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第 2 章 魔法 (7)

2.7. 建国暦 4220.03.17 : 共同統治区 - 第 1 オアシス



砂虫の脅威は去った。しかしあの砂虫が、オアシスを襲う最後の 1 匹とは限らない。いつかまた、あのような存在が砂海のどこかに現れて来るかもしれない。


「砂の民よ。夢忘るるべからず」


特撮映画のエンディングよろしく俺はつぶやいた。


オアシスの戦士たちは奇妙なものを見る表情で一瞥したものの、何も言わずに走り去った。シャイです。


彼らが復旧作業を行うための人手を連れてくる間、俺たちは倒壊した家屋の傍で話し合った。


砂虫を野生の動物と考えれば、人間を襲う理由はだいたい想像がつく。食べ物を奪う、もしくは食べるためか、敵対者とみなして攻撃するためか。


「子育て中の動物は気が立ってますからね。今後もあの航路を走る場合は、注意が必要でしょう」


「砂虫がいない航路を使う……でも向こうは自由に動き回る……

学者から意見を聞いて、研究チームを作って生態を調べて、研究費と人件費と滞在費がかかって、ああぁ」


エリアルさんは頭を抱えてしまった。砂虫のターンはまだ終わっていなかったようだ。


「私たちは倒してお終いですが、再発防止を考えなくてはいけないエリアルさんは大変ですね」


「私は方針を決めるだけですので、大したことはしていません。実際に作業する人の方が大変ですよ。

それに、砂虫をこうも迅速に退治できたのは、エセルデさん、バルバドスさん、シドーさんのお陰、感謝に堪えません」


エリアルさんは右手を胸に当て、一礼した。俺たちと同等の働きをしたというのに、謙虚な女性だ。


「あーでも本部に戻ったら直ぐに対策を考えないと……」


「なあシドー。結局、倒した砂虫は子育てするために砂船を襲ってたってことか?」


「たぶん。砂船を襲っていたのは、後から現れた砂虫の番。父親か母親かは分かりませんが、群れからはぐれた同胞を連れ戻そうとする思念を感じました」


「調子に乗ってると足元掬われるって見本だな」


思うところがあったのか、バルバドスが感慨深げに呟いた。


「砂虫に目をつけられないよう航海するにはどうすれば……船足を速くする魔具の開発か、威嚇用に軍から武器を借りてくるか……」


エリアルさんは考えに没頭して呟いている。


「統一機構だなんていったって、どこの国も牽制し合って手の内を見せたがらないし、(つて)がないと無理かなー」


「宮仕えは大変ですね」


「しかし思念とは言うがのぉ。砂虫の考えを感じ取ったなんて、一般には受け入れられん話じゃぞ」


遠くを見ていたエリアルさんが正気を取り戻した。


「シドーさんが制止したお陰で、戦いを避けられたのは事実です。もし戦っていれば、間違いなくオアシスの被害は拡大していたでしょう。私には、シドーさんの言葉を疑う理由はないと思います」


「シドーのことなら信用しておる。しかし、それが真実であるかどうかは、また、真実だとしても信じてもらえるかどうかは、別の話じゃよ」


「まったくですね」


俺は同意した。


俺が「動物の考えが分かるんだ」などと友人から言われたら、自称ドクター・ドリトルに十分な睡眠と、映画禁止と、精神的な診療を勧めただろう。


砂虫の考えを読み取ったなどという言葉を、誰が信用するだろうか。


「私が根拠のない思い込みでオアシスを危険にさらした、と言う人間はいるでしょう」


エセルデは毛並みが良くてゴツイ腕を組み、エリアルさんは憂いのある目で俺を見つめた。バルバドスは興味を失い、欠伸をしている。まあ、いいけどな。


「こっちは任務を果たしたんだ。それでいいじゃねぇか」


「儂らが倒し損ねた砂虫が、オアシスを襲ったからの。そこは説明せねばなるまいよ」


「オアシスの件は、統一機構が補償します。シドーさんが後から現れた砂虫を攻撃しなかったとしても、そこだけを問題視する人間はいないと思います。悪意があるなら別ですが……幸い、そういう人間は思い当たりませんので、報告書には、砂虫が現れ何もせずに退いたとだけ書いておきます」


「ちょっといいでしょうか」


「何じゃ?」


「私が砂虫の思念を読み取った状況について、話しておきたいのです」


「ふむ?」


「白状しますと、私は迷っていました。現れた 3 匹の砂虫を攻撃していいものかどうか、判断がつきませんでした」


話ながら魔力回路を起動させた。俺にとっての魔力の源、蒼く煌く星が、脳天から尾てい骨を貫いて光の柱と化した。感覚は研ぎ澄まされ、際限なくパワーがあふれ出すような全能感に支配される。


「果たして砂虫はオアシスを襲おうとしていたのでしょうか。仲間を取り戻そうとしていたのでしょうか。それとも他の理由があったのでしょうか。

彼らだって野生の動物、目的もなくこんな場所まで来ることはありません。戦いを避けられなら、回避するのが最善でしょう?」


「そうか野生の動物か……グフフ……」


エセルデは牙をむいて笑った。何を思いついた?


「しかしありゃあ襲撃だろ。黙って突っ立ってたら押しつぶされてたぜ。襲われたら反撃するのが俺たちのルールだ」


「草食動物だって、仲間がやられそうになれば牙をむきます。こっちに向かって行進しているだけで、攻撃と判断できません」


「実際はそんな悠長なことは言ってられんぞ。あんなのに踏まれたら、儂、死んじゃうし」


「だから私は迷っていました」


「シドーさんは優し過ぎます。そのことは美徳だと思いますが、いつかそれが原因で怪我をしそうで……心配です」


「優しいのではなく、余裕があったからですよ。私だって追い詰められば、自分の身を守るために攻撃します」


「んなこと言ってるから甘めぇっていうんだ」


「そうじゃのぉ」


「迷いは隙を生みます。時に致命的な隙も……」


この世界では、自分の命が何よりも大事な存在として扱われる。教育の結果というよりは、そういう文化なのだ。それに異を唱えるほど、俺は傲慢ではない。


思い起こせば、日本はつくづく暮らしやすい国だったと思う。考えさせられるところはあったが、俺はあの時代が好きだった。正確な言葉を使うなら、生きていくのに好都合だったのだ。よほどの事がなければ食べ物には困らず、命の危険も少なく、趣味や研究に向けられる余力があった。


ところが、この世界で生きるためには、以前と比較にならないくらいの労力を必要としている。そのために、この世界の人々は動き続けなくてはならないのだ。しかし、それでこそ動物であり、だからこそこの世界の住人は皆美しい。


俺は今の生活の方が、生きている実感が強くある。


戦争が終わってたかだか 100 年も経たず、日本は平和を得た。しかし、あの文明は平和と引き換えに、人間からかけがえのないものを奪ったのかもしれない。いや、それをいうなら文明自体にそういった傾向があるか。


停滞は腐敗への一歩だ。川は流れなければ淀みとなり、やがて腐臭を放ち始める。口内の細菌が最も繁殖するのも夜だ。それは、寝ているときに口内の環境が停滞するからだ。


休むのはいい。だが、留まり続けてはいけない。俺もこの世界の人々を見習って、動き続けていきたいものだ。


「たまにはそんな人間がいてもいいじゃないですか。それより見ていてください」


俺は星たちをできるだけ散らさないよう自らの内に封じ、流れを整え、右回りに回した。これが魔力を練るという行為だ。魔力は大きな重力に引かれる恒星さながらに、背骨を中心に公転を始める。


不規則に動く魔力の流れを整えたのは、単に好みの問題ではあったが、経験的に 2 つの意味があった。エントロピーの拡散を防ぐ意味合いと、魔力に意思を乗せやすくする意味合いだ。


「砂虫たちが向かう先にはオアシスがありましたから、エリアルさんが仰ったように、暴走した砂虫によって蹂躙される可能性は考えていました」


俺は完成された魔力をあえて変形させる。魔力で構成された幹から枝が分かれ、壁の方向に向かって伸びていく。また、枝に送り込んだ魔力が拡散しないよう、枝の魔力を練って固定する。


「いざと言うときには攻撃するつもりではいたのです」


伸びた枝が壁に触れた。魔力の枝は物質的なものではないから、壁を貫通するのは驚くに値しないが、それから感覚が伝わってくることに驚いた。見えない手がもう 1 本備わったような気さえする。


どうやら、魔力密度を濃くすることで、触れた情報が伝わりやすくなるらしい。これこそがテレパシーをもたらす魔力の性質だろう。


「魔力を細く伸ばしておるのか」


「よく分かりますね。

人間は業が深い。私のように罪悪感を感じていながら、強い力を求めるのですから。これが私の槍です」


俺が指差す方向に、皆の視線が集中した。


「あれ?」


「……何も起こらんのぉ」


エリアルさんはきょとんとしている。


「どうしたよ?」


バルバドスが不審そうに尋ねる。


俺はいたたまれない気持ちになった。


「足りませんでした」


「何がだ?」


「多分やる気が……」


思いの他、壁が、硬かった。ちくしょう。


物質への干渉が弾かれてしまった。俺は咳払いをして気まずい空気を払拭した。


背を正し、改めて意思を発する。ぼんやりと考えるのではなく、心の奥底から強く思った。


突き抜けろ!


魔力で作られた枝が脈打った。星の光が蠕動(ぜんどう)する。魔力自身が移動するのではなく、隣り合う金属原子が電子を運ぶように、俺の意思が伝達される。


魔力で作られた器官から、超感覚的な情報が流れ込み、俺と同化する。


枝の先端に螺旋のベクトルが発生した。もともと右回りに回転していた星たちは、堅固な壁に干渉しながら、ネジのように直進した。


円筒形にくり貫かれた部分が、壁の向こうに落ちた。直径 5 cm 程度の穴が開いた。


「よし! 成功です」


俺は吐息を吐き、胸をなでおろした。


「えっ?」


エリアルさんの驚く声と同時に、魔力で作った器官から情報が途絶えた。枝の先端が薄れ、形質を保てなくなったようだ。


俺は壁を見ながら呟いた。


「ふむ? 興味深い性質ですね」


俺は魔力の性質の一端を理解した。物質に対して仕事をしたときに、魔力が減るらしい。さすがに無尽蔵ではないか。


「何じゃと!?」


「うおおぉぃ!?」


「えええ、どうしたらああなるんです!?」


「まあまあ、順番に説明させてください」


俺はエセルデとバルバドスを放置し、エリアルさんをなだめた。


「ご覧の通り、魔力は物質ではありませんが、物質に作用する特性を持っています」


俺は本体とも言うべき幹から枝へ魔力を送り込み、枝を成長させた。枝の途中からさらに枝を分岐させ、最初に伸ばした 1 本を中心として、 3 本、 7 本、 19 本と増やし壁に並べていく。


「やたら細かいことをしておるようじゃな」


「まーたおかしなこと始めたぞ」


「お黙りなさいバルバドス」


全ての枝を右回りに回転させるのは難しかった。制御しきれていない。これではいずれ拡散し、消えてしまうだろう。そうなる前に、末端に力を送り込んだ。


「ヤッ!」


壁に 1 列に穴が開く。さっきより 1 回り小さい穴だ。整然と縦に並んだ穴は 19 個あり、その全てが壁を貫通している。


「ぬぅ」


「うげ」


「まぁ」


「凶悪な魔法使いだな」


「凶悪言わないでください」


枝の数が多い分、威力は弱い。魔力の不足というよりも制御的な問題だが、まあいい。ここまでが説明の前段だ。


「それに私が魔法使いなら、バルバドスやエリアルさんだってそうです。魔力の特訓を思い出してください。私が手を使わないで持ち上げていたでしょう。あれを少し発展させるとこうなります。基本的には同じ力ですよ。

いずれも、物質に対して干渉する前には、魔力で対象に触れる必要があります。それも魔力密度が濃いほど強い影響を及ぼすことができます。

そして、魔力は別の側面を持っていました。情報を伝えるのです。例えばこんな風に――」


俺はバルバドスに向かって手を伸ばした。あえて手を向ける必要はないが、そうすると魔力の形状を変化させやすいように思える。


「だわっ!? 危ねーだろ!」


バルバドスが奇妙な格好で飛び退いたため、実験は不発に終わった。


「何故避けますか?」


「避けるに決まってる!」


「傷つけたりはしませんよ。私は裏切りません。この言を違えたときは、私の命を捧げます」


テレパシーの人体実験をしたいのだが……テレキネシスじゃないって説明した方が良かったかな? 魔力で壁に穴を開けたしな。攻撃だと思われてもおかしくはない。


誤解を解こうと口を開いたところ、バルバドスは思いもよらないことを言い出した。


「命の誓いを立てられたんじゃしょうがねぇ。分かった!

『儚き太陽』の氏族(クラン)バルバドス、その言葉受け取った。シドーに問う。クランは個人のために、個人はクランのために尽くすが定め。汝、我らクランの一族となるを望むか?」


「突拍子もなくどうしました?」


何が分かったんだ!? 俺は分かんねーぞ。


「待て待て。ずいぶん端折ったの。バルバドスらしいと言えるが」


氏族の意味を問う俺に、エセルデは答えた。


「氏族とは血のつながらない家族のようなもの。何があっても裏切らぬ。その気持ちがあれば、入っておいて損はない」


「それが氏族ですか」


「命に代えても裏切らない」という言葉がキーワードで、勧誘のトリガとなったのだろう。自分の命を至上とする人間に、命を懸けてまで誓うと言うのは、思っていたよりも重い行為だったかもしれない。


俺は小学生の何時何分何秒的なノリで、「裏切らないから命なんてやらねーよ」くらいにしか考えていなかったが。




この世界は危険に満ちている。噂で聞くニューヨーク・ハーレムの路地裏や、南アフリカの激戦区よりも危険が身近にあるかもしれない。


そして世界は死に満ちている。そんな世界に棲む人間は、考え方も物騒になる。死を最後の手段ではなく、単なる手続きの 1 つして選ぶときがあるのだ。


そのような世界観に、命を懸けて相互扶助するマフィアのようなグループが生まれるのは、不思議ではない。


信用できる人間だけの組織か。


俺はより原初的な『群れ』のようなものを思い描いた。


「ふむ、バルバドスの群れですか」


獣人じゃない人間でも所属できるのだろうか。まあ、俺を勧誘するくらいだから大丈夫なのだろう。根本的な疑問としては、氏族とやらが俺に何をしてくれるのかということと、俺は何をすればいいのかということだ。


いや、実のところそれすら問題ではない。俺がバルバドスを信じる以上、些細な疑問だ。俺にとって不都合な提案はしないはず。などと楽天的に考えている。では何が問題かというと――


「私、集団行動は苦手ですよ?」


一匹狼を気取るわけではないが、今まで一人でやってきたのだ。いきなり集団行動を取れと言われても、性格的に向いていない気がする。軍隊に入隊したら、上官を撃ち殺す自信がある。


群れるのは好みではない。一方で、命を託せる関係を、大切にしたい気持ちはある。


「俺だって苦手だぜ」


「分かります」


「だから何でだよ?」


「集団で何かしようという集まりではない。基本的に行動は自由じゃよ。

重要なのは、所属する人間が信用できるということじゃ。

儂はこの依頼の後で、シドーを勧誘するつもりじゃった。だがバルバドスに先を越されたのでは諦めざるを得んな。ガハハ!」


「バルバドスとエセルデは別の氏族なんですね」


「そうじゃ。しかし所属する組織は違えど対立するわけではない。関係がなくなるわけでもない。むしろ余計な縛りがない分、真の友人足りえるかもしれんぞ」


俺はエセルデの言葉を聞き、安心した。決心がついた。


「バルバドス。お世話になります」


「『儚き太陽』の氏族はシドーを歓迎する」


バルバドスはニヤリと笑った。牙がちらりと見えて怖いが、喜んでもらえたようだ。俺も嬉しい。


「あの、私も氏族入りさせてもらうことはできませんか?」


バルバドスとエセルデが顔を見合わせた。


「お主は統一機構の人間じゃろう。いざというとき氏族を優先できるのか?」


大雑把なバルバドスに代わって、エセルデが質問している。


エリアルさんはしばらく悩んでいたが、やがて自分の意見を伝えた。曰く、自分は統一機構の禄を受ける身だから、氏族を優先することは出来ない。でも、いずれ自由になったときにお世話になりたい、と。


「我が言を『弓と医術の神祖』にかけて誓います」


少女を卒業したばかりといってもいい女性が話す内容だろうか。なんて誠実な女性(ひと)だと、俺はしばしエリアルさんに見とれた。実は名家のお嬢様と言われても納得だ。今のエリアルさんには、それくらい気高い気品があった。


陶磁器のように滑らかな頬が、うっすら紅くなる。不躾かと思い、俺は名残惜しい気持ちで視線を外した。


「エリアル。準備ができたらいつでも声をかけてくれ。『儚き太陽』の氏族は『弓と医術の神祖』の末裔にいつでも門戸を開いている」


「エリアルは義理堅いのぉ。儂のところへ勧誘したいくらいじゃ」


「いえ、私はそんな」


「分かっておる。勧誘などして困らせんから安心せい。ガハハ!」


「ハハッ! 私はエリアルさんほどの誠実さはありませんけどね」


「でもお人よしだろ」


「まさか」


間髪入れずに否定する。エセルデは肩をすくめ、エリアルさんからは、何故か哀れみの目を向けられているような気がする。いやいや、ホント違うから。


「儂の見立てでは、シドーはバルバドスと同じで大雑把じゃな」


「何だよ爺さん。確かに細けぇとは言わねーが」


「せめて大らかと言ってください」


「分かってるじゃねーか」


「私のことですよ」


微妙な緊張感をもって笑いあう俺たちを、エセルデが止めた。


「これこれ。からかった儂が悪かった。

儂が言いたかったのは、自律しておると言うことじゃな。一口に自律と言うが、これがなかなか難しい。初陣と言っても良い蟲との戦いで、儂を助けるために足止めをしたじゃろう。冷静に自分の考えをコントロールした。戦の経験なんてなきに等しいシドーがじゃぞ。これは誰にでも出来ることではない」


褒められたのだろうか。面と向かって褒められると、どうしていいか分からなくなる。普段褒められたことがない弊害だ。


そう言えば、ナノマシンを設計していた頃に、賞賛されたことはあった。だが、こんな気持ちにはならなかった。他人の考えなど分かりっこないと思っていたが、意外と人間は、上辺だけの言葉か、本心からの言葉なのかを感じられるように出来ているのかもしれない。


「そんなことがあったんですか! シドーさんは仲間思いですね。私、いつかシドーさんの背中をお守りします」


エセルデとバルバドスがニヤニヤと笑った。


「な、何ですか!?」


エリアルさんは頬を薄紅色に染め、二人を睨んだ。残何ながら、可愛いだけで脅しの効果はないようだ。だが、俺はエリアルさんの味方だ。


援護射撃するため、バルバドスに手を向けた。


「それでは続きを」


「だあ!! 何で向けるんだ!?」


「だから何で逃げますか?」


「シドーや、せめて訳くらい話さんか。バルバドスが怯えておるぞ」


「怯えてねぇ!!」


バルバドスが吼えた。


「近所迷惑ですよ。大声を出さないように。

砂虫の件を証明したいだけです。

私が認識している魔力の特性は主に 2 つです。 1 つは物理的な干渉を起こせること。もう 1 つは、情報を伝達することです。

前者は壁に穴を開け、後者は情報を読み取ります」


「魔力にそのような性質が……魔力で触れれば、バルバドスの考えが分かるのか?」


「分かると思います」


「ふん。そんならいいが、痛かったら眉毛全部抜くからな」


「それだけは止めてください」


「考えを読まれることは気にならんのか……」


エセルデは呆れ顔で頬を掻いた。普通の人なら抵抗はあるだろうが、バルバドスにそんなものはないのだ。


「本人の了承が取れたところで、さっさと実験しましょう」


不発に終わった魔力の枝を動かし、バルバドスに接触させる。先端は丸くした。意味があるとは思えないが、少しでもリスクを減らしたかったのだ。


魔力の枝がバルバドスの手に触れると、散逸的な情報が送られてきた。それはバルバドスの肉球の柔らかさだったり、黄色と黒の毛皮の下に秘められたパワーといった情報だった。


そして次の瞬間、その情報に積み重なるようにして、思考の一部が流れ込んで来た。


俺は、それらの情報と、重なった。


腹減った。食いてぇ。熱々の極厚ステーキ。ドラゴンの肉。美味かった。砂虫。不味そう。砂。鬱陶しい。センダー。住みやすい。砂漠。駄目。ダメ。うんざり。


情報には、色と感情と別の情報が紐づいていて、その情報にはさらに別の情報が紐づいていた。読み取った時間は一瞬であっても、送られてきた情報は膨大なものになっていた。


整理するのが大変だ。小説 3 冊を一気読みしたときのように、軽い頭痛を覚えたほどだ。しかも得られた情報がこんなだから、笑うしかなかった。


「何か分かったか?」


俺は苦笑しながらエセルデに答えた。


「とりあえず、バルバドスは砂漠が嫌いで、お腹が空いていることは分かりましたよ」


「他には?」


「魔力密度を高めて深く重なれば、もっと多くのことが分かると思いますが、やる気はありません。情報量が多すぎて疲れます。それに、深層心理は気軽に覗き込むものではありません。意味もありませんし」


「意味がないのか?」


「これは持論になりますが」


俺は前置きして続ける。


「人は自分自身の神を持っています。自分の中の世界で、王の如く振舞う神です。しかし外の世界ではそのように振舞うことはできません。理性や常識、対人関係などといった外の世界のルールに合わせて行動しないと、色々と不都合が生じるからです。

例えば、内なる神が慈愛の特性を持っていたとしても、外の世界が弱肉強食であれば、慈愛の性質が示される機会は少ないでしょう。

一方、凶暴な特性を持っていたとしても、法などによって暴力が規制されていれば、それを示す機会は減るでしょう。

そしてこれが重要なのですが、荒ぶる神の特性であっても、メリットがあると思えば慈愛の性質を示すことがあります。また、デメリットを承知の上で内なる神の特性を示すこともあります。ただし、それですら、外の世界のルールを破るデメリットと、神の特性を誇示したい欲求とがせめぎあった結果なのです。

そう考えると、人は必ず外の世界のルールに影響を受けています。内なる神と、外での振る舞い。果たしてどちらが本当の自分かと言えば、私は後者だと思っています。外圧に対して最適化された行動を取る――その選択こそが、その人物の性質を表したものと言えるのです。

だから深層心理など読まなくても、自分の目で相手を判断した方が、よほど早いと言えます」


「不敬で大胆な論理じゃが、言いたいことは分かった。内なる神がいるかどうかは別にして、一理あるかのぉ」


「私の場合、神とはもの凄い存在と同義語ですので、王でも本能でも野生でもかまいませんよ」


俺はさらに続けた。


「人は絶えず揺らいでいます。魔力で深く知ったつもりになった人物が、ある状況下で何を考え、どう選択するかは、確率でしか判断できません。絶対にこうなる、という状況は、ほとんど有り得ないのです。考えを読み取った私より、深く付き合った人の方が、よほどその人物のことを理解しています」


俺は皆の顔を見回した。


「だからこの能力は、その時に何を考えたか、ということしか役に立たないと思ってください。隠してある真実を探し出すようなものでもありません。理論上は可能でしょうが、現実にはほとんど不可能だと思います。それは人間が記憶している情報量が多すぎるからです。バルバドスに試して思い知らされました。例えるなら、この砂漠のどこかに隠した 1 枚の金貨を探し出そうとするようなものです。

魔力の研究が進んでも、それは変わらないでしょう。これは魔力の特性などではなく、人間の性質なのですから」


「しかし、その技術が脅威であることには変わりない。使える人間と使えない人間とで確執が生まれそうじゃの」


「確かに、使えない人間が使える人間を恐れて排斥したり、使える人間が使えない人間を見下すという文化が生まれるかもしれませんね」


「参ったのぉ。問題が大きすぎるわい」


この間、エリアルさんは真剣に聞き入っていたが、バルバドスはハルバードの手入れをしている。いや、何も言うまい。


「とりあえず、砂虫の件は次のように。

儂らは事前に、砂虫の生態を知る人物から情報を仕入れた。

砂虫は本来砂海に棲む動物で、砂漠では動きが鈍る。そんな環境に姿を現すのは、はぐれた砂虫を連れ戻そうとしていたからだ。

砂虫は群れを維持しようとする習性があるからだ。これがキモじゃの。

しかし討伐対象の砂虫は既に死んでおり、後から来た 3 匹は何もせずに引き返していった、という筋書きじゃ」


エリアルさんが言う。


「異なる研究結果が出たときが心配ですね」


「その時は儂らが得た情報が間違いだったというだけの話じゃ。個体差ということにしてもいい。

儂らの判断ミスを突かれる可能性はあるが、依頼は成功したのじゃし、失敗したときのことを考えるのは別の人間にやってもらおう」


エセルデが結論付けた。


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