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序章 Hello, Another World ! (5)

0.5. 建国暦 4220.02.16 : ローランド国 - センダー都市



蟲の襲撃を告げるサイレンが鳴り響いた。ディーは素早い動作で立ち上がった。


「ここにいてくれ!」


シドーは待たせることになってすまないが、緊急事態だ。返事を確認する余裕もなく、応接室の扉を開け放ち、階段を駆け上る。


パタパタとスリッパの音がする。振り返ると、シドーがついてきていた。


「待て。一緒にくるのは危険だ。あの部屋にいて欲しい」


俺はシドーを指差してから、応接室を指差した。シドーは首を振って、自らを指差した後、俺を指差した。


同行したいらしい。話す間も惜しみ、俺は屋上に向かって本気で走った。狼族の身体能力は、人族のそれを凌駕する。ついて来られなければ諦めるだろうと思っていたが、俺が飛行体に乗り込むと同時に、シドーがコ・パイロット席に乗り込んだ。


何てことだ、獣人並の身体能力だ。まじまじとシドーを見ると、何だよという風に首をかしげていた。


他の飛行体は、翼を広げて次々に飛び出して行く。


「なるようにしかならんか」


ディーはつぶやくと、飛行体を浮き上がらせ、走行車線の上空を飛行した。


通常、飛行体が走行車線を移動する場合、翼をたたんで走行車と同じ高さで走らなければならない。だが、警備隊の飛行体は、走行車の上を飛ぶことができる。


しかし、走行車線の飛行ではスピードが出せない。ディーは立体交差点から、スピードが出せる飛行車線に上昇した。


他の飛行体に注意しながら、飛行車線を最高速で飛ぶ。


飛行車線の左右には、薄ぼんやりと光る壁がある。はみ出し防止のリジェクトフィールドだ。もう少しすると切れ目がある。後続飛行体がないことを確認し、切れ目の直前でブレーキをかけ、外に飛び出した。


飛行体は夜の闇を切り裂き、郊外を目指した。




どうやら只ならぬ事態が起こったらしい。ディーは取調室で待っていて欲しかったようだが、漫然と時間を浪費する気分ではなかった。


只でさえ情報が少なく、難儀しているのだ。何が起きているのか、それに対してどのような対策が取られているかを見れば、この世界を理解するのに役立つ。


要は社会科見学だ。もちろん、危険なことに首を突っ込むつもりはない。安全な場所から情報を収集する。


早速だが、この飛行機は興味深い。ただの車かと思ったら、変形し、空まで飛んだ。


また、推力も良く分からない。まずプロペラが見当たらない。ジェットや圧縮空気で飛ぶにしては静か過ぎる。グライダーのように滑空しているわけでもない。水平飛行中に、明らかに加減速していたから、動力は存在するはずだ。電気モーターのようなエンジンで、見えない位置のプロペラを回しているのかも。あるいは未知の技術かもしれない。燃料が手に入りやすいのなら、是非とも手に入れたいマシンだ。


いくつかの計器はすべてアナログだ。どれが高度計で、どれが速度計なのか分からない。別の何かを計測している可能性もある。


飛行機はかなりのスピードで飛んでいる。一度急ブレーキをかけたが、壁の切れ目から外に飛び出した後にスピードを上げた。


街外れに来ると、周囲からは生活の光が消えた。


しばらくすると、地上の闇が、ぽっと明るくなっているところがあった。どうやらあれが目的地のようだ。機体は上空で停止し、 VTOL のように垂直に近い角度で着陸した。


同じカラーリングの機体もあれば、形からして違う機体もあり、それが何種類か集まっている。機体はいくつかのグループに分けられそうだ。複数の組織が集まっていると見た。


「ラセーナ・フォンス・デラセリ」


ディーが座席を指差した。ここにいろということだろう。


「分かった」


俺はうなずいて見せた。


ディーがほっとしたようにドアを閉め、同僚らしき獣人の下へ走っていった。


運転席の脇から取り出したあれは、剣だろうか。ちらっとしか見えなかった。


視線を転じると、人数はざっと 100 名。皆が武器を持っていた。


弓を持っているのは、上半身が人間のお馬さん――ケンタウルスだ。それと他に数名。


後は近接武器を持っている。種類は、剣や斧や、槍や、ハルバードや、棍の先に銀の球がついたものは、どう使うのか分からない。人種? と同じでバラエティに富んでいる。


ディーを見つけた。両手に短剣を持つ姿が浮かび上がった。


「双剣使いか。かっこいいじゃないか」


今気づいたが、街の方角からかすかに聞こえるサイレンの間隔が短くなっている。最初 6 秒程だった周期が、 2 秒程度になっている。飛行機に夢中で気づかなかった。


人の動きが慌しくなる。誰かが暗闇の方角を指差して叫んだ。ライトがその方向を照らし、光の道を作った。


その先に見えたのは、蛍光色の集団。ピンク、ブルー、イエロー、グリーン。すべてが蛍光色の何か。


「なんじゃありゃ……」


色合いだけならコミカルな生き物だ。子供が好みそうなド派手な色。その造形も子供の粘土細工。


低学年の子が、見よう見真似で、カンブリア期の生き物を作ったようなグロテスクさ。左右で非対称だったり、目が五つあったり、チューブ状の触手が蠢いていたりする異形の生物。


「敵はあれか」


知的生命であったとしても、友好的に挨拶する気にはなれない。それはディーたちも同じようで、鬨の声を上げて突っ込んで行った。


先頭はなんとディーだ。左の短剣で蛍光ピンクの生物を串刺しにし、右から襲い掛かる蛍光ブルーの鋭角的な触手を受け止める。左の短剣を捻りながら抜くと、蛍光ピンクはねじれたぬいぐるみのように、ピクリとも動かず地面に落ちた。


フリーになった左で蛍光ブルーを叩き斬る。飛び散る体液は緑色だ。


「うーん、グロい」


それだけじゃない。ディーの剣を受けた触手が、傷ついていない。部位によっては、金属並みの強度があるようだ。


「どういう生物だ。蟹みたいにキチン質なのか?」


攻撃速度もかなり速い。近接であの攻撃を受けたら、普通の人間は手に負えないような気がする。しかし、獣人たちのスペックも負けてはいないようだった。


ケンタウルスの放った矢が、発光弾のように光の線を引きながら敵に刺さる。虎男の巨体からは大質量のハルバードが繰り出され、イエローの巨体を真っ二つにする。


我が同胞、人間も負けてはいない。先端に銀球がついた棍棒を振り回すと、それに触れた敵が発光して燃え上がった。


「電気か? それとも爆薬を仕込んでいるのか? それにしても我が軍は圧倒的ではないか」


一人観戦を決め込んでいた俺は、戦闘が行われている場所とは違う方向に、蛍光色の一団がいるのを発見した。


そいつらは俺の 4 時方向から、緩やかな曲線を描いて移動している。ディーたちの背後から襲い掛かかるつもりのようだ。


「ここは恩を売っておくのが正解か」


戦うつもりはないが、知らせた方がいいだろう。


俺は運転席の脇に短剣があるのを確認していた。ディーの予備なのだろう。刺身包丁よりは戦いに向きそうなそれをつかみ、飛行機の外に出た。


「後ろから行ったぞ!!」


生まれてこの方、出したことがないほど声を振り絞った。大音量とまではいかなかったが、さすが獣人、耳が良い。気づいてくれた。


何人かが悪趣味なぬいぐるみの別働隊を迎え撃つために走り出した。


想定外だったのは、声に引かれ、何匹かが俺の方に向かってきてしまったことだ。


飛行機の中でやり過ごそうか、一瞬迷った。しかし 4 m(メートル)くらいあるゾウリムシが向かってきたため、隠れているわけにはいかなくなった。のしかかられたら飛行機ごと押しつぶされる。


「うお、怖えぇ……」


生命の危険に直面し、体の芯から震えがくる。両親を安置所で見たとき以来だ。短剣をつかむ右腕に力をこめて、震えを押さえつけようとした。


あの時はどうしたっけ。息を吐き出した。長く。長く。肺の奥まで空気を振り絞る。


ディーがこっちに気づいた。打ち合っていた一匹を処理し、物凄い勢いで向かって来たが、別働隊に阻まれている。間に合いそうにない。


ディーが何か叫んだ。俺は強がって笑って見せた。


空っぽの肺に、深く息を吸い込む。まだ吸い込む。もっとだ。


息を止めると、震えが収まった。


「じゃあ、やるか」


ごうっと爆発的に息を吐き出し、蛍光生物に向かって走り出した。


ぴょんぴょん跳ねながら先頭を切った一匹目は、グリーンの異形だ。大きさ 50 ~ 60 cm の丸っこいフォルム。手足はないのに、素早く動く。


頭部が半分くらいを占めている。体の真ん中に走る線が口だ。ぎざぎざの歯が垣間見える。全開にしたら、人間の頭くらい丸呑みにしそうだ。


そのすぐ後ろにブルー、イエローと続く。どちらも 1m 程度の大きさだ。大トリが 4 m(メートル) のゾウリムシ。色はまたしてもイエロー。どいつもこいつも、目が痛くなる。


見物に徹していたため、速さなどのデータは取れている。シミュレーションパターンを頭の中で組み立てる。


グリーンの異形が 10 m(メートル) の距離に迫る。


思考が加速される。位置関係から一番目の案は NG 。二番目のパターンを採用。剣術パターン a 、踏み込み 3 歩、 f で左に回り込んで b だ。


グリーンが 5 m(メートル) の距離に来た。奴にしてみれば、一回の跳躍で丸かじりできる距離だ。


やや右からグリーンが跳躍。俺は一歩進んで迎え撃った。


「剣術パターン a の 4 倍」


まずは正当な右上からの袈裟切り。反応次第では 2 撃、 3 撃と打ち合う必要があったが、杞憂だった。グリーンの異形は緑色の体液を撒き散らしながら、大きな口をさらに斜めに拡張する羽目になった。上半分が後ろに倒れ、半分に千切れた。


予想通りのあっけない結末。


体液を避けるため、さらに加速して 3 歩踏み込んだ。無理な動きに筋肉が悲鳴を上げる。筋肉痛は確実。


「剣術パターン f の 4 倍」


1 m(メートル) サイズの異形が、槍状の触手を突き出してくる。俺は攻撃ラインからわずかにずれ、短剣を左から横一文字に振るった。切り裂かれる二匹目。


遠心力を利用して、もう一匹の触手を避けつつ、左側に回り込んだ。


「せいっ」


真上からの唐竹割りで、三匹目が倒れた。ナノマシンのアシストがない、俺だけの技術で。


「意外とやれるじゃ、ないか」


この 3 ヶ月、俺は第七世代ナノマシンの実験を行っていた。第七世代の真の目的は、脳内に新しい回路を作り出すことだ。そのために、日常生活にはない剣術の基本データで、脳内ネットワークが作られるかどうか観察していたのだ。


今や俺は、第七世代の補助がなくても自由に剣を操れる。脳内に剣術用の回路が作られたからだ。コマンドを打ち込むだけで七世代が自動的に体を操ってくれるが、とっさのときに自由な動きを妨げることになるため、実践では使わないほうがいいだろう。


と、まあ、ド素人ながら、基本剣術スキルだけはあったため、倒せたようなものだ。


しかしあれは無理。剣術は人間を相手を想定しているため、 4 m のゾウリムシと戦う型はない。バスタードソードを叩きつけるくらいしかないのでは。


ゾウリムシはラッパ状の繊毛だか触手だかをうねらせ、襲い掛かってくる。こいつと戦うくらいなら、別働隊全部を相手にしたほうがマシだ。なんで中ボスがこっち来るんだよ。


「戦略的撤退~」


俺はぜいはあ言いながらディー達の方に走り出した。ただの科学者に何させんだよ。


俺の横をすり抜けて、夜空を光の線が 3 本走り、ゾウリムシに突き立った。ケンタウルスの援護射撃だった。後で感謝のキスをしてやろう。


おかげでゾウリムシとの距離を引き離すことができた。これ幸いとばかりに別働隊を背後から急襲。八つ当たり気味に剣を振った。こっちはこっちで大きいが、 2 m のサイズならば何とかなる。


俺の身長以上もあるレッドの異形に dcd を叩き込んだ。ぬりかべのような巨体には 3 撃でも不足だった。致命傷にはならず、異形は肉体の一部を腕のような触手に変形させて殴りかかってきた。


「んなこともできるのか!」


俺は身をかがめて避けた。頭の上で、風がうなりを上げる。トラックが通り過ぎたような風圧。当たったらどこまでも飛ばされて行きそうだ。具体的には天国あたりまで。


お返しに中段から fgfa の速攻。決めに袈裟切りが入るのは癖のようなものだ。そのせいか、袈裟切りの錬度が一番高い。


3 連撃から更に 4 連撃を受けて、赤い異形が倒れた。


「うぉぉ、疲れるわ」


別働隊はあらかた片付いたが、背後からはゾウリムシがやってくる。ゾウリムシには長物を扱う人間たちが向かっていった。


光の矢に始まって、槍、斧、剣までもが回転しながら飛んで行く。いくつかは弾かれたが、突き刺さってダメージを与えるものもある。


思ったより硬い。皮膚を変形させたり、鎧のように硬かったり、個体によって特性が違っている。


「奴らの動きを予想できないのが痛い。特徴を記憶しておかないと」


虎男の操るハルバードが半円を描き、凶悪なエネルギーを開放した。


ゾウリムシは先端から 70 cm ほどが割れたが、まだまだ動きは衰えない。


虎男は一旦後退、人間がスイッチで入る。棒の先に銀の球がついた武器を激しく回転させている。あれでエネルギーを溜めているのだろうか。銀の球がゾウリムシに叩きつけられ、こんがり焼けて止めとなった。


肩を叩かれた。前にもこんなことがあったなと思いながら振り返ると、案の定ディーだった。垂れ下がった眉が、勘弁してくれと語っていた。


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