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第 2 章 魔法 (10)

2.10. 建国暦 4220.03.24 : 第 4 オアシス - ミディエラ邸



打ち上げをしたレストラン酒場で料理を食べ尽くした頃、通信用魔具にカシートから連絡があった。ウージェさんに案内してもらって、ある場所に来て欲しいと言うのだ。いい酒があるという言葉に釣られたわけではなかったが、俺たちはお招きに与ることにした。


店を出ると冷たい夜風が吹き付けた。路面の砂が舞い上がり、目元まで布を巻いた鳥人が石畳の道を足早に通り過ぎる。ちらっと見えた顔は艶やかな黒で、鴉っぽい。鴉族(カラスぞく)か、あるいは、翼に白い模様があるのはカササギ族の印か。


砂漠は昼夜の温度差が激しい。雲ひとつない星空は放射冷却を起こし、研ぎ澄まされた大気が星の光をより鮮烈にしている。


店や家の窓から漏れるランプの光が俺の心を和ませた。冷たい夜風も、冷たい星の光も、アルコールで火照った体にはちょうどいいクールダウンだった。


行きかう人々は鳥人系が大半を占める。判別不能な種族が行き交うセンダーとは違っている。知っているものが多いと安心する。


ウージェさんを先頭に、俺はセンダーとは違う情緒の町並みを、いちいち感心しながら歩いて行った。




1 辺 200 m くらいの壁が、町の中心部を切り取っていた。正確なところは分からないが、感覚的には 4 万平方メートルほどだろうか。東京ドームに届かないくらいの面積といったところか。うーむ、でかい。流石、第 4 オアシスを統括する一族だ。


俺は仲間の格好を見回した後、頭についた砂を払った。


「今さらですけど、こんな格好で大丈夫なんでしょうか」


黒いベールに色鮮やかで青のチュニックを着たエリアルさんは、セミ・フォーマルといっても通用する。


しかし、男どもの格好はどこまでいっても冒険者だ。砂避けの布を巻いて顔を隠した姿は、これから強盗に行くと言っても不自然ではない。討伐にフォーマルな服を持ってくる冒険者などいないから、どうしようもないのだが。


「相変わらずシドーは細かいことを気にしてんな」


「カシート総長のお招きでしょ? いいんじゃない?」


どうやら俺の心配は杞憂らしい。ウージェさんが言うなら信じよう。


「ならいいのですが。バルバドスは少し、気にするべきです」


複数の部族を束ねるカシートからして、一般人と変わらない服装だったし、神経質になる必要はないのかもしれない。稀に、普通の服に見えて実はいい生地を使っているという嫌味なケースもあるが、俺の観察眼ではそこまで分からない。


「砂虫の脅威から開放されて喜ばしいのは分かりますが、こんなお屋敷に呼ばれると、裏がありそうな気がしてきますね」


「あるじゃろうな。単に夕食の招待ということはなかろうて」


「そうですね。それにもうお腹がいっぱいで」


エリアルさんが可愛らしくお腹をさすった。


「儂はまだいけるぞ」


「美味い酒ならいけるぜ」


エセルデは俺の倍は食べる。普通の人の 4 倍くらい食べる計算になるので、エンゲル係数が高そうだ。


バルバドスは酒に酔い難い体質の癖に、高い酒を好む傾向にある。高級な酒で酔いたがるから、高くついてしまうのだ。


「貴方たち、いいから早く入りなさいよ」


門番に手続きしたウージェさんに催促された。バルバドスがでかい手でバシバシと肩を叩いて急かしてくるので、俺は憮然として門を潜った。


砂の上に敷かれた白い石畳の道を進むと、池があった。表面が沸騰しているかのように沸き立つ光景は、第 1 オアシスで見たものと同じだった。


「家の中に泉がありますよ」


エリアルさんが感心している。


「さすが族長ですね」


砂漠では何より水が貴重なはずだ。水が潤沢なオアシス地域であっても、それは変わらない。この手の泉は個人所有できるようなものではないのだ。にもかかわらず個人宅に泉がある事実が、権力の大きさを象徴しているように思えた。


役職は暴走族みたいだが、権力の大きさはゴキブリと鯨だ。群れることでしか自分を主張できないおままごとの大将と、実社会を運営している組織のトップを比較すること自体、ナンセンスではあるが。


「ミディエラ族はかなり大きな勢力を持っているうですね」


「どうかしら。でも、この町は、砂漠で一番大きいわね」


ウージェさんは俺の言いたいことを理解していた。感心する一方で、警戒心も湧き上がってきた。


本当にただの一般人だろうか?


敷地には、要所要所にサボテンや花などの植物が植えられている。季節によっては、色とりどりの花が来訪者の目を楽しませてくれるのだろう。この庭に(わび)(さび)の精神を見た気がしたが、気がしただけかもしれない。俺は芸術的センスが園児レベルであることを自覚しているから。


「いらっしゃいませ、お客様」


玄関前で待ち構えていた執事が一礼した。切れ長の目をした人族だった。そんな風に言うと、美青年を思い浮かべる女性が多そうだが、残念、白髪交じりの中年男性である。年齢は 50 歳くらいか。若い頃に美形であったことを思わせる容貌をしている。


白いシャツのように見えるベース服に黒いジャケット。この辺りでは珍しい体のラインが分かるような服を着ている。それでも、俺が着ていたワイシャツほどタイトではない。ゆったりとしたベース服とワイシャツとの中間くらいか。スタンドカラーを上まで締め、黒いジャケットの前をボタンで留めている姿が決まっていた。


この国では、きっちり体型に合わせて服を作る文化がないようなのだ。フィットした衣類は、下着しか見たことがない。


「ぇ?」


俺は動きを止めた。


まさか、俺がワイシャツを着て街を練り歩く姿って――変質者?


「ななな……」


何てこった! 恥ずかしいってレベルじゃねーぞ。誰か教えてくれよぉ。パンツをずり下ろして穿くのが流行っていた時代もあったらしいが、そんなのと同列に見られていたら……


「銀河の黒歴史が、また 1 ページ」


「またおかしいな?」


「たまになりますよね」


バルバドスの暴言をエリアルさんが肯定した。


俺は空を仰いだ。絶望した。人生に絶望した。


「そうだ旅に出ましょう」


「旅行ですか?」


「人生を探す旅に」


「そういうのはいいから入りなさいよ。寒いんだから」


ウージェさんに引きずられて玄関の扉をくぐった。


「顔色が悪いようですが、お冷を用意致しましょうか?」


「それには及びません。どうか職務を全うしてください」


気の利き過ぎる執事に、俺は丁寧に断りを入れた。アホなことしてる時ではない。


「ではこちらへどうぞ」


広い吹き抜けの広間だった。正面には 2 階へと続く階段があり、両サイドに金色のラインが入った赤い絨毯が敷かれていた。打ちのめされた俺の心には、きらびやかな内装はまぶし過ぎた。


豪奢な内装に、身のこなしの良い召使。分かりやすい金持ちの図式だ。イギリスに招待されたときにこの手の屋敷を見たことはあるが、デザインが中近東風だからか、石油王の屋敷に見える。


貴族でも石油王でもいいが、俺はこういう家があまり好きではないのだ。根っから貧乏性なのか、つい牛丼に換算してしまう。


内装に 2 万 5 千牛丼かかっていますね。もしかしたら見立て違いでその 10 倍、 25 万牛丼と言われても驚かない。どうせ一生かかっても食い切れないし興味もない。


だいたいこの手の家に住む人間は、家柄自慢が遺伝子に組み込まれていることが少なくない。受け継いだ財産の多さを誇る大人と、「俺の父ちゃんパイロットなんだぜ」という小学生は、果たしてどちらがより凄いのだろうか。


そういう人間を嫌いとまでは言わないが、他人の黒歴史を見せられているような感じになり、いたたまれない気分になる。


そして血筋の自慢には、いたたまれないを通り越して、引きつった愛想笑いを浮かべる他ない。


先祖の功を称えるのはいいのだ。しかし、自分がその血を引いていることの、いったい何が凄いのか? ひねくれた見方をすると、自分が功を成し得ない恥を宣伝して回っているだけではないだろうか。


そもそも俺は、今を生きる生命全てが素晴らしい血統だと思っている。美しい虎も、猛々しい熊も、躍動する馬も、のんびりとしたコアラも、引きこもりの人間でさえも、地球規模の大量絶滅すら何度も生き残り、遺伝子を受け継がせるという遺業を成し遂げた生命の子孫たちだ。


ネズミのような生命体だった我らが祖先に限っても、 6 千万年の歳月をかけて人間にまで進化したのだ。これこそ奇跡ではないか。


太古から連綿と受け継がれたこれらが遺伝子こそ、誇るに値するものだ。その偉業に比べれば、少々財を築いたから何だというのか。権力を得て 1,000 万単位の人間を殺したからといって、種の繁栄にも衰退にもまったく影響しない。それこそ、バルト砂海に流れる砂の一かけら程もだ。


その程度のことしかできないから、皆に憎まれる。そんなことをしてる暇があるなら、 1 億年後にヒトの遺伝子を残す研究でもしてろよアホが。


俺は首を振り、脱線した思考を修正した。


確かに、財産や権力があれば異性を多く引き寄せられる。より高い能力を持った番を選択する自由が得られる。また、子供も育てやすくなるだろう。


しかし、財産や権力が無くても、生命としての役割は果たすことができる。むしろ、そういったものに付きまとうしがらみの方が、俺には厄介に思える。


だがそれも考え方次第なのだろう。俺に関わらないところでやってもらえるなら何をどうしたって構わない。


金や権力などといったものは、所詮は一時的な偏在に過ぎない。時とともに拡散し、消費される運命にある。この世の真理はエントロピーの増大だ。


そして、つまるところ生命の意義というやつは、自分の遺伝子を次の世代に受け継がせることにある。誇るなら自分の子供にすればいいのだ。子よりも孫が可愛いのは、さらに先の世代に自分の血が受け継がれる可能性を喜ぶからなのだが、そんなことよりあそこに飾られているのは――


「モケラの像じゃないですか」


気の抜ける顔に 8 本足の不可解な物体が陳列されていた。間違いないはずだ。というか、あんな特徴のあるものを間違える奴はいない。真似する奴も、たぶんいないだろう。擬人化した蛸なのか、それとも別の何かを表しているのか、まったくもって理解不能だ。


「建国暦 4001 年に活動した彫刻家の作品ですね」


俺は聞きかじりの知識を披露した。


「シドーさんは芸術に興味があるんですか?」


「いえ、全然」


「ほえっ!?」


混乱するエリアルさんに全俺が萌えた。思わず俺は微笑んでいた。エリアルさんは自分の驚いた声に驚いて赤面している。それもまたいい。


左腕に温かくて柔らかい感触を感じて視線を転じると、ウージェさんが腕を絡みつかせていた。甘い香りが鼻腔をくすぐる。


「どうしましたか?」


「どうもしないわよ」


「当たってますよ?」


「スケベ」


「むむ!」


エリアルさんが妙な声を出すと、ウージェさんはするりと腕を解いた。


2 人ともそういうキャラだったかな? そしてどうしてスキンシップを?


エリアルさんは機嫌が悪そうだし、また異文化的な何かを刺激してしまったのか?


「えーと?」


ウージェさんが艶然と笑った。


「長の趣味なのよ」


「なるほど」


2 人に目を向けないよう、変な彫像を眺めながら、納得するようなポーズを取った。一筋の汗が頬を伝う。


「ふーむ、厳かな調度品の中にさりげなく配置されたモケラの彫刻が、対位法的な視覚効果を生み出していますね」


「よく分からないです」


「見ていると脱力しませんか? そういうことです」


「それなら分かる気がします」


ウージェさんが含み笑いをした。俺は時空の彼方、事象の地平面に思いを馳せる目でウージェさんを見た。


俺は遠い目をしていることだろう。そして唐突に理解したような気がした。


ああ、酒場での仕返しかちくしょう。これだから女は怖い。


「お客様をお館様の下へご案内しなさい」


「はい。こちらへどうぞ」


執事さん、貴方は救いの神だ。執事(すくいのかみ)に命じられたメイドに案内され、俺たちは階段の脇を通り過ぎ、奥へと進んだ。


メイドのベース服は、下がタイトスカート風になっている。この家の使用人は、男性が黒のジャケット、女性が赤いジャケットを着用するようだ。


廊下を左に曲がると、館の雰囲気が一変した。青い光の間接照明が、白い壁をターコイズ色に染めている。通路は毛足の短い青い絨毯が敷かれていた。全体が青に統一されていて、海の中にいるようだ。


エントランスが正統派の豪華さだっただけに、この違いには面食らった。変な彫刻といい、なかなか意表をつく人物だ。


ウージェが誰にともなくつぶやく。


「長の趣味は一般的とは言い難いのよね」


「なかなかいい趣味だと思いますよ?」


「シドーとは気が合いそうね」


「変わり者と言いたいようですね」


「自覚はあるみたいね」


俺は頬を掻いた。


「常識的な振舞いを心がけてます」


虎熊コンビが示し合わせたように首を振った。


お前ら……


エリアルさんまで「そうだったかな?」と言いながら首をかしげた。


くっ……素直なエリアルさんでいて欲しかった。


などということをしているうちに、目的地に着いた。




「お館様。お客様をお連れしました」


「お入りください」


メイドが精緻な装飾が施された扉に手をかけた。重そうな扉が軋みもせず、軽々と開いた。メンテナンスが行き届いていると見える。


室内は、白と黒と青を基調としたシンプルな部屋だった。調度品は合理性と機能性を兼ね備えたデザインで、来客は洗練された部屋に感嘆するのだろう。しかし、現代の感覚に頭から足のつま先までどっぷり浸かった俺は、高級バーのように思えて、扉から客が入って来るんじゃないかと気が気ではない。


「悪ぃな、こんなところまで呼びつけて」


「お招きに預かり、参上しました」


エセルデが挨拶すると、カシートが奥にいた人物を紹介した。


「これはこの屋敷の主で、シーヴァと言う」


やけに整った顔立ちの男だった。どれくらい整っているかというと、インタビュー・ウィズ・ヴァンパイアにノーメイクで出演できるくらい。しかも主演が張れるレベルだ。


責任のある立場に就いているにしてはまだ若い。俺と同じかやや下だろうか。純粋な人族に見えた。


睫毛長げぇな、ぉぃ。


ところで、俺が一番気になっていることがある。何で目を閉じてるの?


「ようこそお出でくださいました、砂虫狩りの勇者様。私はミディエラ族の長を務めますシーヴァ。そこのウージェの伯父に当たります」


シーヴァは一礼し、顔を上げて目を開いた。ぽっかりと開いた空洞。いや、違う。部屋の明かりが網膜に反射して眼球の存在を主張した。その目はどこまでも黒かったのだ。


俺は何気なく仲間の方に視線を転じた。エセルデは静止していた。バルバドスは馬鹿みたいに大口を開けていた。エリアルさんは目をまん丸に開いていた。


黒目がちの瞳は、この文化圏では美しさの象徴だ。皆が魅了されていた。俺はあくまで顔の造詣、トータルバランスで美醜を判断するから、正直、カラコン入れたハンサムくらいの認識でしかない。


シヴィルさんで耐性がついた俺を見くびってはいけない。女性ならともかく男だし。もげればいいし。


そしてウージェさんも平然としていた。肉親だから見慣れているのかもしれない。


「エセルデ?」


へんじがない。ただのしかばねのようだ。


エセルデが文化的な美貌を目の当たりにして石化しているので、代わりに俺がチームを紹介することにした。


「始めまして。チームの一員で、祠堂虎次郎と申します。皆にはシドーと呼ばれています。

こちらはチームリーダーのエセルデ。失礼、どうやら飲みすぎたようでして。

こちらがバルバドス。貴方は口を閉じなさい。

最後に、統一機構のエリアルさんです。航海の準備のみならず、砂虫の駆除にも多大な協力をしていただきました」


バルバドスの顎を押し上げながらの挨拶に、シーヴァは平然と、ユリ科の花のような顔をほころばせた。


「貴方が魔法使いのシドーさんでしたか。

皆様、この町を代表してお礼申し上げます。

また、今回の件では私は傍観者ですので、私のことは気にせずごゆるりとお楽しみください。

では、準備を始めてください」


シーヴァが目を閉じると、部屋に張り詰めていた緊張が弛緩したようだった。


メイドは誇らしげな顔で扉の向こうに去っていった。


俺は使用人にそのような顔をさせる主人が羨ましく、少しだけ気になった。


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