1話 はじまる
秋もだいぶ深まった今日この頃(というより冬ですか?)。お布団から出るのが、とてもつらくなってきた。時には自分を甘やかして、あと少しだけ……とか言いながら、結局、学校なり仕事なりに遅れてしまうでしょ?
暖かく包んでくれるものから飛び出るのって、本当に勇気ががいる。勢いで出るにしたって、期を逃してしまったらそれまでだし。
それに、出たらもう戻れないもの。失敗をしても、自分にしか言い訳ができないし。
本当に、勇気がいる。
* * * *
11月の終わりにもなると、はく息に白い色がつく。それを煩わしく思うのか、それとも清々しいと思うのか。
今日も彼女は、白い息をはきながら、足早に坂道を登りきる。
毎日彼女は、大多数の同年代の女の子が、ベッドだか敷布団だか知らないけれど、その上でもぞもぞと自分に甘えて、対の眠りにつく頃には、アイロンの匂いのする制服に袖を通していた。灰色の生地に真っ赤なリボン。
それから、慣れた手つきで白いエプロンをつける。湯気のあがるフライパンに掌をかざし、少量の油をたらす。決まって生卵をそこに二つ落として、それを菜箸でくずし、リズムよくかき混ぜる。
端から少しずつ。形になるんだ。じわじわと。こい色がつく。
オーブンで食パンをこんがりと焼く。食パンの真ん中あたりに三本の焦げあと。
じわじわと。とばし邪道に、真ん中から。たまにはそれもいい。
その匂いたちにつられたのか、階段からぞろぞろと降りてくる、寝ぼけ顔の家族に、笑顔で応える。
でも、時間を無駄にできない彼女は、時計の針を見るなり大慌て。まだ少し柔らかい卵をこんがりした食パンの上にのせて、それを二つに折った。
今日の彼女は、大多数の同じ学校の女の子が、目をこすりながら誰に言うのでもなく「なんじー?」とか呟いている頃には、(はみ出てはいるけれど)食パンを頬張りながら、玄関で靴を履こうとしていた。
マーマレードを塗りたくった食パンをかじりながら手を振る家族三人に、彼女は手を振り返した。
玄関のドアをしめ、赤い郵便受けを少しあけ、中をちらりと除く。彼女は軽く眉をあげ、鞄を肩に掛けなおし、歩きだした。
今の彼女は、大多数の同じクラスの女の子たちが、鏡の前でヘアアイロンを片手に「あーん、髪がきまらなーい」とか言いながら四苦八苦しているときには、その長い髪を風になびかせている。
歩きながらリボンを整えると、指先の凍えに気づくことができる。彼女は、はぁーっっと息を吹きかけたかと思うと、肩をあげ、身震いをした。
白い息が生まれる。
坂をのぼりきると、少し遠くに設立されたばかりの学校が見えた。彼女の通う高校だ。
坂の一番高い所から見える、新しくなったその風景に、彼女はまだ慣れられずにいた。
彼女は、緩やかな下り坂を下りながら、すべり落ちてきていた鞄を、再度右肩に掛けなおした。
下り坂が終わり、平坦な道を歩く。少し歩いたところで、足をとめた。軽めの深呼吸をして、携帯を開いて時間を確認した。
緑色のフェンスが、彼女のいる歩道と校庭を隔てていた。とても広い校庭で、いつも夕方まで野球部やサッカーの大きな声が聞こえている。今の時間はまだ一年生も来ていなかった。
部活に入っている生徒がたくさんいる中で、彼女は帰宅部だった。
彼女はフェンスに背を向けて、車道の向こう側を見ていた。
車道には、まだ車がほとんど通っておらず、とても静かな朝だ。
主のいない車道を、我もの顔で清まして歩く黒猫。足音さえ聴こえてきそうだ。黒猫は車道の向こう側から彼女のいる歩道に渡り、位置確保をして、そこに腰を沈めた。不定期なリズムで肉球を舐めながら耳をかいている。
彼女は微笑みながら、この空間を楽しむように、目をつぶった。
平坦な道路の、向こう遠くから、それの音が辺りに響く。黒猫はいつの間にかどこかへ逃げていった。驚いたのだろうか。
ブレーキをかける音と一緒にいつも通りのバイクが、彼女の前に停まった。男の人がヘルメットをとって彼女と視線がぶつかる。彼女の目が困惑を告げるように、黒目がせわしなく動きまわる。 彼女は男に駆け寄り、「あの、もしかして……」と呟いた。彼女の目が輝いている。
彼女のその言葉を聞くと、男は慌てて、手を横に振った。
「あの、すいません。……川田さんは今日風邪で……代わりに僕が」男は申しわけなさそうに続けた。「あの、すいません。……あなたがササキ アカリさんですか?」
彼女の表情が一瞬曇った。
「はい。私が佐々木 灯です」
どこかから、雨戸を乱暴にあける音が聴こえたた。
今日がはじまる。
はじめての連載です。
しかも、苦手な恋愛ものです……困りましたね(?)。しかも、郵便屋さんにしか出会ってもいませんし……。
そこまで長くはならないと思います。
初の企画小説に参加でウキウキしていたのですが、できなかったので、かなりへこんでいます……。序盤ですが、感想、批評、指摘、アドバイスなどなんでもいいのでもらえたらなと思います。
次回も読んでもらえると嬉しいです。