第 1 章 適応するもの (4)
1.4. 建国暦 4220.03.01 : ローランド国 - 宮殿近くの森
俺にとって、命とは、最も大切なものの一つだ。どんなに大金だって、自分の命以上の価値はない。俺にとって、自分の命は太陽よりも重いのだ。
命は、失われたら取り返しのつかない不可逆なものだ。だから、出来る限り大切にしたい。
自分の命。他人の命。動物の命。植物の命。細菌の命。蟲の命。その価値は全てにおいて等しい。だが、人が生きていくためには、他の命を奪わなければならない。殺して食べることもある。知らずに踏み潰すこともある。自ら手を差し伸べ救う命もある。誰かを守るために殺すこともある。
命の価値は、客観的には等価のはずだ。だが、主観的には異なっている。
保護団体という名の商売人であっても、保護する対象以外はどうでもいいと思っている。保護する動物に寄生するダニの命にまで、気を配るだろうか。
もしも神様がいたら「命は等しい」と言うかも知れない。しかし、自分と対等とは思っていないだろう。
文明の中で生きているとなかなか気づきにくいが、人は命を選別しながら生きている。パック詰めの肉は命の欠片だし、ハンバーガーだってそうだ。
自然界では、草食動物は植物を食べるし、肉食動物は草食動物を食べる。鳥は雛に虫を与え、虫は動物の死骸を食べる。植物は自らの繁栄のために同胞を押しやる。菌はそういった場を利用して増殖する。
直接的でなくとも、自然界では命の交換が行われているのだ。そこには正義も悪もない。単なる自然法則、水が高きから低きへ流れるように、議論の余地がないほど自明の理だ。
俺は、自分の命こそが最も大切だ。次に大切なのが身近な人、例えばリティであったり、シヴィルさんであったり、ディーであったりする。
その中には、知り合ったばかりのバルバドスやエセルデさんも入っている。彼らは仲間だった。俺には仲間を見捨てて逃げるという選択肢はなかった。少なくとも今は。まだ『そこまで』の状況ではない。
火山が噴火し、マグマが生き物を飲み込むイメージ。俺が遺伝子治療を始めるきっかけとなった思い。俺は事あるごとにそれを思い出し、自らのルールに沿って生きてきた。
重症を負ったエセルデさんが助かりそうな道を考えれば、選択肢はあまり多くなかった。
戦力的には、俺がエセルデさんを担いで行くのが良い。バルバドスの戦闘力は、エセルデさんに匹敵する。最も安全な撤退だ。しかし、俺には優に 100 kg 、もしかしたら 200kg 以上あるエセルデさんを担いで逃げることはできない。
速度面では、俺とバルバドスの二人でエセルデさんを担ぐのが良い。分担した分、早く運べるだろう。しかし、追撃の危険性があった。
最も成功率の高い撤退は、バルバドスがエセルデさんを担ぎ、俺が殿を務めることだった。
バルバドスの撤退が完了した今、殿の役目は果たしたも同然だ。後は逃げるも戦うも自由なのだが、もう一稼ぎしておきたい。
「やれるだけやってみましょうか。はあ、お金を稼ぐのは大変ですね」
幸い、雑魚を数匹相手にすれば良いだけだ。『切り裂くもの』は 2 本足になったせいで、バランスが取れず立ち上がれずにいる。もともと 4 本足の生物だ。いきなり 2 本足で歩くことなどできようはずもない。
人類だって 2 足歩行するまでは、何百万年かの歳月がかかった。恐竜時代、鼠のようなキモレステスの時代からなら数千万年だ。赤ん坊が立ち上がるのだって 1 年はかかる。
「貴方も 100 万年くらいそうしていなさい」
俺は右から来る蟲の触手を f で弾いた。硬い皮膚に当たった剣が、反動で戻るのを押さえ、左袈裟からの cgb の速攻でなます切りにした。縦に卸された蟲が内臓を飛び散らせて倒れる。
「イタタ……あまり無理はできませんね」
俺は右腕全体を侵食する痛みに眉をしかめた。
打ち合うのを避けつつ、蟲達を一刀の元に葬り去る。避けきれない場合は籠手で払い、踏みつけ、脛当てで防いだ。
蟲は後から後から現れるが、俺が倒す方が早い。順調に数を減らしていく。
「思っていたより湧きが少ない。これは、選抜チームの方に行ってますか?」
だとしたらご苦労様と言いたいが、俺のチームを崩壊させたのだから、その程度の役には立ってもらいたい。
二方面から『突き刺すもの』と『鞭打つもの』が同時攻撃を仕掛けてきた。両方ともレベル 2 だ。危険度順に処理することにする。
俺は踏み込み、左にいた『突き刺すもの』に袈裟切りで一撃、そこから横一文字で半回転し、右の『鞭打つもの』を触手ごと切り裂いた。
同じくレベル 2 の『這いよるもの』が地面から伸び上がって俺を飲み込もうとするのを、頭上から両断して斬り倒した。
俺は無慈悲に蟲を殺しまくった。しかし、雑魚無双も 2 分が限界だ。スタミナが足りない。
俺は最後の一匹を倒し、荒い息を吐きながら、『切り裂くもの』に向かって走った。
「はー、はー、はー、お風呂に入りたい……」
殺気を感じたのか、仲間が倒されて危機感を持ったためかは分からない。奴は羽を支点にしてよたよたと立ち上がる。傾いた体勢から、勢いをつけ、器用に回転し出した。立ち上がる方法を思いついたらしい。
「ちっ! 厄介な奴を最初に倒しておくべきでしたか」
『切り裂くもの』は一直線に向かってくる。あの羽は半径で 2.5 m くらいある。俺が持つ 1 m の剣で攻撃するためには、あの扇風機のように回転する羽を掻い潜って懐に潜らなければならない。
俺は慌てて後退した。
誰が好き好んでヘリコプターのローターに近寄りたがるだろうか。奴がちょっと身をかがめたら、俺は映画の悪役のような最期を遂げることになってしまう。そんな危険なことはしたくない。
立場は一転、追いかけられる羽目になった。木々の隙間を通ってばっくれようかと迷っていると、目の端にエセルデさんの槍が映った。
「それです!」
10 km 走ったランナーがラストスパートするような気持ちで、最後の力を振り絞った。よぼよぼの老人よろしく、じれったくなるほどスピードが出なかった。ようやく槍が落ちているところまで走り寄り、手に取った。
俺は剣を鞘に納め、地面に置いた。持っておいた方がいいのは分かっているが、重いのだからしょうがない。持ったままだと、動きが鈍って、返って危険だ。
槍は、エセルデさんに合わせてか、やや太かった。完全には指が回らないが、握れないことはない。円柱の棒の先には四角錐の刃がついている。ツーピースと思っていたが、そこも別パーツのようだ。全体で使われている金属の量にすれば、かなり軽い。
槍は 5 m もの長さがあるため、素早く動き回ることはできないが、攻撃範囲が広がるので自分が動く必要はない。
「スタミナを温存できるのはありがたいですね」
あの『切り裂くもの』は、 4 本脚で飛び跳ねるように移動することがある。不意を突かれたとは言え、オレと同等以上の反射神経を持つエセルデさんが攻撃を受けたことからも分かるように、その動きはかなり速い。しかし半分の脚が失われたためか、敏捷性は失われている。
奴は 2 本になった脚を真っ直ぐ伸ばし、独楽のように前傾姿勢で向かって来る。その動きは二次元だ。不規則にぴょんぴょん来られたら、危険度は相当に跳ね上がっていたはずだ。しかし今はその危険性は格段に下がっている。
奴の攻撃範囲は半径 2.5 m 。俺の攻撃範囲はその倍の 5m だ。不意を突かれる心配はない。
などということを、『切り裂くもの』に追われている間、悠長に考えていたわけではない。
俺は常々思っていた。思考を加速させることはできないのだろうかと。
人間の脳は一つしかない。シングルコアの CPU で、並列思考ができるだろうか。並列で思考しているように見えても、それは一つの思考を途中で止めて、別の思考を処理し、また前の思考に戻っているだけではないのか。それこそはメモリの無駄遣いではないのか。
オレが目指したのは並列思考ではなく、処理能力の追求だ。一つの思考にかかる処理時間を極限まで短くする試み。並列思考などしなくとも、一つの考えを処理した後で、次の考えを処理すればいい。
そのための思考パターン理論だ。一つ一つの思考をジグソーパズルのピースに見立て、その場その場で選択していく方法。俺は敵の特徴、槍の特性、自分の状態などをキーワードに、思考パターンを組み合わせ、瞬時に結論を出す。
弱点としては、前もって思考を整理・保存しておく必要がある。要は九九のようなものだ。四則演算をするのに、九九を覚えていれば、答えが出しやすくなる。
思考パターン理論は、戦闘に限らず、政治や経済などの分野にも応用できる。興味がないからそういうのはやらないが。
ということを考えていたら 5 m まで接近されたので、槍を真上から振り下ろした。全長 5 m の長槍が強い遠心力を発生させ、『切り裂くもの』に激突した。
槍の半ばで鍔迫り合いとなった。金属が削られるような音を立て、槍が弾かれた。
振り下ろすのがもう少し遅れたらアウトだった。何が思考パターン理論だ。集中しろ。冷や汗をかきつつ、生理的に受け付けない音に、耳をふさぎたくなる衝動を抑え、槍を構え直す。
踏ん張りが利かなくなっているのか、『切り裂くもの』は後ろに流されている。
「仕切りなおしですね」
俺は槍を頭上で回転させた。遠心力をつけ、本日覚えたての棒術パターン g を発動。右下から左上への左逆袈裟で胴体を狙う。
『切り裂くもの』は上体を倒し、回転翼で迎え撃った。槍と回転翼がぶつかり、槍が打ち勝った。回転翼が 30 度ほど空を仰ぎ見て、左に流される。
返す槍の反動で、右回りに円を描く。一瞬だけ敵に背を向けることになるが、この間合いでは蟲に有効な攻撃手段はない。
槍の遠心力を乗せ、逆足での棒術パターン、裏 e' ――胴体を狙った突き。
奴はまたしても回転翼で防御。前回同様俺が打ち勝ち、『切り裂くもの』は後ろに吹き飛んだ。
さすがにレベル 7 だ。奴が回転している限り、俺には有効打が与えられそうにない。というか、あの羽はいったいどういう物質構成になっているんだ? あんなに薄いのに、硬いったらない。エセルデさんがやったように、横方向から攻撃しないとダメージが通らないようだ。
「逃げてもストーカーされそうですし、参りましたね。しかし『切り裂くもの』の動きがコントロールできるなら、やりようはありますか」
距離を取ったのを幸い、予備の武器として短剣を回収し、誘導を開始した。
「ほらほら、道に沿って歩きなさい」
定まらない軌道で、木々の不法伐採をしようとする『切り裂くもの』に、 i の逆袈裟を入れた。やつはふらふらと右に流れていく。
つい先ほど『圧し潰すもの』が作ってくれた森の中のハイウェイを、俺たちは進んでいた。道端の木々はへし折られ、圧倒的な重量で土が押し固められている。
文明性の欠片もない道だが、真ん中がくぼんでいるから、羽はそれに沿って進むだけでいい。しかし奴もいろいろ画策しているようで、あっちへふらふら、こっちへふらふら、落ち着きがない。
俺たちは、調教師と、隙あらば食い殺そうとするライオンのような関係だった。
奴には攻撃するか逃げるかの二択がある。だが、逃げるつもりはないらしい。攻撃と言っても、回転を止めたら倒れるだけだし、他の攻撃手段がないのだ。結果、ワンパターンに突っ込んでくるだけとなる。
しばらくすると、前方に『圧し潰すもの』が現れた。レベル 5 のゾウリムシ『蠢くもの』とは比較にならない、レベル 6 の大迫力だった。
「大きい!」
なるほど、エセルデさんの言う通り、ゆっくりとした動きだ。微妙に傾斜角がついた坂を、低いトルクで転がり上がってくる。
奴の全身は赤黒い岩といった感じで、前後左右上下、六つの巨大な目を冒険者への憎しみにぎらつかせている。この場合、憎む相手は俺だろうか。
「私がやったわけじゃないでしょう。八つ当たりは良くないですよ」
と強がりつつ、できれば回れ右したい。
岩の表面には、例によって蛍光ピンクの触手が生えている。その先端は 5 本に分かれ、人の手のようになっている。これがまた、海で手招きする心霊写真を想像させ、完全に B 級ホラーの怪物なのだ。
「ホラーは苦手なんですけど」
外国映画は、日本人と感性が異なるためかあまり怖くはないが、日本製は酷すぎる。怖いもの見たさで観ると、後ろが気になったり、歌いながら頭を洗う等の後遺症が残ることがある。
俺はかつて、最凶の名を冠する古典的ホラーで、前髪で顔が見えない女がテレビから出てきたときに、戸締りもせず部屋から逃げ出したことがある……
明るいから何とかなっているが、もし夜中に見ていたら、一目散に逃げている自信があった。
「まだ羽の方がいいですね……」
呟きながら『切り裂くもの』を弾き飛ばしたとき、攻撃パターンが変化した。 2 本の脚をバレリーナのようにガニ股に広げ、跳躍したのだ。
「おお!?」
岩に目を取られ、油断していた。まさかここに来てパターンを変えるとは。
しかしそれは完全に失敗だった。奴は竹とんぼのようにゆっくり落ちてくる。せめて回転を止めれば良かったのに。
「えーと、お疲れさまです?」
俺は頭上で回転させていた槍をスピードアップさせた。
「トリャ!」
気の抜けた掛け声とは裏腹に、回転力をつけての a 。薩摩示現流の初太刀にも似た、全体重を乗せた袈裟斬りだ。
ギャアアン!
俺のツッコミを受けた奴は、身の毛もよだつ音を立て、接地する間もなく吹っ飛んでいった。
どうでもいいが腕が痛い。
『切り裂くもの』が弾き飛ばされる先には『圧し潰すもの』がいる。
『切り裂くもの』の鋭い翼が『押しつぶすもの』に接触した。回転翼は『押しつぶすもの』の腕を切り飛ばした。無数の腕が上空から降ってきて、慌てて回避した。
「ウワァ……」
『切り裂くもの』は『押しつぶすもの』の胴体を切り刻んだ後、めり込んでようやく回転を止めた。
狙い通りで、千載一遇のチャンスだった。既に俺は走っていた。奴らをまとめて e' で串刺しにしようとした。
だが、その必要はなかった。『押しつぶすもの』が残った腕で『切り裂くもの』を退けたからだ。
それは味方への攻撃というより、単に邪魔だったためだろう。しかし、その手は何十 tもの体重を動かすだけのパワーを秘めていた。人間が蟻をつまみあげたように、ピンポン球のような胴体がぐしゃりとつぶされ、無造作に地面に捨てられた。
俺は予想外の結果に、つんのめるようにして立ち止まった。
奴も大勢の仲間を殺したが、まさか自分も仲間に殺られるとは思わなかっただろう。
「これもまた因果応報ですかね……」
そして『押しつぶすもの』もまた、深い傷を負っていた。俺はただ、助走をつけて、中距離から槍を突き刺すだけで良かった。
岩は痛みを感じていないのか、今にも千切れそうな身体で前進しようとするが、槍が突っかえ棒になってそれ以上の身動きが取れない。緑の体液がとめどなく流れ続け、やがて出血多量で死んでしまった。
ぴくりとも動かなくなったのを見届けた俺は、木の根元に座り込んだ。
「は~~~」
それにしても疲れた。第五世代ナノマシンに右腕の治療をさせている間、手持ち無沙汰で、ワイシャツの胸ポケットに入れておいたギルドカードを取り出した。午前中に、ギルドタワーで発行してもらったカードだ。
材質的には竹のような質感で、表面には、電子回路を思わせる幾何学的なラインが引かれている。右下にはまっている小さな半球の石は、冒険者ギルドを表す黄色だ。別のギルドに所属すると、異なる色の石が増えていく。
このカードは何気にハイテクで、会員登録時の説明では、生体パターンを判別・記録する。だから身分証明にもなるし、どういう蟲を倒したかの証拠にもなる。ギルドに登録された人間をうっかり殺そうものなら、更新時にばれるので、ある程度の犯罪抑止効果がある。
各ギルドは銀行の機能があるので、入金や出金までできる。しかも、カードが盗まれても生体パターンが一致しないから、本人にしか下ろせない。
さぞかし高いんだろうと思いきや、何と無料だ。しかし相手も然るもの、報酬の支払い時に、ギルドに 4 割を持っていかれる。国税が 2 割、ギルドの手数料が 2 割とか。
高いからギルド加入しない人もいる。ギルドに所属しない者でも、蟲を持ち込めば討伐料は出る。これはローランドの国策だから、ギルド会員かどうかは関係ない。その場合は国税の 2 割だけ払えばよい。
たまに普通の市民が冒険者ギルドに倒した蟲の死骸を持ち込むことがあるらしい。しかし、素材にならない蟲を持ち運ぶのは面倒だし、他の蟲を引き寄せるために危険でもある。しかも身分証が必要だ。
俺の場合は、身分を保証するものが何もないから、加入した方が便利なのだ。
また、手数料を支払うのは悪いことばかりでもない。ギルドでは、払った手数料に応じてランクが上がっていく仕組みだ。高ランクになるほど、提携企業の割引率も上がっていくし。ギルドに所属していれば身元も保証されると考えれば、手数料としては妥当かもしれない。これが利益にシビアな商人ともなると、話は違ってくるのだろうが。
今日だけでかなりの蟲を倒した。説明された通りならば、そのスコアはギルドカードに記録されているはずだ。しかし、素材は取引所に持っていかなければならない。ほったらかしにして、後から来た冒険者に素材を剥ぎ取られて持って行かれるのは腹が立つ。
。
俺は立ち上がり、短剣をくるくる回しながら考えた。
『切り裂くもの』の羽を剥ぎ取りたいところだが、刃渡り 60 cm もある短剣は、細かい作業に向いてない。いずれハンティングナイフが欲しいところだが、羽を切り落とすくらいならできると思う。
俺は左手で羽を掴み、潰れたピンポン球みたいな胴体の端に狙いを定め、剣先を一気に刺し込んだ。胴体から緑の体液が滴り落ちる。なるべく内臓を傷つけないようにして、抉るように羽を切り取った。
うーむ、エグイ。
一人暮らしで、自分で魚を捌くこともあるから多少は耐性がついているとはいえ、いずれ動物も解体してその場で食べたりするのだろうか。食べるために殺したのに、解体したら食欲がなくなっている気がする。
しかし、そんなことを言っていられるのは、余裕があるうちだけかもしれない。切羽詰ったときは、食欲が優先されるだろう。
考えていても結論は出ないので、成り行きに任せるしかない。
とりとめもないことを考えながら、俺はエセルデさんの槍が貫通した羽 1 枚と、無傷な羽を手に入れた。両方合わせても、片手で楽々持てるくらい軽い。傷モノでも引き取ってくれるといいのだが。
『押しつぶすもの』は素材がないので無視する。食用になるのなら、鯨並みに食いでがあったことだろう。俺は食べたくないが。
さっき 1 匹だけ倒した『這いよるもの』は、表面の皮膚が素材になる。加工を施すことで防水透湿性の膜となるため、テントや雨具の素材に最適らしい。残っていれば帰りに剥ぎ取っていくか。
蟲の死骸は、放っておくと『群がるもの』が湧いてしまうが、道具がないから火は熾せない。そう言えば、バルバドスのズダ袋を川の近くに忘れてきたな。あの中に火打石があったのに。
「しょうがない、戻りますか」
俺は『押しつぶすもの』からエセルデさんの槍を引っこ抜いた。近寄ったら、死んだ振りをしたやつに握りつぶされるんじゃないかと思ってしまい、端っこの方を引っ張ったり、半分に分解したりして苦労しながら引っこ抜いた。
「まさか生き返っては来ませんよね……」
しばらく見て復活しないと納得した俺は、連結した槍を左手で担ぎ、羽 2 枚を右手で抱え、来た道を戻ることにした。
「早く戻って来てくださいよ、バルバドス」