・。」



椿は、思わず口にしてしまった。しかし、空我は笑いながらこう話す。



「うちの花は、季節関係なしです。年中、様々な花が咲くように専用の土地で花を育ててるんで大丈夫だよ。」


「そうなんですか!すごい!じゃ、どの花でも大丈夫なんですね。」

「はい。どの花でも承りますよ。お嬢さん。」



空我のその言葉に安心し椿は、赤と白の椿を手に取った。



「あの、黄色の浴衣の時にこの椿を飾るってどうですか?」

「それいいべ!!かわいい!あとこれに、リボンとかも一緒に飾るとかどう?」

「それいいじゃん!はい!一つ決定!!」



火燐と風燕の判断で黄色の浴衣の飾りが決定。

次は青の浴衣の飾りに・・・


「俺から提案なんだけど・・・」


とさっと手を上げたのは、禮漸だった。


「青色の朝顔ってどう?俺のイメージでは、つたも使うんだけど、耳から前の部分の髪を纏めずに残して、飾りをつける側の残した髪につるを巻きつけるとかどう?」


するとその意見に、緑涼は・・・


「なんか大人っぽい感じだな。」


といった。


「白のレースのリボンも一緒にクルクルするのはどう?すると少しかわいい感じになると思うんだけど・・・。」


蓮流のその意見に、緑涼は微笑みながら椿の耳元に朝顔の飾りと白のレースリボンをつける。


「うん。おらもこれに賛成だけど、椿はどう?」

「私もこれいいと思います。浴衣と色もあっているし、見た目も涼しい感じでいいですね。」

「よし、これで青のほうも決定!」


緑涼のその言葉を聞いて、空我はそれぞれの飾りを袋に入れ、椿の名前を書くと・・・


「では、これでオーダー承りました!お祭り前日にお届けってことで。」


と微笑みながらそういうと、後ろに置いていた大きな皮のバックを開けた。

そこには、ほかにもたくさんの袋。それぞれに緑涼、禮漸、火燐、風燕、蓮流と名前が書かれている。


「これ・・・」

「あっ、これ?兄貴達のオーダー商品。これも一緒に当日にお渡しします。」


「「「「「へ~い!!」」」」」


「じゃ、俺はこれで。」


そういうと、バックを手にとって立ち上がる。


「おら、一緒に行くわ。」


そういって、緑涼もバックを持つ。


「すいません、兄貴。では、よろしくっす。」


そして、彼らは家を出た・・・。



「2つ着るってことは、泊りがけで祭り参戦ってことかな・・・。」



蓮流の思いがけない言葉に、椿はびっくりした。

これから用意しないといけないものが増えるからである・・・。




「椿ちゃんどしたべ?」



火燐に声をかけられ、我を忘れた気持ちを元に戻すことが出来た。


「あっ・・・お泊りってなると、いろいろ用意しないといけないなって・・・」

「いろいろ?」

「ほら、服とかシャンプーとか石鹸とか。」

「石鹸とかシャンプーとかは、旅館にもあるべや~。」


火燐さんとそんな話をしている時に、緑涼さんが帰ってきた。


「緑涼さん。」

「どしたべ?禮漸?」

「今年の祭りって泊まりでいいんすよね?」

「んだ。さっき帰りながら予約の電話とっといたから、前日入りで。」

「いつもの旅館っすか?」

「そうそう。月下楼だべ。」

「あの・・・」

「どしたべ、椿?」

「いつから泊まりですか?」


椿のその質問に、緑涼はカレンダーを見ながらこう答えた。


「うん?来週の朝に入るから・・・27日から向こうに泊まるべ。」

「ってことは・・・26日にここを出て・・・2泊3日の旅行の準備しなきゃ。」


そういうと、椿は部屋に戻ろうとしたが、とっさに緑涼に止められる。


「車で行くから、1泊は車中泊だべ。だから、1泊2日の準備でいいべや。」


そういうと、椿は「わかった」といって部屋に戻った。



「“わかった”っか~!!やっと親父になった気がしたべ!!」



父親としての嬉しさを爆発させる緑涼。


そんな時だった・・・。



「緑涼・・・。」



少し不安そうな顔をした火燐が緑涼を呼び止める。



「どしたべ?火燐。」

「少し不安だべ・・・。」

「なんで?臨時入界手続きで引っかかるとか思ってるべか?そんな・・・」

「違うべ!」


緑涼の話をさえぎるように火燐はそういった。


少しの沈黙のあと、火燐はまた話し始める。



「俺が不安なのは、椿ちゃんが・・・その・・・ほかの妖怪達に・・・」



すると、緑涼は火燐の背中を思いっきり叩いた。


「・・・っ痛い!!」

「そんなこと俺が許すと思うか?」

「思ってないべ!でも・・・」


「俺が守る!椿の父親になったってことは、お前らの父親にもなったんだ。だから、お前達を絶対に守りぬく。だから心配すんでねぇ、火燐。」



火燐の不安はその瞬間に消え、顔にはあどけない笑みが戻っていた。



「じゃ、おめぇ達も今のうちに準備しとけ。当日になって忘れたとか言い出したら許さんからな。」


「「「「はーい。」」」」



こうして、各自部屋に戻り旅行の準備を始めていった。


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