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第 2 章 魔法 (5)

2.5. 建国暦 4220.03.16 : 共同統治区 - バルト砂海



「起きろシドー、砂虫が出たぞ!」


俺はビーチでモスコ・ミュールを飲んでいたはずだった。突然雷鳴が轟き、何故かそれがバルバドスの声だと気づいたとき、現実に引き戻された。


ここはどこだ……?


「あうぁ……」


俺は軽い見当識障害を起こしていた。


ブレスレット型端末を確認すると、 6 (ミラ)。地球時間では 5:00 にあたる。昨日は遅くまで魔力指南をしていたので、あんまり寝た気がしない。


「起きます起きます」


「先に行くぞ!」


俺は、機敏と思っている早さで防具を身に纏い、なるべく頭を揺らさないように船室を出た。階段を登り甲板に出ると、皆、既に揃っていた。


「遅いぞ、シドー」


エセルデは鋭い目で後方を観察している。


出航から 20 時間、平均的な船足で 350 km ほど東に進んだ計算だ。バルト砂漠はバルト砂海へと変貌を遂げ、砂はより細かく、砂の流れはより速くなっている。


砂虫は砂の流れに浮かぶように、追って来ている。直径 5 m 、長さ 30 m 程だろうか。やや寸胴なワームといった印象だ。サイズを別にすれば、海で見たことがあるような気がする。釣り人ならお馴染みだろう。


「ふわぁ……こんな早朝から現れるとは、ずいぶん調子に乗った釣り餌ですね……人間の怖さを思い知らせてあげましょう……」


我ながら抑揚のない平坦な声で宣言した。


「あれを餌にする魚に遭いたかねぇな」


「そうですね」


どんな魚を想像したのか、バルバドスがうんざりとし、エリアルさんが苦笑した。


「準備できたぞ!」


クルーの合図を受け、エセルデが作戦の開始を告げた。


「打ち合わせ通り、左右の舷からシドー、バルバドス。次に儂、最後にエリアル。儂が降りるまで、エリアルは足止めじゃ」


「オゥッ!」「了解……」「はいっ!」


バルバドスと俺は左右に走った。エセルデは左舷から降りるので、俺と同じ方角についてくる。ちらりと振り向くと、エリアルさんがサバンナに棲むトムソンガゼルを思わせる身のこなしで船尾に走って行った。バンビだバンビー。


エリアルさんが弓を構えた。砂虫に対して斜めに体を向け、上半身を少し捻って正対する。蒼い長弓は、ピアノ線もかくやという程の張力で張られている。魔具のシステムは、弓引く力の軽減に特化していて、それなしにはとても引くことが出来ない。


俺は足を止め、魔力回路を起動してエリアルさんの魔力を診た。魔力の講習をして昨日の今日だが、どこまで使えるようになっているだろうか。


エリアルさんが矢筒から長大な矢を取り出し、魔力を籠めた。しかし、魔力を練ることはできてないようだった。詳細に見ると、魔力は拡散気味で、魔力の流れる方向も統一できていない。


工程別に訓練した方が良さそうだな。エリアルさんには収束の訓練から始めてもらおう。そんなことを考えていると、エリアルさんは矢を番え、引き絞った。弓から矢の先端が大分はみ出している。おそらく、砂虫用に用意した特別な矢なのだろう。


一瞬の静。


そして解き放たれた。矢は放物線を描くことなく直進し、砂虫の頭部らしき部位に命中、羽のついた矢尻まで埋まった。


「おお!!」「殺った!?」


クルーから歓声が上がった。


とんでもない威力だ。人間なら貫通している。しかも矢は空洞になっていて、ホースから水が出るように血が噴き出した。


砂虫はたまらず身をくねらせ、砂船への追跡を中断した。


砂虫が体をくねらせるたびに血が噴き出している。


「ちょっと可哀想ですね」


「今じゃ、行けぃ」


狩人として割り切った、無常とも思えるエセルデの合図だ。しかし、それは正しい。同情で自分を危険にさらし、また、仲間をも危険にさらすことほど愚かしいことはない。


バルバドスが右舷から飛び降りた。


降りる前に、左舷から下を覗き込んだ。パルジャがスタンバっていた。


グローブをはめた手でロープを掴み、ほとんど落下する勢いで滑り降りた。着地間際にロープを強く掴み、勢いを殺す。革製のグローブが摩擦で焦げる。ほとんどゼロまで速度を落とし、ヨットに着地した。


「おはようございます、パルジャ」


俺は軽く伸びをしながらパルジャに挨拶をした。


「はぁん!? 寝ぼけてんのか!? 200 (セムト)で砂虫のところまで連れてってやる! その間に目を覚ませよ!」


200 刹は 60 秒だ。寝起きが悪いように見えても、意識ははっきりしているのだ。それなりに。


「それだけあれば目も覚めます。景気づけに最高速で跳んでください」


「振り落とされるなよ!」


パルジャは後ろに体重をかけて母船から離れると、その場でターンして砂虫に向かい始めた。


「今日もいい風だ! よほど砂の海に愛されていると見える!」


「それは間違いなくバルバドスですね」


一度失速したヨットは、風を掴んでスピードを増していく。


元々小回りの利くヨットを最高速仕様に改造しているだけあって、先の出たはずのバルバドスを追い越した。下手をすると、一般的な高速型の倍近くも出るパルジャのヨットだ。魔石消費量も倍になることから、別名、魔石喰いと呼ばれている。


給料つぎ込んで改造したんだとか。魔改造乙。


「何か言ったか!?」


「いえ、何も!」


ヨットはぐんぐんスピードを上げ、砂虫に近づく。遠目では実感が湧かなかったが、近くで見るととんでもない大きさだ。30 t(トン) トレーラー 2 台分以上と考えれば、その大きさが少しは分かりやすいだろうか。


トレーラーが近くを通り過ぎるだけで、風圧に巻き込まれそうになって危険を感じるというのに、今からその倍以上ある奴と殺り合おうというのだから、我ながら正気の沙汰ではない。


お金を稼ぐのは大変なのよ。


しかも奴の顔ときたら、鋭い三角形の歯が獲物を噛み切りやすいように円状に配置され、しかもそれが二重になっている。一体何を食うためにそんな物騒な歯がついているんだろうか? どんな獲物だってオーバーキルだろう。あれなら砂船だって一噛みだ。


打ち合わせでは、反転して、追いかけてから飛び移ることになっていた。しかし砂虫はエリアルさんの矢で傷つき、動きを止めている。相対速度は変わらないから、このまま作戦に入ろう。


「すれ違いざま跳んでください!」


パルジャに訓練時の大ジャンプをリクエスト。


「分かった!」


しかし想定外の事態が発生した。砂虫が体をうねらせ、尻尾を進路上に横たえてきたのだ。


「進路妨害ですよ!」


「邪魔だこの野郎!」


これは果たして偶然なのか。最高速で走っていたヨットは、もはや進路変更なんて利かない。このヨットなら直角に曲がれなくははないが、失速するだろう。砂虫の近くで止まるのは最悪だ。成す術もなく飲み込まれる。


「チィッ! 溜めて跳ぶぞ! しゃがめ!」


跳び越えることを選んだか。いい判断と言いたいところだが、選択肢がそれしかないのだ。


俺は返事をする間も惜しんで腰を落とした。膝が胸につくくらい引き寄せる。押さえ込まれたバネのように、パワーを足に溜める。


ヨットが砂の起伏に乗り上げた。頂点に達する瞬間、パルジャは体重を押し付けるように船尾に荷重をかけた。ボードがしなり、ヨットの後ろに重心が移動する。


「跳べ!」


パルジャの合図で、俺は全身をバネにして跳び上がった。


しなったボードが大地を弾く。起伏の小さい砂丘列で無理やり跳んだため、高さが出せなかった。ギリギリか。しかも距離が足りない。砂虫にぶつかる。


しかし天は味方した。


砂虫が尻尾を振ったのだ。奴は周囲の状況を認識しているようだ。敵対者に対する鉄槌は、この際好都合だった。


荷の詰まれたトレーラー級の重量が迫る。


「ヨットを水平に!」


高さが足りず、船尾が弾かれると判断した俺は、重心を船首側に移動させながら、パルジャに警告した。努力の甲斐あって、船首側に体重がシフトされ、ヨットは水平を取り戻した。その下を焦茶色の尻尾が通り過ぎていく。


引きつったパルジャに、俺はにやりと笑いかけた。


「ナイスジャンプ!」


俺は自由落下するヨットを蹴って、砂虫の背中に飛び移った。


視界の隅で、パルジャが親指を立てているのが見えた。




俺は空中で短剣を抜いた。振り落とされないよう、着地と同時に短剣を突き立てる。


砂虫の表面は砂に覆われていた。砂が撒かれたコンクリートのように滑りやすかった。膝を折り曲げて着地した俺は、しゃがんだ体勢で滑り出してしまった。慌てて腹ばいになり、短剣を柄まで埋め込んだ。


砂虫の血が噴き出し、俺は止まったが、運動量の相殺と引き換えに、緑色の血をくまなく浴びる羽目になった。


酷い臭いだ。卸したての服が台無しだ。何てこった。


俺は生臭さに憮然としながら立ち上がり、心なしか元気のなくなった砂虫に宣言する。


「貧血ですか?

生きながら解体されるのは気の毒ですが、これも弱肉強食の定め。恨みなど残さず、サクっと逝ってください」


俺は短剣を深々と突き刺し、肉塊を抉り取った。決して服を血まみれにされた逆恨みではない。


「もう始めてんのか」


ハルバードを背負ったバルバドスが、現れた。ブーツは履かず、 4 本の手足で砂虫の表皮に爪を引っ掛け、登攀してきたようだ。流石は虎族。木登りはお手の物か。


「早めにカタをつけましょう。シャワーを浴びたいんです」


「いっちょカマすか!」


バルバドスはハルバードを頭上で一回転させると、砂虫にエネルギーを叩き付けた。ハルバードは柄の半ばまで埋まり、止まった。柄が抵抗になって振り切れなかったようだ。


「ウォオリャァ!!」


しかしバルバドスは力任せに引き抜き、再度ハルバードを叩きつける。


「畑を耕しているようにも見えますね……」


俺もうかうかしていられない。短剣の角度を変えて斬りつけ、肉をこそぎ取っていく。


そのうちエセルデも参戦し出した。


「ドリャアァァ!!」


長い槍を半ばまで突き刺す。砂虫の生体に詳しくはないが、あれだけ刺せば、内臓まで達していると思われる。


こりゃ勝ったな?


果たして痛覚があったのか、砂虫が激しくうねった。単なる反射的な行動かもしれないが、そのくねり具合は今までの比ではない。


俺は完璧に油断していた。俺とバルバドスは宙に浮いた。


「オォ!?」


「ワォ!?」


まあ、油断してなくても結果は同じだったろうが。バルバドスはハルバードを砂虫に撃ち込み、返しに引っ掛けて弾き跳ばされるのを防いだが、短剣しか持たない俺は、あえなく宙に飛ばされた。


「魔力励起レベル 5」


俺は咄嗟に、ブレスレット型端末に音声認識のコマンドを飛ばした。魔力回路を活性化するには、精神統一など、意識の切り替えが必要だ。普段使わない回路を使うので、咄嗟に起動はできない。緊急時はナノマシンのサポートが必要だ。


第七世代ナノマシンが脳内ネットワークに電気パルスを流し、ほぼ限界レベルまで魔力回路を活性化させる。


しかし、この後どうするよ。


静止している物質を持ち上げることができたのなら、動いている物質に対しても干渉することができるはずだ。現に持ち上げた物を、空中で移動させた。それは動いている物質に干渉するのと同じことだ。俺を後ろに引き戻すか?


いや、ダメだ。力の加減が分からない。トマトみたいに潰れたら嫌すぎる。俺自身に作用させるのではなく、俺を押し返せるだけの力を展開できないだろうか。俺への直接作用ではないから、いくらか安全なはずだ。


それが失敗したら自分を吊り上げることを考えればいい。ただし、最後の手段としたい。


考えること数瞬。 1 秒にも満たない瞬間。


「ハッ!」


俺は空中で猫のように身を捻り、飛ばされる方向に爪先を向けた。


気合を入れてイメージする。静止し続ける力を。感覚的には透明な壁だ。足に固い感触があった。


「できた!」


膝を折り曲げてふわりと着地。壁に対して垂直に着地した俺は、そのまま逆方向に跳んだ。


魔力によって強化された筋肉は、 60 kg オーバーの体を難なく反転させた。今なら三角飛びの要領でビルの屋上まで行けそうな気がする。


忍術のパターンでも作ってみるかと、取りとめもないことを考えた俺だが、再び砂虫に着地することはなかった。


「砂虫が潜るぞ! 巻き込まれんうちに離脱せい!」


反転した意味ねーじゃねぇか!


砂虫は激しい動きで砂を掻き分け、潜っていく。


俺は慌てて砂虫の上に透明な床を創造した。冷や汗が流れるところを、めげずに再度ジャンプ。砂虫を飛び越えて砂の海に飛び込んだ。


ザフッ


足から落ちたので衝撃は少ないが、一瞬で胸まで埋まった。何だこの砂。パウダー・サンドか。


砂虫と距離が取れたのは良かったが、奴が暴れるたびに砂の流れが乱され、沈降スピードが上がって行く。


「ノオォー!! 誰か! ヘルプです!」


パルジャに教わったスラングで助けを求める。


「シドーさんが!!」


砂虫に矢を放っていたエリアルさんが俺に気づいた。


彼女が乗る 4 人乗りのヨットは、パルジャのヨットと違い、蹴飛ばしたくなるほど遅い。


間に合わないか? また魔法を使って脱出するか? できるか?


沈みながら何通りかの思索を構築していると、ヨットから飛び降り、砂の海を駆け出すケンタウルス族。


「エリアルさん!」


幅広の蹄鉄を装備していればこそだ。それでも浮力が足りなくて足首まで埋まってしまうが、常に 3 本の足が接地するような足運びで走り、最大限に浮力を利用している。


俺も少しでも距離を詰めようと、クロールで泳ぎ出す。水とは違って、遅々として進まない。それでも頑張った。


「私の背に乗ってください!」


なんて女神。


俺は最後の力で飛び上がった。腹の辺りまでしか浮かばなかったが、エリアルさんが抱きついて拾い上げてくれた。


「ありがとうございます。助かりました」


「どういたしまして」


俺は砂虫のことなど忘れ、エリアルさんが浮かべる可憐な笑みに見とれていた。




母船に戻った俺達は、船長を交えてミーティングルームで報告会を行なった。


白い髭を生やした船長が口火を切った。


「まずは砂虫を撃退してくれたことに感謝する。こちらはパルジャのヨットが故障したくらいで、ほとんど被害らしい被害は出なかった。

ヨットについては、センターボードが破損、魔具のシステムにも異常が出た。応急処置は不可能で、船舶ギルドで部品を換装する必要がある。今後は 3 台のヨットしか運用できない」


「そうか。儂からも報告しよう。砂虫には逃げられてしまったが、それまでに与えたダメージを考えると、数日中に失血死する可能性が高いと見ておる。

ダメージ詳細は、上部に多数、側面に 3 ~ 4 (リー) の刺し傷 3 箇所、空洞矢は 5 本埋め込んだ」


「遠目に見ていたが、獅子奮迅の活躍でしたな。それにしても砂虫の上に乗ると言う発想はなかった」


船長は感心したように頷いた。


「普通の人間にはお勧めできませんがな」


エセルデは、俺たちが普通の人間ではないように言う。バルバドスはともかく、俺は普通なのに……


「致命的なダメージを与えたと考えてもいいでしょう。自然回復するのは無理と判断します」


見届け人であるエリアルさんが後押しした。形式的ではあるが、エセルデの報告が事実であると保証されたわけだ。


「では予定通り、このまま航路を回って第 1 オアシスに向かう」


「はい。私は本部に連絡して、第 1 オアシスへの航路を重点的に捜索させます。生きた砂虫が発見された場合は、 2 週目を回っていただきます」


「了解した」


船長が同意した。


「儂もその心積もりでおる。にしてもお前達、ひどい臭いじゃぞ。シャワー浴びてこんか」


「ああ、服は洗濯係に洗わせるが、防具は自分で洗ってくれ。服と同じに洗っていいなら、一緒に出してもいいがな」


白髭の船長は冗談めかして言った。防具はそれなりに手入れが必要だから、自分でやるしかない。


「私達はシャワー室に直行しますから、すみませんが替えの服を持ってきていただけますか」


「それならシャワー室にサイズ別のベース服が用意されていますので、使ってください。使い終わったらランドリーボックスに入れておけば係の者が洗います。

ただ、砂虫の血を浴びた服は他の洗濯物と混ぜると顰蹙を買いそうなので、用意したタライに入れて置いてください」


「分かりました。行きますよ、バルバドス」


「今夜は酒が美味そうだぜ」


その言葉通り、第一オアシスで盛大なる歓待を受けた俺達は、浴びるように酒を飲むのだった。


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