あれから丸一日眠っていたのですが・・・
(5・10 AM10:00)
「う~ん・・・朝?」
私が眼に入ってきた景色は、昨日と同じ朝の風景だった。
外では、緑涼さんが畑仕事に精を出していて、窓を開けるとすずめが鳴いていた。
「お!おはよう椿ちゃん!もう大丈夫か?」
「は・・・はい!」
「そぉ~か~!よかった。ショックでこのまま眼覚まさなかったらどうしようかと思ったべ。朝ごはん、はよ食べにいかんとなくなるべ!」
素朴で
明るい笑顔の緑涼さん
いつもと変わらない
いつもの緑涼さんがそこにはいた。
「わかりました!」
「よ~し。そのままリビングに走れ!」
「はい!」
火燐さん大丈夫かな・・・
それに、あの時見た夢も気になる・・・。
そう思いながら私は服を着替えて、リビングへ向かった。
(5・10 AM 10:06)
「おはよ!椿ちゃん。」
禮漸さんが笑顔で迎えてくれた。
「今日は俺特製のおかゆだよん♪たっぷり野菜入りで。」
蓮流が笑顔で土鍋を私の前にそっと置いてくれた。
ふたを開けると、白いおかゆの上に刻んだ白菜とセロリの茎ときのこが乗っている。
「ありがとうございます。」
私はゆっくりそのおかゆを口に運ぶ。
ほんのりかつおだしの味がしておいしい。
すごくおいしい。
なんか・・・やさしい味。
「どう?」
蓮流さんがニコッとしながら私の顔を覗き込む。
「おいしいです!すごく、すごくおいしいです!」
「よかった。早く元気になれよ!」
「は、はい!」
早く元気に・・・
「椿ちゃん・・・。」
「あ・・・あの・・・」
私は、禮漸さんに火燐さんのことを聞いてみることにした。
「あ・・・あの・・・火燐さんは?」
すると禮漸さんは、少し困ったような顔をしながら「風燕の部屋で眠ってるよ・・・まだ・・・」小さな声でそう答えた。
(風燕の部屋)
「火燐・・・ひでぇ怪我してまで・・・馬鹿だなお前は。」
そういいながら、火燐を見つめていた。
「もう人間は信じないってあれだけいってきたのにお前は・・・」
そういながら・・・
(リビング)
「椿~ちゃんと飯食ってっか?」
そういいながら緑涼さんが椅子に座る。
「はい。すごく美味しくて♪」
「そんだけ喜んでもらえると泣きそうだわ!嬉しくて。」
蓮流さんが、顔を赤くしながら喜んでいるのがはっきりわかった。
「これからどうすっべ・・・」
禮斬さんは、キセルを咥えながらそう言って溜め息を吐いている。
私には、その悩みの種が何なのかすぐわかった。
私と火燐さんと風燕さんの事だと・・・
「椿」
そういながら緑涼さんが私を見つめる。
その眼は、あの時と一緒で、鋭くて恐い眼をしていた。
「しばらく風燕の部屋には近付かんほうがいいべ。今のあいつは、何するかわからんけ。わかった?」
私が首を縦に振ると、またいつもの笑顔にかわった。
(1階廊下)
私は緑涼さんと階段に向かっていく途中だった。
緑涼さんと話をしながら歩いていると、風燕さんが階段に座っている。
私を睨み付けるように・・・
「風燕ど、どうだ火燐の様子は?」
「まだ寝てます。ずっと寝てますよ・・・」
「そ、そっか・・・怒りすぎたかな、俺。」
「・・・お前さえいなければ・・・」
その言葉が聞こえてすぐのことだった。
私の首筋に冷たく、鋭い感覚がしたのは・・・
「風燕!何やってる!離せ椿を!」
「風燕さん・・・」
風燕さんは、緑涼さんの説得に耳を傾けようとしなかった。
「お前さえいなかったら、火燐もあんな大怪我しなくて済んだ。」
明らかに怒っている声
「お前みたいな人間風情が・・・俺達をくいもんにするんだ・・・」
動けないくらい、風燕さんの左腕が私を締め付ける
「みんなお前のせいだ!」
その瞬間
私の視界には、少し赤い色が見えると、あとは暗く染まっていった。
あれ・・・
ここは・・・
どこ・・・
深い深い蒼
海の底にいる様なそんな感覚がする・・・
(1階廊下)
「椿!しっかりしろ!椿!」
緑涼は、自分の着ていたジャージの腕を引きちぎり、椿の首に押し当てていた。
「緑涼・・・人間なんだぞ、そいつ」
風燕は、椿に寄り添う緑涼を冷たく冷ややかな眼で見つめながら呟く。
「人間なんだぞ!俺達を殺そうとした・・・」
「わかってるよ!そんなこと!」
緑涼は、風燕の言葉を遮り、反発するようにそう言い放った。
その騒ぎを聴き、禮斬と蓮流も慌ててリビングから飛び出してきた。
(風燕の部屋)
「・・・う・・・うん・・・眩しいべ・・・」
火燐は、静かに目を覚ました。
彼は、周囲の部屋を見渡すと、そこが風燕の部屋だとすぐに気付く。
「僕の部屋・・・壊れちゃったの・・・忘れてたべ・・・あっ!」
火燐は、ベットから飛び起き、壁をつたってドアに向かうその時だった。
廊下が騒がしく、緑涼と風燕の争う声が耳に入ってきた。
火燐の中で嫌な予感がした・・・
やっとの思いでドアを開けると、そこにはぐったりとした椿の姿があった。
その傍らで、血に塗れた鎌を持った風燕と、椿の首に布を当てながらも、風燕と言い争う緑涼も同時に目に入ってきた・・・
「うそ・・・だべ・・・こんなの・・・うそだべ!」
火燐はそういうと、体の痛みを気にすることもなく、椿の元へ駆け寄り、呼び掛ける。
泣きながら、何度も
何度も・・・
“ツバキチャン・・・ツバキチャン!”
“ツバキ!シッカリシロ!ツバキ!”
火燐・・・さん・・・?緑涼・・・さん・・・?
どこにいるの?
「椿!動くな!」
親父?
声の先には、死んだはずの親父がいた。
「椿!俺が近くに行くまでとにかく動くな!」
「どうして?」
親父が私のすぐ近くまで駆け寄るとこういった。
「ここは、境界線だ。椿のすぐ横を通っている赤い線を超えたら、死んだことになる!」
と・・・
そこにいた親父の姿は、半年前のような姿ではなく、元気な姿だった。
自分が生死の狭間を彷徨っている現状にもびっくりだけど、親父のその姿を見たほうが私の中での驚きの気持ちが大きかった。
「どうして椿がここに?」
「分からない・・・でも、風燕さんに刃物を突きつけられてたのは確か。」
そのことを聞いた親父の顔が見る見るうちに変わっていくのが判った。
明らかに困惑しているのが・・・
(1階廊下)
「椿ちゃん!ごめん!僕が悪かったから、お願いだから目、覚ましてよ!」
「禮斬!つながったか?」
「あと、10分ぐらいでつくって!」
「椿ちゃん!がんばれ!あと少しで医者が来るから。」
火燐も緑涼も
禮斬も蓮流も
みんな椿の為に必死だった。
そんな姿を見た風燕は、胸糞悪い気持ちをさらに増大させていく・・・
「何でそこまで人間に必死になるんだよ!お前ら!」
ついに風燕のイライラが爆発。
言葉になって出てしまった。
「お前ら・・・」
「家族だからだ。」
緑涼のその言葉に、風燕のイライラ度合いがさらに上がっていく・・・。
「家族・・・ふざけんなよ!」
風燕の怒りは頂点に達した。
普段以上に声を荒げるようになってきている。
それでも緑涼は、冷静に淡々と話す。
「みんながみんな、風燕の思う人間じゃないべ。正嗣のように、俺達に接してくれる人間だっているんだ。」
風燕は、それでも何かをいいたそうに口をもぞもぞさせていた。緑涼はさらに話を続ける。
「火燐だって、それがわかってるから好きになったんじゃないのか?だから、よく・・・」
風燕は、あきれるような顔をし、話を聞かず、部屋に戻ろうとした。
「風燕・・・。」
火燐が声にならないような声で風燕を引きとめた。
「椿ちゃんは・・・違うよ・・・。椿ちゃんは・・・眼がきれいだもん。」
しかし、風燕はそれを聞くことなく部屋に戻ってしまった。
「風燕が・・・」
親父は、まだ困惑していた。
声を出すことも出来ないくらい困惑していた。
「風燕と火燐は、俺と会う前から仲がよくってな。」
親父は急に昔話を話始めた。
「これは、風燕自身が話してくれたことなんだが、子供の時に人間に騙されて、家族も殺され、家も焼かれて何もかもを失ったらしい。生き残った風燕と火燐は、その人間に監禁されて、金儲けのために見世物扱い・・・。」
親父は、言葉を詰まらせながら話し続けた。
あまりにも衝撃的内容で、私も言葉を失った・・・。
知らなかったこととはいえ、あまりにも残酷で・・・
「何年かして、隙を見てその人間の元から逃げて・・・家の後ろに裏山があるだろ?あそこに何百年も隠れて暮らしてたって・・・。」
「もしかして・・・」
「どした?」
私は、あの時の夢を思い出した。
火燐の部屋にいたときの夢・・・
「前に、火燐が私の前でパチって指を鳴らしたんだ。その時にボロボロの祠の中でキュウキュウ泣いてる子どもが見えて・・・」
親父は、そのことを聞くなり「俺が、火燐達を見つけたときと一緒だ・・・。」とつぶやいた。
その時だった・・・。
“ツバキチャン!ガンバレ!オイシャサンキタカラ!ガンバレ”
“ツバキ!ガンバレ!!”
「蓮流と緑涼だな・・・。」
親父は懐かしそうに感じながら、ずっと上を見上げた。
「椿」
「何?」
「お前はまだこの線を渡るべき人間じゃない。早くもとの世界に戻りなさい。」
「・・・わかった。でもどうやって・・・」
私がそういった瞬間、私の視界は白く変わっていった・・・。
(5.13 AM9:38)
眼を開けると、そこには見慣れた景色が眼に入ってきた。
「親父・・・戻ってきたよ・・・。」
でも、少し違っていたこと。
誰かが私の両手をずっと握ってる。
「緑・・・涼さん?・・・禮漸さん・・・?」
少し眠ってたけど、ずっとこんな形でいてくれたんだと思うとほっとしてきた。
「う・・・?椿!」
「ただ・・・いま。緑涼・・・さん・・・」
私がそういうと、緑涼さん泣いちゃった。
禮漸さんも目を覚ますと、私の頭をなでながら「よかった、よかった」といいまくってた。
私もこれでよかったんだって思えたよ。
ありがとう。




