第 2 章 魔法 (9)
2.9. 建国暦 4220.03.24 : 共同統治区 - 第 4 オアシス
思い返せば、詳細も分からぬままにセンダー都市を出発したのが 3/14 のことだった。翌日にはエスパ町からバルト砂漠に向けて出航し、既に 10 日が過ぎた。旅は終わりを迎えている。
長い出張だったと、俺は遠い目になった。
最後のオアシスに到着したのが今朝である。船員たちは、食料の引渡しに群がるオアシス役員に辟易しながら、 1 日がかりで荷物の積み下ろしをしていた。まるで戦後の食糧配給だ。
それも夕方前には終わり、船員たちは文字通り、肩の荷を下ろした気分だったろう。航路の安全が確保されたからには、次の便が出るのは確定している。オアシスの食料供給が保証されたため、大きな混乱がなかったのは救いだ。
そんな船員たちへのご褒美は、この航海で始めての半舷上陸だ。半舷というのは、乗員の半分を上陸させる休み方だ。彼らは、航海の疲れも見せずにオアシスの町並みに散って行った。残りの半分は、明日の交代を待ち焦がれて船に残っている。それにしても船員たちを働かせすぎではないだろうか。航海の 12 日間で 1 回の休みって、どこのブラック企業だよ。
なお、出航は 3/26 の朝だ。予定では、 3/28 にエスパ町に帰港、 3/29 には懐かしのセンダー都市に帰ることができる。帰るという言葉が自然と出るあたり、俺も順応しているということだろうか。
忘れそうだが、家を買ったのである。引渡し納期は過ぎているから、来月からは晴れて一人暮らしだ。
心配事は食生活だ。これで結構マメな方だと思っているが、主婦のように毎日ご飯を作ってなんかいられない。毎日 3 食、旦那や子供の分まで用意している世の中の奥様方には頭が下がる。
夕食はディー家の食卓にお邪魔させてもらうことになっているから、それ以外をどうにかするのが当面の問題だった。朝から料理などしたくないし、昼は仕事をしているだろうし、もしかして家で料理を作ることはないかもしれない。
冒険者は体が資本だ。しかも、俺の場合は燃費の悪さがたたって、朝食は必ず食べる必要がある。学生の時分は朝食抜きが基本だったんだがな。となると、レトルト食品のお世話になるのは確実か。
この世界には、インスタントラーメンやレトルトカレーは当然ない。しかし、インスタント食品がないわけではない。例えば、燻製や酢漬けや缶詰などがそうだ。前の世界には及ばないが、保存食に関しては結構充実しているのではないだろうか。俺は冒険者用に普及しているのかと思ったが、実は飢饉対策であったとか。なるほど、必要が発明の母であるわけだ。
ふむ。隙間産業として、冒険者向けにフリーズドライ製法の商品を出したらヒットする気がする。缶詰などに比べて栄養素もあるし、軽量さでは比較にならないくらい軽い。しかもなかなか美味しいときている。冷凍食品に比べれば風味は落ちるが、冷凍し続けなくても保存が利くというメリットがある。窒素充填などできないから賞味期限は短くなるだろうが、 2 ~ 3 ヶ月なら余裕だろう。
センダー市に戻ったら、本気で研究してみようか。主に、俺のバラエティに富んだ朝食のために。ここには魔具という便利な道具がある。食材を冷凍して、真空にして、微熱を加えて水分を飛ばすだけだから、何とかなるかもしれない。真空ポンプくらいなら何とか作れるだろうし。
フリーズドライを製造する装置を作った方が高く売れそうだが、自分の研究物でもない技術で儲けようとは思わない。むしろ、技術を渡してフリーズドライ製品 10 年分とかにしてもらった方がありがたい。
逆に、商品を出すとしたら、儲けを出すことを考えなければならない。継続的に売り続けるためには、人件費、材料費、運用資金を稼ぎ続ける必要がある。作れば作るほど赤字になる商品を、誰が作るだろうか。コマーシャル等の副次効果を狙っているのでない限り、面白がって作っても、いずれ破綻するのは目に見えている。
ふと光明が射した。俺は世界の真理に気づいた。
夜に作っておいて、次の朝に食べればいいじゃないか。
そもそも、何で仕事のことを考えてるんだ? 依頼は無事に果たせたんだし、もう止そう。俺はオアシス観光のことに頭を切り替えた。
オアシスの名産品は塩だ。砂海の奥深くで採れる岩塩で、味がいいと聞く。たぶんミネラルが豊富なのだろう。値段は普通に売ってる塩の 10 倍はするが、人気は高い。お土産としては上等の部類に入る。
珍味として、カラフルな淡水魚の干物もある。淡水魚を開いて岩塩を振り、カチカチになるまで干したものだ。湿気のない砂漠だから、干物作りには向いていそうだ。しかし、カラフルな淡水魚ってどうなのだろうか。
「極彩色の干物というのも、あまり食指が動きませんね」
「炙って食べると美味いぞ」
偏見丸出しな俺の発言を、エセルデが補足してくれた。
「美味しいなら食べてみたいです」
我ながら現金だ。
「金持ってんのか?」
「いくらなんでも干物を買うくらいのお金はありますよ。塩を買うにはちょっと微妙ですが」
家を買った後、ギルドで簡単な依頼を受けようとしていたら、砂虫退治に狩り出されたのだ。お陰でほぼ文無しである。今までは、船内の食堂が使えたから金を使う余地はなかった。しかし、観光ともなれば、そうはいかない。早急に金を用立てなければ。
バルバドスにでも借りようかと考えていたら、エリアルさんから天使の一言。
「よければお貸ししましょうか?」
「……お願いします」
俺は一瞬だけ葛藤し、真顔で頼み込んだ。金の貸し借りはしない性分だが、文無しに近いのでは背に腹はかえられない。返す当てがあるから、抵抗感はなかった。俺の信念なんて、所詮その程度のものである。
というより、貧乏ではないはずなのに、いつも金欠になるのはいったいどういった訳だ? 一時期アホほど転がり込んできたナノマシン関連の売り上げも、今となってはどこへやら。大体俺が地球にいたころにはすでに 8 ~ 9 桁くらいになっていたはずだ。
ともあれ、出会ってもすぐに別れるのが、俺と金の関係だ。
後腐れなさすぎて泣ける。
「センダーに帰ったらすぐにお返しします。その時にはご馳走させていただきますよ」
「気を使わないでください。でも……ご飯は嬉しいです!」
「そのくらいさせてください。
ところでエセルデ。報酬については聞いてませんでしたが、国の依頼だからボランティア、と言うことはないでしょうね?」
「あたりまえじゃ。何を言っとるんだ」
エセルデは呆れたように言う。
「で、いくらになるんだ?」
バルバドスも詳細を聞いてなかったな。なかなか大胆なやつだと内心つぶやいたら、次の瞬間リティの顔が浮かび、怒られていた。
いやいや、今回はしょうがないんだ。熊が悪い熊が。俺は真面目に計算した。
「砂虫はレベル 8 に設定されてましたね。確か軽白貨で 60 枚ですか」
「うむ、そうじゃの」
軽白貨はミスティルと呼ばれる貴金属製の高額通貨だ。 60 枚ともなると、日本円で 3,000 万円にもなる。
ちなみに日本とは物価が違うので、 3,000 万円 相当のお金があれば、つつましくではあるが、家族が一生暮らして行ける。どれだけあの砂虫が脅威に思われていたか、分かろうというものだ。
野生の動物が、人間の生活圏とニアミスをすると、こういうことになる。これは人間側で注意しなければならないところだ。
「まず費用じゃが、今回の討伐にかかった諸経費は国が負担するので除外する。
ただし、ヨットを出した船員たち 4 人には、大金貨で 6 枚ほど支払いたい。ヨットが壊れるまで活躍してくれたパルジャには、 10 枚を支払う心積もりでおる。なお、パルジャの船体修理費は、国が負担するから心配せんでいい」
「私たちの取り分に比べて、少なくありませんか?」
「儂らも船に対しては護衛料を取っておらんしのぉ。船員は船長から支払いがある。それに、その 4 人だけにあまり多く渡すと、他の船員との軋轢が生じやせんか。これくらいが妥当じゃろうて。あくまで儂らからの気持ちということじゃな」
「ってことは、どうなるんだ?」
「軽白貨 60 枚を大金貨に両替すると 600 枚じゃな。国税とギルド手数料で 4 割差し引かれると 360 枚になる。
そこから船員たちの 28 枚を差し引くと 332 枚じゃ。これを 4 人で頭割りすると 83 枚になる」
「え!? 私は見届け人なので、報酬をいただくわけにはいきませんよ!」
エリアルさんが焦って遠慮する。
「とは言うが、エリアルも討伐に参加していたのは事実。砂虫を倒し、見事に責任を果たした。今度は儂らが責任を果たす番じゃな」
「俺たちは構わないぜ。貰っとけよ」
「私も賛成です」
目に見えてうろたえるエリアルさんに、俺の思いを伝えた。
「私たちはチームであり、大切な仲間、命を預けられる戦友ですよ」
「報酬を支払う側がその報酬を受け取るのは、賄賂ではないでしょうか……」
「賄賂ではありません」
俺はきっぱり否定した。根拠はないが、そうでも言わないと、エリアルさんは受け取らないだろうから。
「報酬をチームで分け合うだけです。何の問題があるでしょう。
統一機構的に問題があるのであれば、黙っていましょう。どうせ分かりはしませんよ。一気に銀行に預けると疑われるかもしれないので、徐々に預けていくとか、ばれないやり方は色々あるものです」
俺の暴論に、エリアルさんは目を見開いて驚いた。おそらく、そういう手口を思いつかなかったのではないだろうか。
「利益を得るために悪事を働いたわけではないから、構わないでしょう?」
「そういうことじゃな」
俺に入ってくる報酬は、頭割りして 415 万円ってところか。大物退治だと、かなり稼げる。俺としては、死の危険が高い依頼は遠慮したいところなのだが。
実際に働いたのが最初の 2 日間だけだから、日給で 200 万。討伐期間の 14 日間で考えたって、日給 30 万にはなる。なかなかの稼ぎだ。
しかし、前回の蟲退治の日給 500 万円は際立っているな。というか異常だ。未だこの国の価値観に慣れてない身の上なので、金銭感覚を失わないように注意しておこう。
なお、賞金の受け取りはセンダーに戻ってからになる。
俺、エセルデ、バルバドス、エリアルさんは宿を取った後、晩餐のため近くのレストラン酒場に来ていた。
どういう訳だかカシートもいる。魔力制御の講習に参加するため、一緒に乗船していたのだ。
偉い人がふらふらしていていいのか。
「オアシスを放っておいていいんですか?」
「その疑問は今さらだな。オアシスの長がいるから問題ねぇよ」
「ちょっと待ってください。カシートが町長じゃなかったんですか?」
「町長じゃなくて族長だ。統一機構には町として扱われちゃいるが、オアシスは町じゃねぇ。聖地だ。治安を守れるくらいに勢力の強い一族が、オアシスを統治するんだ」
「じゃあ、カシートは何の長なんです?」
「俺はバルト砂漠を治めるクヌート族の長よ」
「もしかして、オアシスを取りまとめてます?」
「そうだ」
「大統領みたいな立場じゃないですか。ふらふらしていたら駄目な人ですね」
「そんなことよりもだ。魔法使いは金がないのか?」
「藪から棒に何ですか」
カシートに魔法使いと呼ばれるのが、俺の最近の悩みだ。
俺は名前にこだわらないから、シドーでも虎次郎でも好きに呼べばいい。何ならマッド・サイエンティストだって構いやしない。しかし『魔法使い』はダメだ。まかり間違ってそれが二つ名として定着してしまった日には悶絶するだろう。
本来、二つ名は、大変名誉あるものなのだ。二つ名が所属するギルドや国の機関に認められれば、名誉勲章を授与されたアメリカ人のように箔がつく。物理的なメリットもある。例えば、俺の所属する冒険者ギルドでも、ランク 10 オーバーの足がかりとされる。もちろん、ランク 10 までの手数料を納めた後の話だが。
だから自称することは論外だし、他人にそう呼ばせて悦に入っているだけでは、二つ名と言えないのだ。世間に広く認知されてこその二つ名である。
神槍エセルデや、かく乱のカシートならいいのだ。俺の二つ名が魔法使いになると、魔法使いシドー。
どこの魔法少女だ。
バルバドスあたりが呼ぶだけならまだしも、権力のあるカシートやエセルデはシャレにならない。つーか元はバルバドスから始まったんじゃなかったか? 余計なこと言いやがって。
「お金が無いのは事実ですが、魔法使いは止めてください。せめて師匠とかにって、ちょっと、どこに行くんですか?」
「すぐ戻る。ここの支払いは俺が持つから、皆で飲み食いしててくれ」
言われるまでもなくエセルデとバルバドスは遠慮なしに酒を頼み、俺は冷えた水を、エリアルさんはジュースを頼んだ。
何も俺は遠慮しているわけではない。すきっ腹にアルコールを入れると、深酔いする体質なのだ。だから夕食を食べてから飲む。
猛禽類の羽を生やした女性店員が注文を取りに来た。半鳥人の女性だ。カシートの言った通り、オアシスの半鳥人は美しい。切れ長の目は鋭くてキツメに見えるが、綺麗な顔立ちをしている。
「シドーさん、どうしました?」
「ああ、いえ、何でもありません」
エリアルさんが、ぼーっとした俺を怪訝そうに見た。
エリアルさんが立っているのは、ケンタウルス族が椅子に座れないためだ。
種族柄、立っているのは苦じゃないそうだ。むしろ立ったまま寝ることさえある。と思うことで、エリアルさんを立たせている後ろめたさを、無理やり納得させている状態だ。
「注文は決まった?」
「うむ。肉の煮込みを大盛りで頼む。後はキッシュと小皿を。つまみにデヌイの干物と水草の酢の物、酒はテキーラで。バルバドスはどうするのじゃ?」
「俺も肉煮込み大盛りでいい。それとウィスキー」
「了解。そっちの 2 人はどうする?」
「私は、肉の煮込みの普通と、野菜煮込みの大盛りを」
「へぇ、見かけによらず食べるのね」
微笑むと、とたんに柔らかさを感じさせる美貌になった。
「――お酒はエール、それとチーズをお願いします」
俺はうろたえて、食後に頼むはずの酒を注文した。そうだ、チップを渡そう。
「私は! 肉煮込みとサラダをお願いします! お酒はワインで!」
「ふうん、了解。お酒は直ぐに持ってくるから」
俺が服のポケットを探っている間に、鷹族の血を引くと思われる半鳥人のウェイトレスは、ウィンクして颯爽と去って行った。
俺は手のひらの小銀貨をもてあそびながら、チップを渡せなかったことを残念に思った。しかし、チップを受け取る前に去ったということは、そういう習慣がないのかもしれない。渡すタイミングが会計のときとか、もしくは料金に含まれているとか。
まあ、タイミングが悪かろうが、チップの習慣がなかろうが、渡す分には問題ないだろう。次に来たときに渡せばいいか。
「お待たせ。これがテキーラ、こっちがウィスキー。後、エールにワインね。これはうちのシェフから砂虫を倒した英雄たちに」
極彩色のロブスターだった。絶大なインパクトを誇る姿だ。これが真っ赤な殻をしていたら、さぞ美味しそうに思えたのだろうが、赤、青、黄色、黒と、原色に塗り分けられた伊勢海老ならぬオアシス海老は、俺にとっては刺激が強すぎた。青がなければまだ美味しそうに見えたかもしれない。
「お、美味そうだな」
バルバドスは抵抗がないようだ。エセルデやエリアルさんも平然としている。この世界では、原色ロブスターが一般的なのだろうか。
「ありがとうございます」
俺は礼を言い、ちょうど良い機会だと思い、ウェイトレスに小銀貨を握らせた。
怪訝そうに手の上のチップを見たウェイトレスの眦がつり上がった。
テーブルが静まり返った。
「シドーや、そりゃ不味かろうて……」
「グハハッ! 笑わすな!」
俺が不安になってバルバドスを見ると、ニヤニヤしている。エセルデは目が点になっている。どうやら不味いことをやったらしい。
「え、どういうことですか?」
「金を握らせるのはな、娼婦に一晩この値段でどうかって交渉してんだ。しかも渡したのが小銀貨だ。一夜の誘いだったとしても、そりゃ侮辱ってもんだ。なあ、姉ちゃん。クククッ!」
「なっ!」
俺は驚いた。笑いごっちゃねえよ!
「違いますからね!? さっきエセルデが船員に心積もりを渡すって言ったじゃないですか! それと同じで、サービスに対する心積もりですよ!」
「とまあそういうわけだ。分かったか、姉ちゃん?」
「なるほどね。でも姉ちゃんは止めて。そういうつもりじゃないのは分かったわ。意外と大胆なことをするわね。隣のお嬢さんが固まってるよ」
「ななな何のことですか? 私は平静ですけど?」
「ふうん。まあ私には関係ないけど。食事の用意ができたから運んでくるわ。後これはお礼よ」
鷹族の女性はいたずらっぽい笑いを浮かべて、俺の頬にキスをした。
「ええっ!?」「やるじゃねぇかシドー」「若いのぉ」
俺が呆然としている間に、ウェイトレスは身を翻していた。
エリアルさんからプレッシャーが発せられているような気がする。
「どどうしました!?」
「いえ、何でも……」
エリアルさんは一息でワインを呷った。
「あ、あ……」
俺は言葉を呑み込んだ。
「ふう……私も座ろうかな……視線が違うし」
エリアルさんは、馬がそうやって休むように、膝を折って座るつもりのようだ。
ならばと俺は立ち上がり、椅子にかけていたマントを床に敷いた。
「この上にどうぞ」
「ええっ!? いいですよそんな!」
「構いません。どうぞ」
俺が強い口調で言うと、エリアルさんは静々とマントの上で膝を折った。
「これで話やすくなりましたね」
「………………」
エリアルさんは頬を紅潮させ、急に無口になった。まあ、ワインを一気飲みすればそうなるだろう。
「儂もあんなことしてた時があったかのぉ」
「いや、アレはねぇだろ」
「何です?」
エセルデはテキーラ片手に遠いところを見つめているし、バルバドスは肩をすくめて何も言わなかった。
だから何だよ?
「お待たせ。肉煮込み大盛り 2 つに、普通が 2 つ。それと、デヌイの干物と、酢の物とチーズ。残りは順次持ってくるわ。ふふっ、なあに、キザなことしてるじゃない」
「女性を地べたに座らせておいて、くつろげませんから」
「それがケンタウロス族でしょうに。変わった人ね。私はウージェ。覚えられたら覚えておいて」
「私は祠堂虎次郎。シドーと呼ばれています」
「長い名前ね……シドーがいいわね。それから、貴方はエセルデでしょう。砂虫退治のリーダー」
「ほう、儂もまんざら捨てたもんじゃないのぉ」
エセルデは照れ隠しにテキーラを呷った。
「虎族の貴方はバルバドスで合ってる?」
「ああ、良く知ってるな」
「砂虫のせいで流通が滞って大変だったからね。貴方たちにはみんな注目していたのよ。そっちの娘が統一機構の責任者ね」
「エリアルです」
「この地を治めるミディエラの一族に連なるものとして、お礼を言わせてもらうわ。ありがとう」
「ほう、ウージェはミディエラ族か」
「ただ一族ってだけで普通の住民と変わらないけどね。だからこうして働いているのよ。追加注文があれば、気軽に声をかけてね」
「うむ。そうさせてもらう」
ウージェさんは去ったが、俺たちはやや人目を惹きすぎたようだ。
「あれが砂虫を倒したエセルデのチームか」
「あれが神槍のエセルデ、あっちが新進気鋭のバルバドスだろう」
「あの 2 人は?」
「新人じゃないか? これから名を馳せるだろうさ」
「あんなお嬢ちゃんがなぁ。偉いもんだ」
エセルデが拍手を打った。
「さあ、熱いうちにロブスターを食べるとしよう」
「おう」
バルバドスは喧騒など気にも留めず、ロブスターの前脚をもぎ取り、自前の爪で器用に殻を裂いた。
「ハサミがありますよ」
「いらねぇよ。しかし、こりゃイケるな」
魚臭くなると思うのだが。猫のように舐めて手入れするのだろうか。
「そうですか? じゃ、私もいただいてみましょう」
エセルデがもう一本のハサミをもぎ取っていったので、俺はハサミで尾を開き、肉厚の身をエリアルさんの皿に取り分けた。無論、遠慮しない獣人に持っていかれないよう、早々に自分の分も取る。
「ああ、あの!」
「もしかして、苦手でしたか?」
「口説いてるのか?」
「また意味が分からないことを……」
俺は眉間に皺を寄せた。
「この国じゃ、あんまりそういうことはしねぇからな。やるとしたら子供に取ってやるか、気障な野郎が口説いてるかのどちらかだな」
「そうなんですか?」
「上流階級の席では、係の者が小皿に取り分けたりするのぉ」
「やはりその国の文化があるんですね。余計なことをしてすみません、エリアルさん」
「い、いえ!」
許してもらえたようなので、俺はロブスターを口に運んだ。
「見た目が派手なので最初は敬遠しますが、これはいけますね」
「だろ?」
「あ、そっちの酢の物もください」
「私が取ります!」
「儂の分も残しておいてくれい」
「分かってますよ」
俺は皿を回すのが面倒なって、取り分けることにした。
「はいどうぞ。別にエセルデを口説いてはいませんから、安心してください」
「当たり前じゃ」
「バルバドスはどうします?」
「いらねぇ」
「じゃあチーズを上げますよ。エリアルさんは食べられますか?」
「はい!」
「儂にもチーズくれい」
こうして俺たちは、豪勢な料理に舌鼓を打つのだった。