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第 2 章 魔法 (4)

2.4. 建国暦 4220.03.15 : 共同統治区 - バルト砂漠



ザアァァァ


帆に風をはらんだ砂船が砂を切り開き、砂の海を颯爽と滑る。エスパ町からバルト砂漠に散在するオアシスに向けての航海が始まった。


旅の第 1 目的は、バルト砂漠のオアシス航路上に出没する砂虫の討伐だ。


バルト砂漠には、多くの砂虫が生息している。その中で問題となっているのは、船を襲うことに味を占めた砂虫だ。


砂虫を見つけた端から駆除していては、被害が馬鹿にならないし、無駄な労力を使うことになる。だから、俺たちの乗る砂船が囮になり、ターゲットを誘き寄せて討伐するのだ。


砂虫が現れたらすぐ対応できるよう、俺たちは甲板上にあるミーティングルームに詰めていた。


クルーがマストの上部にある見張り台から昼夜警戒を行なっている。俺たちも暇を見ては、甲板から果てしない砂漠を監視している。


ザルト山脈から吹く風が砂漠の表面を風紋で彩り、時に巨大な砂の丘を作り上げる。


砂船は砂丘列を越えて行くことができないので、そういった障害物を迂回しながら航行することになる。如何にスマートな航路を取るかが、船長の腕の見せ所だ。


白い日差しがキラキラと砂に反射する中、俺は船首で両手を広げ、タイタニックごっこをしていた。


「シドーは何をやっておるんじゃ?」


「人身御供の儀式じゃねーか?」


「神官のように、航海の安全を祈願してくれているのでは?」


惜しむらくは、ネタを分かってくれる人がいないことだ。しかも海とは違って砂埃が舞い、爽快感がない。


「儂としては砂虫が出てくれないと困るんじゃがのぉ。ところでシドーはその短剣でいいのか?」


俺は、思ったほど楽しくなかったことにがっかりしながら、仲間の方を振り向いた。


「相手は大物中の大物ですから、攻撃というよりは解体でしょう。剣でも短剣でも大差ないと思いますよ」


砂虫の皮膚は硬く締まっている。不安定な足場で気の抜けた攻撃をすると、身の途中で刃が止まってしまう可能性がある。そのため、剣速が速く、振り切りやすい短剣を選んだのだ。この方が、少ない体力で効率的に解体できるはずだ。俺の理論上は。


しかし短剣だけでは不安もあるため、ミーティングルームに斧、鉈、ハルバード、槍、剣などを用意しておくことにした。いざと言うときにはこれらをクルーに投げてもらい、武器をチェンジすることができる。


前回に引き続き、装備は軽装だ。アンダーウェアの上に白いベース服。その上にオーバーは着けず、革のベストを着込んでいる。腕は革グローブと軽金属製の籠手。脚は編み上げブーツと軽金属製の脛当てだ。その上に砂色のマントを羽織り、顔には黒い布を巻いて砂からガードしている。


クルーも含めて、甲板に出る人間は例外なく顔を覆っている。砂漠には暑いイメージがあったが、季節と強い風が吹きつける環境でかなり寒い。昼夜顔を覆っていても問題ないくらいだ。


熊族のエセルデは、連結式の槍を背負い、兜、胸当て、篭手、脛当て、ブーツなど、軽金属製の動きやすさを重視した装備だ。パワーファイターでありながら軽装備を選択しているところが、高いレベルで攻守バランスの取れたエセルデらしい仕様と言える。


虎族のバルバドスは、身長より高いハルバードを背負い、肘、膝、手首・足首だけに防具をつけている。これらは防御力を上げる意味合いもあるが、どちらかといえば攻撃のための防具だ。速度重視の仕様だ。


ケンタウルス族のエリアルさんは、長弓の魔具と、中身が空洞の矢を背負い、上半身は革の胸当て、足に幅広の蹄鉄をつけている。蹄鉄はおそらく、砂の浮力を上げるためなんだろう。落ちたときの対策かもしれない。


「ならば良い。皆、手はずを確認しておこう。

砂虫が現れたら、反対側の舷にヨットを降ろす。攻撃の準備が整うまで、エリアルは船尾で矢を打ち続け、接近を防ぐのじゃ。

後ろに接近されるとヨットが降ろせん。最悪、何もできずに沈められる。そこまで接近されたら、バルバドスとシドーが飛び乗って攻撃するしかないの」


俺はバルバドスと顔を見合わせた。


「一歩間違えば追ってくる砂虫の口の中にまっしぐらじゃないですか」


「船尾側のマストに登って飛び移れば良かろう」


「冗談キツイぜ、爺さん」


俺は乾いた笑いを貼り付けて、マストの頂上を見上げた。


「自殺できそうな高さですね」


「誰が一番上まで登れと言った。帆を押さえている下の棒から飛び乗るんじゃ。もしくは助走をつけて甲板から飛び乗るかじゃ。好きな方を選べ」


「どっちも好みじゃありませんね……」


現物を見ないと何とも言えないが、砂虫が甲板より高いということはあるまい。それなら助走をつけて、飛び移れないことはない。しかし俺が砂虫の立場なら、急激に速度を落として、飛び乗ろうとしてきた間抜けを一飲みにするだろう。


やりたくねぇ。


「船尾に張り付かれる前に、可能な限り連射して引き離します」


黒いベールの向こうの表情は見えないが、エリアルさんがやる気を出したようだ。


「誰よりもエリアルさんには期待しています」


「はい!」


「爺さんは飛び移らないのか?」


「そういうのは身軽な奴がやるもんじゃ」


「マジか」


「最悪の場合じゃから、そんな真似せんでいいことを祈ろう」


バルバドスが空を仰いだ。


「俺の分まで祈っておいてくれ」


この世界の宗教は地球ほど押し付けがましくない。神々の中から一柱を信仰するだけだ。そこには勧誘も宣伝も妨害も無い。ただ神に祈りを捧げるのみ。敬虔な信者もいれば、無宗教の人間もいる。人それぞれだ。


バルバドスは俺と同じで無宗教だ。神に祈っている暇があったら、自分で選んだ道を進みたいのだ。


『信じる者は救われる』


『神を信じないものは自分自身を信仰しているに過ぎない』


地球にはこんな頓珍漢な言葉を吐く宗教家がいる。


自分を信用できない人間が、神と言う絶対者の威を借りて、神を持たないものを脅迫する。神を信じたいなら一人で信仰していればいいものを。


俺は自分自身をあまり信用してはいないが、俺の判断基準となっている『過去の科学者達が体系化した知識』は信頼している。中には間違っている知識もあるだろう。間違った判断を基に、間違った行動をしてしまうこともあるだろう。しかし、その都度修正していけばいいではないか。人は過ちを犯す生き物だ。そしてそれを省みることができる生き物だ。


もしかしたら神は全能なのかもしれない。宇宙の全ての法則を知っているのかもしれない。しかし、神が人間に対して、その全能を振るうことがあるのだろうか? いや、神は何もしない。少なくとも俺にとっては。大多数の人類にとっても。


神を信じる者は間違いを犯さないのか? 否。俺達と同様に間違いを犯し続けている。それは歴史が証明している。


偶像化された神ではなく、人知の及ばない存在を神とするのであれば、太陽でも、地球でも、人ですら神となる。太陽の中心は人知の及ばない領域だ。人間の 60 兆個の細胞も、そこに含まれる 30 億塩基対の DNA も、その膨大な数ゆえに人知の及ばない領域だ。DNA 1 つとっても、 1 つや 2 つのサンプルならともかく、 60 兆個の全てを調べることなど物理的に不可能だ。


科学的に予想することはできる。サンプルを調べて統計的に予測することもできる。しかし、全てが予測通りになっていると思ったら大間違いだ。現に、科学知識は随時更新され続けている。


原子の位置と運動量の両方を正確に知り得ることが出来ないのと同様に、人が知り得ないことなど幾らでもある。


俺が「私は神を信じますが、あなたは信じないのですか?」と臆面もなく言ってくる人間に敬意を感じられないのは、彼らがそこで思考停止しているからだ。その段階で思考停止している者に、大いなるものへの敬意があるとは、少なくとも俺には思えない。


人知の及ばない存在と交信するシャーマニズム。人は大いなる存在を知っている。賢しげに言われるまでもない。先史時代の壁画には、すでに偶像化された神のような存在が描かれていた。


しかし、大いなる存在を無条件に信じるのも、信じたから何が起こるわけでもないと分かっているから信じないのも、個人の自由でしかない。


一方、科学者の知識は繁栄をもたらしてきた。もたらしすぎた嫌いはあるが。


神。知識。


どちらに信頼を寄せるかなど、俺にとっては自明だ。俺は『それ』を積み重ねていけば、いずれ神にすら到達すると思っている。俺にとっての神とは、信じるものではない。探求するものだ。


だから俺達に神の加護はない。


「そんなことを言っておるから、お主は運が悪いんじゃ」


敬虔なエセルデが呆れたように言った。


しかし、バルバドスはそれで不自由したことは一度もないのだ。


「バルバドスは悪運が強いじゃないですか」


「結果的にじゃろ。過程に問題がある」


「結果が良けりゃ何でもいいぜ」


「そうですね」


「まあいいわい。昼飯を食べたら全員ヨットに乗って訓練するぞ」


「やれやれ、午後は砂まみれか」


エセルデの言葉にバルバドスが嘆息した。




訓練はトラブルを想定して、必ず 2 艇以上のヨットで行われる。まずは俺とバルバドスが訓練することになった。


俺とバルバドスは小回りが利くタイプの砂船に乗り込む。ヨットと言うよりはウィンドサーフィンだ。ボードに対してマストが固定されておらず、 360 °動く仕様だ。


俺とペアを組むのは豹族(ヒョウぞく)系人族のパルジャだ。身長は俺と同じ 175cm くらいだが、体重は 50kg そこそこに見える。かなり痩せ型だが、ガリガリといった印象は無く、恐ろしくしなやかな筋肉がついている。それが豹族系の特徴で、細マッチョを突き詰めていった体型だ。


甲板から、ロープに繋いだヨットを左舷から降ろす。パルジャがセイルを張る間に、俺はロープを伝ってヨットに降りた。ヨット上でのタンデム位置は、俺が先頭になる。パルジャは後ろで舵を取る。


「準備はいいか!」


「いつでもどうぞ!」


パルジャが牽引用ロープを切り離した。ヨットはいったん、砂船の進行方向から斜め後方に遠ざかる。


ヨット版の砂船の感覚に慣れるよう、自由に走ってもらうことにした。


「パルジャ、適当に走ってみてください!」


砂船では一般的に、クルーに敬称をつけて呼んではいけないらしい。クルーは大声で名を呼び合うが、最初から最後までを強く発音しているわけではない。船乗りにとって、聞き取りやすい発音というのがあるのだ。


敬称をつけると名前が長くなる。つまり、節が増える。名前を強く発音すれば、敬称が弱くなる。結局、名前の部分しか聞こえない。敬称を強く発音するのは、個人の特定が出来ないので意味が無い。それどころか、不要なクルーの注意も惹き、返って有害だ。ならば、最初から敬称はいらないというわけだ。


郷に入っては郷に従え。


ついでに言えば、命令形で話さなければならないのだが、俺はまだ言葉が不自由ということで、免除になっている。クルーは、流暢に標準語を話す俺を不審そうに見てはいたが、バルバドスの説明で半信半疑ながらも納得してもらえたようだ。


「分かった!」


パルジャは後ろに体重をかけ、砂船から離れた。直後、ヨットは風を掴み、結構な速さで走り出した。


「こ、これは相当な速度が出ていますね……」


剥き出しで直接風を感じるのと、砂面が近いのを考慮にいれたとしても、事前に聞いていた 36 km/h よりも間違いなく速い。少なくとも人間が走って出せる速度ではない。


しかし俺は調子に乗る人間だった。


「ならばパルジャ! 最高速を!」


「おう!」


砂の流れと風を読み、ヨットは一条の風となって砂の海を駆け抜けた。


「うわぉ!?」


砂の表面のちょっとした起伏で何 m もの距離をジャンプする。


前方に大き目の起伏があった。高さは 40 ~ 50 cm といったところだが、この速度ではどれだけ跳ぶか分からない。


「また跳ぶぞ! ジャンプと着地で衝撃がある!」


「了解!」


俺は力を抜いて重心をニュートラルにし、マストから張り出している横棒を握り締めた。


「膝を軽く曲げろ!!」


起伏の頂点を駆け抜ける瞬間、ヨットは垂直にそそり立ち、とんでもない高さまで跳び上がった。 7 ~ 8 m 下に砂面が見えた。


「怖っ!?」


「着地するぞ! 膝で衝撃を吸収しろ!」


ヨットは水平を保つために頭を徐々に下に向け、船尾側の船底で着地した。前に乗っていた俺には、一瞬遅れて衝撃があった。


「なんか思ったより跳ばなかったかな? だが、どうだ、これが俺の砂船だ!」


「素晴らしい! もっとやりましょう!」


「シドーは話が分かる奴だ!」


調子に乗った俺達は、母船を楽々と追い抜いた。呆れ顔のエセルデを横目に、ヨットは砂面を切り裂き、最高速で直進する。母船を置き去りにして、大分引き離しただろうか。前方に砂丘列が現れた。


「空中でターンかますぞ!」


「え!? いや了解!」


ヨットは砂丘列の頂上を跳び越した。


「ヒャッハー!」


「ヤーハー!」


俺達は絶好調だった。知り合って間もないが、お互いの胸のうちが分かるような気がした。もちろん気のせいだ。


空中で方向転換。傾斜を滑り降りて U ターンをした。


風向きの関係で速度は落ちたが、ヨットはそのまま逆進し、砂船の右舷へ回り込んだ。訓練していたバルバドス達のヨットをパスする。


「砂船の横でジャンプできますか!?」


「できるが、何する気だ!?」


「砂虫に見立てて、甲板に飛び移ります!」


「やってみよう!」


ヨットはもう一度 U ターンをして、徐々にスピードを上げながら母船を追いかけた。


「右舷でやるぞ! ジャンプの頂点でヨットを蹴って飛び出せ! こっちの着地は心配しなくていい!」


「了解!」


小さな起伏を利用してジャンプ。先ほどよりも強い衝撃があった。ヨットは空に向かってより強く駆け上がり、俺は上昇の加速を利用して、頂点に到達する前にふわりと飛び出した。


空中で身体を縮め、着地する直前に伸ばし、全身のバネで衝撃を吸収する。まるで自分自身が鳥になって飛び込んだかのように、ちょうど良いスピードで甲板に着地した。


俺は振り返ってパルジャの着地を確認する。


「パルジャ! ファンタスティック!」


「シドー! グレイト!」


俺達は親指を立て、船乗りのスラングでお互いを称えた。


「こらこら、むやみに危ないことをするんじゃない!」


「この人たちを組ませたのが間違いなのでは……」


「今日はシドーは終わりじゃぞ。次はエリアルじゃ」


エセルデに怒られてしまった。楽しかったのに。


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