第 1 章 適応するもの (2)
1.2. 建国暦 4220.03.01 : センダー都市 - ギルドタワー
ディーから靴を借り、居住区から小走りで 1 時間。飛行車線もない、どこまでも真っ直ぐな田舎道だった。
地理の把握も兼ねて徒歩で来ている。汗ばんだ顔をハンカチで拭く。
「まったく、いい運動になりましたよ」
前方に見えるはセンダー都市中心区だ。透明な道が幾層にも絡み合うように浮かぶ不思議な都市。地上を走行車が走り、チューブ状の飛行車線を飛行体がかっ飛ぶ。
搭載された魔力機関は、排気ガスを出さないクリーンエンジンだ。科学者でなくとも仕組みを知りたいと思うだろう。ディーに聞いたが、残念ながら専門家でないと分からないらしい。図書館に行けば分かるだろうか。時間に余裕があれば行ってみたいところだ。
中心区は、まだ朝のうちなのにも関わらず、すでに人が多い。
ざっと見回しただけでも、猪族、兎族、狐族。翼を持った竜族もいる。
獣人というのは、直立歩行する人族以外の知性体をひっくるめた総称だ。
ディーならば、狼族という獣人になる。
狼族が狼に似ているのは、外見だけであって、その性質や習性までが狼に一致しているわけではない。あくまで狼族という個別の種なのだ。だから、狼族が狼と交配したって子供はできないし、それは人間でいうところの獣姦である。意味がない。
ここの神話にこんな一文がある。
『神は自らに似せて人を創った。野の獣が人に憧れたため、天族が望みをかなえた』
神が人を創った件はともかく、獣が獣人となったように謳われているのが気にかかる。狼を進化させたって、狼族になるわけがない。
例えが悪いとは思うが、人間とチンパンジーのように、似てるんだか似てないんだか微妙な種になっていなくてはおかしい。
狼族に限らず、獣人はあまりにも獣の姿と人の性質を持ちすぎている。もしや、人をベースにして狼族が創られたのではないか。そうなると神は、俺たち地球人のように、遺伝子をこねくり回せる知性体ということになるわけだが……
神話なんて所詮意味のない御伽噺と考えることも出来る。しかし、人族の存在はあまりにも都合が良すぎるのだ。
多様性を誇る獣人に対し、人族はそれら全ての種をつなぐ架け橋だ。
獣人は基本的に、種の異なる獣人とは交配できないが、獣人と人族は交配できる。決して交じり合うことのない、狼族と竜族のような遠い種でも、人族を介せば混じりあう。
果たしてこれほど都合の良い種族が、一つの惑星に自然発生的に存在し得るのだろうか。俺には、何らかの意図のもと、獣人なり人族が生み出されてきたかのように思える。
ここで最大の疑問が残る。俺は見かけ上は人族なのだが、この世界の人間と交配可能なのか?
「子供は欲しいんですけどね」
このような状況の中、獣人と人族との混血は多い。ハーフ (1/2) 、クォーター (1/4) 、ワンエイス (1/8) 。人族と複数の獣人の血が混じっている場合、最も血が濃い種族の扱いになる。
例えば、ディーの奥さんであるシヴィルさんは、兎族を遠い祖先に持つ半獣人だ。しかし人族の特徴が強く出ているので、人族扱いになる。
その娘さんであるリティは、狼族と兎族と人族との混血だ。狼族の特徴も出ているが、人族の割合が大きいので、人族として扱われる。
この世界でも、種族による差別がないわけではない。しかし、民族思想が違うだけで殺しあえる、地球人ほどの勤勉さは持ち合わせていないようだ。
種族間対立の例を挙げるなら、猫族と犬族の一部はそりが合わない。単独行動を好むか、団体行動を重んじるかという性質だから、しょうがないとも言える。
異なる種族の知的生命体がこれだけいる世界で、一族挙げて他の種族を攻撃するわけでもなく、あったとしても個人同士、もしくは些細な喧嘩程度で済んでいるのだから、この世界の住人は、基本的に大らかなのだろう。
まあ、お前の顔が気に入らないと始まる喧嘩もあるが、その程度は地球の繁華街をうろついていれば珍しくないし、どちらかというときっかけ作りにしているだけのような気がする。
あるいは、蟲という明らかな敵がいるから、ストレス発散できているのかも知れない。
とまあ、いろんな種族の人間が道を歩いているわけで、人ごみを苦手とする俺は、基本的に人気の少ない細い道や、空いている道を選ぶことになる。そうこうしているうちに迷うわけだが、今日は目立つ目印があるから問題ない。
その目印とは、冒険者ギルドの入っているギルドタワーのことだ。ローランド国中のギルドを一つに集めた建造物。それがギルドタワーだ。
戦士ギルド、魔術師ギルド、商人ギルド、建設ギルド、運送ギルド、ありとあらゆる組合がギルドタワーに入っている。そこで扱われる業務は多岐に渡り、職に迷ったらとりあえずギルドタワーに行けと言わている。
「ハローワークみたいなところですね」
全財産は、シヴィルさんから渡されたお金だけだ。俺の昼食 2 回分ほどか。金がないのは首がないのと同じで、日当で貰えるなら討伐だってやる気になっている。背に腹は代えられないのだ。
俺は意気込んでギルドタワーの入り口をくぐった。
肩を叩かれた。最近このパターン多いなと思いつつ、何だこの感触。
「大きくて柔らかくて、丸い? えぇ?」
振り向くと、大柄な虎族がいた。察するにこれは肉球。なんて見事な肉球。ただしその先にはカランビットのようなエグイ爪が収納されている。カランビットで分からなければ、小さい鎌と言えばいいだろうか。
虎族は一人しか知らないが、獣人の顔の判別はまだ慣れていないので、確信が持てない。
「ディーのとこの居候じゃないか。一人でどうしたんだ?」
その言葉で確信が持てた。あの夜の虎族で間違いないようだ。
「ハルバードを振り回していた虎族の方ですね。どうしたと言われても、仕事を探しに来ました」
「こりゃ驚いた! ずいぶん流暢に話すんだな。こんな短期間で言葉を覚えたのか? 人違いじゃないよな?」
「ええ」
「そりゃあ何と言うか、凄げぇ……頭いいんだな?」
「ありがとうございます。まあ必死に勉強しましたよ。貴方も良く一度会っただけの人間の顔を覚えていましたね」
普段、気を抜いて生活しているせいか、見ているようで見ていないことが多いので、人の顔を覚えるのは苦手なのだ。まあ名前もだが。
「そんな服装してるやつを間違えるかよ。それに、顔を覚えるのは得意でな。おれはバルバドスだ。よろしくな」
やはりワイシャツとパンツの組み合わせは目立つのか。この街の住人は、基本的にゆったりした服だからな。
目の前の虎族は、黒いワンピースに腰帯を巻いた格好だ。ワンピースは、シャツとズボンが一体となったツナギのような服だ。紛らわしいからベース服と呼ぶことにするか。
「こちらこそ。私は祠堂虎次郎と言います」
「シドー・トラドィルロ……、長げぇよ」
「シドーで結構ですよ」
どうせ発音できないなら、今後はシドーで統一しようと決めた。
「シドーか。覚えたぜ」
「バルバドスさんはどうしてここに?」
「討伐の依頼を探しにな。シドーも仕事探しか? ちょうどいい。一緒に冒険者ギルドへ行こうぜ」
「いえ、私はまず魔術師ギルドに行こうかと、あ、ちょっと!」
俺は気持ちのいい肉球に押され、冒険者ギルドへ連行された。
道すがらバルバドスに説明されたところによると、魔術師ギルドへの入門は、術具などの購入でまとまった金額が必要とのこと。
かといって職人系のギルドでは、実績がないと見入りの良い仕事は回ってこないらしい。今の俺が手っ取り早く稼げる仕事は、冒険者ギルドにしかないそうだ。
選択肢がないから、言われるがまま冒険者ギルドに登録することになった。
会員登録の説明もそこそこに、訓練室に連れて行かれた。新人が入ったら、腕試しをするのが慣わしなんだそうな。ホントかよ。
バルバドスが俺をほったらかしにして用事を済ませている間、訓練用の棍を振り回すことにした。
初めて扱う獲物なので、当然、第七世代ナノマシンのサポートはありだ。
打ち下ろしや突き、払いに始まって、棍独特の回転運動を一通りこなす。カンフー映画の見よう見真似だ。
同一動作を繰り返すことで熟練度が上がり、棍が扇風機みたいな音を立て始める。実践でやれるかどうかは別として、回転力をつけて打ち出すと、なかなかの威力になりそうだ。
とにかくぶれないことを念頭において、同じ型を正確に、何度も繰り返す。 20 分ほどそうしていただろうか。
「見慣れない顔じゃな。新入りか?」
巨大な熊族が、野太い声をかけてきた。 175 cmの俺が胸までしかない。なんつーでかさだ。 2.5 m くらいありそうだ。
「はい。先ほど入会したシドーと言います。貴方も冒険者ギルドの会員ですか?」
「フゴ!? グアッハッハァ! いやいや、そうだ。儂も冒険者ギルドの一員だ。見ての通り、熊族。エセルデという。よろしくな!」
何に驚いたのか分からぬまま、気になっていたことを聞いてみた。
「こちらこそよろしくお願いします。ところで、訓練室では、この武器で打ち合うんですよね? 怪我はしないと聞いてるのですが、これは魔具なのでしょうか?」
俺は棍を掲げて見せる。
「あぁ、ここにある武器は、全て魔具だ。適度な強さで打てば黄色に、強すぎれば赤く光る。赤く光らせるのはド素人の証じゃ。まあ戦いとは別物で、反射神経を養う遊びみたいなもんじゃ。だが、剣などは基本的に刃を落としてあるだけで、当たり所によっては死ぬこともある。
新入りは手加減が分からないだろうから、最初は熟練者とやって、寸止めのコツを覚えていくんじゃよ」
「それじゃあ、怪我をしないわけではないんですね。バルバドスさんに一杯食わされました」
「クククッ。奴は大雑把じゃからな。自分が怪我をさせるようなヘマはしない、というような意味で言ったんじゃろ」
「バルバドスさんとはお知り合いでしたか」
「お知り合いというほど上品な間柄ではないがの」
エセルデさんがバルバドスについて色々話してくれた。
曰く、護衛の任務で、盗賊と護衛のすべてを敵に回しながら、商隊に人的被害を出さなかったが、荷はすべて持っていかれた。
曰く、野営で番をさせたら、必ず蟲の襲撃がある。
曰く、最初は小さかったトラブルが、バルバドスの手にかかればどうにもならないほど大きくなる。
酒が入っていたらネタにされ、盛り上がりそうな内容だった。聞く分には面白いが、こんな人が身近にいたら大変そうだ。
「トラブルメーカーですね」
慨嘆していると、噂の主が現れた。
「エセルデの爺さんじゃねーか! シドーの相手をしてくれてたのか」
「相変わらず騒がしいやつじゃな。お主の話をしておったわ」
「バルバドスさん。何してたんですか。 6 間くらい待ちましたよ」
「悪りぃ悪りぃ。幾つか情報を仕入れてきたんだ。軽くやってから狩りに行くぜ。爺さんも付き合わねーか? どうせ暇してんだろ」
「失敬な奴じゃな。付き合わんでもないが、小物の相手は面倒じゃ。大物はいるかの?」
「東の森にレベル 6 が出たらしい。何チームか行ってる」
「おいおい、それは初心者には厳しかろうて。棍捌きはなかなかのものじゃったが」
「それがな、見かけ以上にやるんだよ」
「ほう?」
「半月前の襲来があっただろ」
「レベル 5 がおったらしいではないか」
「ああ、それでな、シドーの警告で犠牲者を出さずに済んだんだが、声に惹かれて『跳ねよるもの』がシドーに向かっていったんだ」
「よく無事じゃったのぉ」
「短剣一本で楽々仕留めてたぞ」
「楽じゃないです」
「なんと!」
「さすがに『蠢くもの』は相手できなくて逃げたが、『虐げるもの』と『突き刺すもの』だったかな? そいつらも殺ってた。腕は確かだろ?」
なんだか不味い方に話が進んでいるような気がする。冒険者ギルドに入ったばかりの初心者に何をさせるつもりだ?
「フム! フム! なかなか興味深い。どれ、訓練は儂が相手をしよう!」
「お、シドー良かったな! 爺さんが相手してくれるってよ!」
「いえ、ですから」
「シドー、獲物はその棍で良いのか? ならば儂も棍にするか」
「えーと……では棍でお願いします」
きっと人生は諦めが肝心なのだろう。