3話 ある日
佐々木灯は、どこにでもいるような女の子だった。それ故に、どこにもいないような女の子だった。
普通の女の子。この頃は、それが減ってきたのかもしれないね。
普通が変わることは、時代の流れ。常識が変わるのは、正常で異常。そして非常識。当たり前の移り代わり。
そんな世の中だから、今日はこれでも、明日は分からない。人の気持ちなら、なおさら。
気持ちは変わる。
* * * *
今日の彼女は、制服の次に、赤いコートに袖を通していた。マフラーはクリーム色だ。
「よ、よよ、よう」
あくまでさりぐなく、ガチガチになりながら声をかける男がいた。寒さのせいでもあった。コートとマフラーの彼女、黒の制服だけの男。
「あ、あなたはこの間の」
余談ながら、男ははじめての接触を試みたあの日、学校を休んだ。なんでも、三十八度の熱を出したらしい。
「あ、ああ。こ、これ」
男は水色のマフラーを差し出した。顔を赤くし、差し出す手はかすかに震えている。顔は横を向き、目は遠くを見ている。耳も真っ赤だ。
「あ……いつでも――」
彼女は途中で言葉を切った。はっとして、男の赤に染まった頬や、震える手を見た。
そして、マフラーを力いっぱい握る男の掌に自分の手を添える。
「持っていてください。今日からまた寒くなるらしいですよ。それに……あ、赤色と水色とでは合わないから」
男の手から右手を離し、自分のコートを触りながら言った。
男は納得したのか、手に触れられてそれどころじゃないのか、マフラーを首にぐるぐる巻いた。それはもうぐるぐるに。
落ちつく為にか、男は自らの白い息を見ていた。
多少冷静になった男は、彼女の言動の意味を考えていた。寒くはないだろう、と不思議に思っているのだろう。家から出た時は寒かったし、少し前も寒かった。今は男からしてみれば、むしろ暑い。いつからか、気がついたら体かカッカしていた。わかりにくいが、男は少し首を傾げた。
そうこうしているうちに、見慣れたバイクが二人の立つ場所を通り過ぎていった。
バイクの音の消えていく方向の、どこか遠くを見るつめる彼女。その表情を、後ろに立っている男は、見てとることができなかった。
不意に彼女は男に笑顔を向ける。
「それじゃあ、私、行きますね」
いつもどうり彼女は歩きだす。リズムが大切。彼女の体にそれは嫌というほど染みついている。喜ぶべきことだ。ちなみに彼女、ダンスは苦手。 男は、彼女と郵便屋さんの関係が怪しいとにらんでいた。
男は、テクテクと一定のリズムで刻む彼女の後ろ姿を見据える。生ツバで喉を鳴らし、瞬きを数回した。自由な左手を力強く握りしめ、深く呼吸をする。多少震える声で、呼びとめた。
「な、なあ、アンタってなんでいつもここに来るんだ?」
背後からの思わぬ大声が耳に入ったのか、彼女は足をとめ、数秒動きがとまったかと思うと、自然に振り向いた。
振り向いた彼女はやわらかく微笑んでいる。雲と雲の間から差す光が、ちょうど彼女に降り注ぐ。
男の目には、全身に光を集めているかのように輝いて見えていた。
「歩きながらで……いいですか?」
唯一の救いは、平坦で静かな道、だったのに。
短いですね(笑)
二ページ目にいかないなんて……
一度に長い文を読みたい方にはすみません。
ちょこちょこ更新していくので、次やその次も読んでもらえると嬉しいです(o^冖^o)
できれば、一日一話ずつにわけて読んでもらいたいです。勝手な希望です。
評価、感想、批評、アドバイス、気づいたことなどあれば、書き込んでもらいたいです。
では、読んでいただきありがとうございました。