まるで来るのが分かっていたかのように
街に出るまでの薄暗い道をみんなで話しながら歩く。しかし椿は、火燐に手を握られ、火燐ペースで歩いている感じ。少し早く、歩幅も少し大きい。椿にとっては、付いていくのも精一杯である。
「火燐!!もう少しゆっくり歩け!椿、疲れてしまうでねぇか?」
後ろを歩いていた緑涼が火燐を注意すると、火燐は「じゃ、椿ちゃんをだっこするからいいべ!」といって手を離そうとしない。
「あれは、旅館に着くまで離すつもりないな。火燐の性格考えると(笑)」
「俺、一回キセルで叩いて離したほうがいいかな?」
「キセルが傷むだけですよ、禮漸さん・・・」
「そのうち、大きな刀が出てきて切り離すか・・・面白いから様子見・様子見♪」
禮漸と蓮流と風燕は、そんな椿達の様子を見ていつ緑涼が刀を抜くか、そんな話をして盛り上げっていた。
それから数十分後
薄暗い道を抜けると、そこには、たくさんの魑魅魍魎達で賑わった江戸時代のような街並みが広がっていた。
椿にとっては新鮮な景色、緑涼達にとっては久しぶりの景色。
その街並みを風を切るように緑涼達は歩いていく。椿も火燐に手を引かれる形ではあるが一緒に風を切って歩く。
客寄せや宣伝にも気を止めず、ただひさすら歩くとその先には大きくて赤い楼閣がどんと風格を漂わせ構えていた。
「つ~いた!椿ちゃんここの旅館だべ!」
「これが・・・旅館・・・ですか?」
「そうだ。ここが月下楼だ!入るぞ!」
そういうと、緑涼はいきなり・・・
「頼もう~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!」
道場破りをしに来たかのように思いっきり叫んでた!!
「ちょ・・・ちょっと緑涼さん!」
「大丈夫だべや。これで扉が開くから。」
緑涼の言うとおり、赤い扉が開き、その中から艶やかな着物を着た女性達が綺麗に列を成して待ち構えていた。
その中央から凛とした女性がゆっくり歩いてくる。
椿はその女性に見入ってしまった。艶やかな着物を纏い、凛とした立ち居振る舞いで歩いてくる女性に・・・。
「遠路からお越し頂きありがとうございます。ようこそ月下楼へ。大女将の文乃と申します。」
「今年もよろしくね。女将。」
緑涼はそういうと、文乃の肩をぽんと叩き笑いながら近くにいた仲居に荷物を渡す。
「このお方は?」
文乃が椿を見てそういうと
「正嗣の娘だべ!今は俺達の大事な娘だけど!」
緑涼はそういった。
「正嗣様の・・・ここに正嗣様がいらっしゃらないってことは・・・」
「父は・・・今年亡くなりました。」
「そう・・・ですか・・・。」
泣きそうな目を隠すかのように、文乃は顔を下に向ける。
「とにかく、部屋に案内してくれよ、この事はそれからの話だ、文乃。」
禮漸のその言葉で文乃はまた顔を上げ、周囲の仲居に指示を出し荷物を持たせると
「お部屋へご案内させていただきます。」
といい、椿たちの少し前を歩き始めた。
月下楼の中に入ると、赤を基調とした艶やかな空間が広がっていた。多くの魑魅魍魎が移動し、椿にはさながらお化け屋敷に入ったような感じになっていた。
館内のロビーから延びた長い廊下を歩いていると、外には日本庭園のような空間が広がっている。
椿はとにかく緊張している。
館内に入ってから、この廊下を歩いている今までずっと・・・。
「椿、どした?」
緑涼は、そんな椿に声をかける。
「私、場違いの服装してないですか?なんかすごく敷居が高いところに来たみたいで・・・。」
それを後ろで聞いていた蓮流と風燕は大爆笑。
椿はその声に驚いて思わず後ろを振り向いた。
「椿・・・お前(笑)」
「大丈夫だよ(笑)こっちはみんなこんな感じの作り建物ばっかりだから、そんなに敷居が高いとかの感覚は無いから(笑)」
「そうなんですね。」
その様子を見て、文乃はすこしクスッと笑うと椿に向ってこういった。
「そんなに緊張されなくてもいいですよ。ここはゆっくり羽を伸ばす場所ですから。」
と・・・
廊下の先には、外へ出る扉と各部屋につながる廊下への道があった。文乃は何も気にすることなく外への扉開ける。
「今年も離れだ!」
「騒いでも大丈夫だな!」
「やった~!露天風呂付いてる?」
「付いてますよ。去年と同じお部屋をご用意いたしましたので。」
「禮漸さん。」
「なしたべ?」
「すごいお部屋なのかなって?」
「いや、普通の離れだな。しいて言うなら・・・すごく静かな場所にある。森の景色が綺麗。酒盛りしても騒いでも怒られない広い離れってとこかな。」
「そんなに騒ぐことあるんですか?」
「そりゃ~もう。みんな飲むし、騒ぐし、枕投げしたりするし、毎年大変だよ。ま、それを俺と緑涼さんと正嗣で交代しながら監視って感じだった。」
「そうだったんですか・・・」
椿の心の中では、大丈夫なのかという不安な気持ちしか浮かばなかった・・・。
廊下から外に出て庭を歩いていると、少し林のようになっている場所があった。椿達は、文乃の後についてその林の中をひたすら突き進んだ。
林を抜けると、そこには、昔の古民家を思わせるような建物がぽつんと立っている。
「なつかしいべな~禮漸。」
「そうっすね。」
緑涼と禮漸の会話でこれが離れだと椿は確信した。
「お食事は、夕方ごろお持ちします。お客様がこられましたら文を飛ばしますので・・・。」
「ふみ・・・?」
椿の頭の中は?マークでいっぱい。
それを見た風燕が耳元でこう話す。
「ここは昔のスタイルを守り続けてる旅館なんだ。だから通信手段は、伝書鳩だ。」
「伝書鳩・・・」
椿はそうつぶやいた・・・。
「うわ~!!きれ~い!!」
離れに入って一番に飛び込んできたのは、大きな窓から見えるたくさんの木々。
すごくさわやかで、すごく新鮮な景色。
少し耳を澄ますと、鳥のさえずりと川のせせらぎが聞こえてくる。
「な、静かだろ?」
禮漸はそういいながら、ぽんと椿の肩を叩いた。
「うん・・・。」
椿は、その景色に感動したのか声も出ない状態に陥っていた。
「椿様。」
文乃の声で我に戻った椿。
そんな椿の横で、文乃はすっと立ち、こういった・・・。
「正嗣様も始めてこの部屋をご利用になられた際に、同じことをおっしゃられておりましたよ。」
と・・・
「そうなんですか・・・。」
「正嗣様が最後に来られた際に、これを・・・」
文乃は胸元から一冊の小さな封筒を取り出した。
筆跡は、明らかに父のものだった。
「もしここに娘が来たらこれを渡してほしいと・・・」
「いつ・・・親父はいつここに・・・」
「去年のこの時期だべ。」
椿達の会話に、緑涼が割ってはいる。
「おらと禮漸と文乃は、正嗣が病気だったことは知ってた。あと、凛香も。もう助からないってことも知ってたべ。」
「このお手紙は、正嗣様から椿様にとお預かりしていたものです。それと・・・」
文乃はもう一つの封筒を胸元から出した。さっきの封筒より少し大きめで取り出すときにガサッと音がしていた。
「これは何だべや?」
「これは、去年のお帰りの際に正嗣様からお預かりしたものです。皆様にとのことでした。」
文乃がその封筒を緑涼に渡す。緑涼はその封筒を持つと中身が何か判ったらしく、すかさず全員を集める。
「では、ごゆっくりお寛ぎくださいませ。」
そういうと、文乃と仲居達は部屋を出て行った・・・。
「何だべ?」
「いきなりなしたの、緑涼?」
「そうだよ。今から風呂入ろうと思ってたんだけどな・・・。」
火燐と風燕、それと蓮流がブーブー愚痴を言いながら居間にやってきた。
「ついにこの日が来たか・・・。」
そういいながら、禮漸も居間にやってきた。
「とにかく座れって。渡したいものがあるから。」
緑涼はそういうとさっきの封筒を開ける。
すると中には、銀で出来たピン6つと手紙が入っていた・・・。
そのピンの一つずつに名前と彼らをイメージしたデザインが施されていた。
「それは、正嗣から俺達へのプレゼントだ。椿、お前の分も一緒に入ってる。」
そういうと、緑涼は椿のピンを椿の前に置いた。
赤い椿のデザインが施され、中央に“椿”と彫られている。
「これ俺の~?」
「お前のこっちだろ!それは、禮漸の!」
「俺のは、これか!魚の絵が入ってる!すげ~!!」
「緑涼さん!俺と緑涼さんのは対になってるっすよ!」
「本当だ!おらのが風神でお前のは雷神になってるべ!」
そんなやり取りがありながらも、みんなの手元にピンがいきわたる。
それを見て、緑涼は手紙を読み始めた・・・。
緑涼、禮漸、火燐、風燕、蓮流 へ
この手紙が読まれている頃には、俺はもうあの世でのんびり旅でもして、お前達は月下楼で妖涼祭を楽しんでいることだろう。
いきなり家を出て行って、火燐と風燕と蓮流はびっくりしたと思う。
実はあの時、俺の身体は癌、しかも末期癌と言って治療が出来ないレベルの病気になってたんだ。
俺の中で、最後に何がしたいかよく考えて出た結論は、残っている時間を娘の椿と過ごしたいってことだったよ。だから家を出たんだ。
(緑涼と禮漸にはこのことを黙っておいてくれって言ってでたから、これを聞いて彼らを攻めないように)
もし、この手紙が読まれている場所に椿がいるのなら、お前らにしか頼めないことをここに書くから、必ず実行してほしい。
椿のことを俺の代わりに親として兄弟として接してあげてほしい。
俺は、親として失格だ。
いろいろあって、椿とは絶縁状態で音信不通になっている。
俺から親の暖かさを伝えてあげることは出来なかったと思う。だから、俺の代わりに椿を頼む。
春川正嗣
追伸
ピンは、俺からのプレゼントだ。さっきの願いをこめて6つある。家族の証だ。あと、必ずピンの裏側も見るように。今までありがとう。本当に娘のこと頼んだぞ。
この手紙が読まれたあと、みんなが一斉にピンの裏側を見た。そこには全員の名前がくっきりと刻まれていた。
空間には皆の泣く声だけが広がり始める。
風燕にいたっては怒っているのか泣いているのかわからないくらいに動転していた・・・。
「とにかく!泣くな・・・泣くでねぇ!」
「これ聞いて泣かないでいられるかよ、緑涼!」
「そうだべや!」
「でも、泣いてても何も始まらないし、正嗣が心配するよ。」
「そうだよ・・・きっとお父さん心配して戻ってきちゃうよ、これじゃ。」
「静かに眠らせてやろう、だから泣くでねぇべや!」
緑涼は大きな腕を精一杯伸ばしてみんなを抱きしめた。
泣きながら抱きしめた。
みんな、その中で思いっきり泣いた。
みんな・・・
夕方
お風呂から上がった椿の目の前には、綺麗で豪華な夕食が並んでいた。
山の幸をふんだんに使った懐石。
口に運ぶと、静かに解けていってすぐになくなる。それくらい繊細な料理だった。
ご飯が終わる頃、窓に一羽の白い鳩が止まっていた。
足に手紙をくくりつけている鳩。椿はその手紙をはずす。
「緑涼さん!」
「なしたべ?」
「お客さんがフロントにたくさん来てるそうです・・・。」
「たくさん?」
「はい・・・。」
「とりあえず、おら入ってくるわ。」
そういって、緑涼は月下楼の浴衣のまま、鳩を持って離れを出て行った。
数分後
「ただいま~♪」
緑涼が帰ってきた。緑涼の後に続いて空我と陵縁、それに彼らの下で働く妖怪達が続々と入ってくる・・・。
「確かにたくさんいるべ・・・」
火燐は驚きのあまり、なぜか狐の姿に変化してしまった・・・。
「二つのお客さんが一緒の時間に来てしまっていたということか・・・」
「これだと、浴衣の最終仕上げと宴会が同時開催だ!」
蓮流の同時開催の声に思わず緑涼は突っ込む。
「アホな事いうでねぇ!先に浴衣の仕上げだ!」
後ろでたっていた空我と陵縁は思わず笑ってしまっていた。
「そうですって、蓮流の旦那。」
「では、お先には始めさせてもらいやす。」
ということで、まずは、浴衣の最終仕上げからということになった。
全員の最終仕上げが終わると、その部屋には7着の浴衣と白の着物と袴のセットが5つ。
「この着物は?」
椿が空我に聞くと、こう答えが返ってきた。
「これは、妖涼祭の2日目に行われる男義祭っていう祭りがあって、その時に着る衣装だよ。」
「男義祭・・・」
「うん。この祭りは、男しか参加できない祭りなんだけど、5名で1チーム作って参加するんだ。内容としては、力比べ、川泳ぎ、避け、的打ち、飛ばしの5競技。ちなみに、川泳ぎ以外はあの衣装を着ないと失格になるんだよね。」
「そうなんですか!」
「そう!川泳ぎに出る奴だけ、白いふんどしとサラシ姿で出場になるんだ。でも待ってる間はあの衣装。」
「そうなんだ・・・」
「漢を決める為の祭りってところかな。ちなみに、緑涼の兄貴達は、覇王って言われてる。」
「覇王?」
「そう。各種目1位になると、賞金や副賞とかいろいろでるんだけど、みんな根こそぎゲットしていくんだよね。右に出る奴がいない・・・」
「だから、覇王!すごい!」
「そりゃ~生活かかってるべや。生半可な気持で参加できねぇべ!」
緑涼は、隣りの居間から椿に向かってそういった。
「私もいっぱい応援するから、みんな頑張って!」
椿がそういうと、緑涼達は徳利を片手で上に投げながら「は~い!!」と大声で叫んだ。
その日は、夜中まで宴会続き。
しかし、椿はその場所を抜け出して、浴衣を飾っている部屋の縁側であの手紙を読むことにした。
椿へ
この手紙を読んでいるということは、俺が死ぬ前に残した手紙を読んでくれたってことだな。
俺を看取ってくれてありがとう。こんな俺を父親として送ってくれてありがとう。
あと、この手紙を読んでいるということは、妖涼祭に来ているということだね。
今の暮らしはどう?みんなと仲良くやってる?
浴衣、気に入ってくれたか?椿にきっと似合うデザインだと思うからその浴衣を着てほしいな。
緑涼は、のんびりしていたりしているところがあるし、禮漸はふらふらしているところがあったりするけど、彼らはすごく頼りがいのある男だ。だから、俺みたいな駄目親父の代わりだと思ってくれ。
火燐と風燕は、ちょっと心の傷があって、人間という存在を受け入れないところがある。だから少し戸惑うかもしれない。だけど、根はすごい優しい子達だからきっと椿のことも受け入れてくれると思う。だからきょうだいとして接してほしい。
蓮流は、半魚人で、妖怪の立場も人間の立場もわかる子だ。椿の印象的に、ほかの奴より少し話しやすく感じるかもしれないな。でも、蓮流も火燐達と一緒で心の傷を抱えてるし、悩みとか自分の感情を表に出さないところがあるから、たくさん接して気持ちに気づいてあげてほしい。もし、不安だったら緑涼や禮漸に頼るのもOK.。火燐達同様に、蓮流もきょうだいとして接してほしい。
みんな、椿の家族だ。
これからも、健康で元気に緑涼達と一緒に仲良く過ごしてほしい。
天国からずっと見てるから。
じゃ、お父さんはこれからお母さんに謝ってきます。
妖涼祭楽しんでおいで。いってらっしゃい。
お父さんより。
「椿、何してるべ?」
ふと、椿が声のほうに顔を向けると、緑涼がすぐ隣に立っていた。
驚く椿をよそに、緑涼は正嗣の手紙を見る。
「おら、そんなにのんびりしとるべか?」
緑涼は笑いながら椿にそういう。
椿は「そんなことないよ。」と緑涼に返す。
「やっと、敬語で話さなくなってきたな。おら、うれしいべや。正嗣に一歩近づけた気がして・・・。」
緑涼は、そういうと涙眼になりながら、椿の頭を優しくなでる。
「あの日言ったとおり、おらは椿の親だ。もっとしっかりしないとな。」
少し微笑みながら、椿の眼を見てそういった。
椿もあふれ出た涙をさっと指でふき取ると、にこっと笑い顔を緑涼に見せる。
「よっし!じゃ、みんなのところに行こうか。」
「うん。」
「それにしても、正嗣みんなのことよく見てるな。」
そんな話をしながら、緑涼と椿は居間に戻った。




