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第 2 章 魔法 (3)

2.3. 建国暦 4220.03.14 : リーティング州 - エスパ町



腹八分目ということで、 2 人前の串焼き定食を平らげた俺は、腹ごなしに魔力トレーニングを行なうことにした。


甲板に上がると、 3 月の夜風はまだ冷たい。ザルト山脈から吹き下ろす冷たい風が、マントの表面を撫でつけて行く。大金貨 2 枚分に相当するマントだが、防風はしてくれても断熱まではしてくれない。 10 分もじっとしていれば身体の芯まで凍えてくる。


俺は人気のない船尾に向かった。船上でプライベートを確保しようと思ったら一苦労だ。寒々しい星空の元、座禅を組むことになる。


「さ、始めますか」


目を閉じて瞑想する。深く息を吸い込み、長く吐いた。意識を切り替えるための予備動作。特に意味があるわけではないが、落ち着くような気がするのでやっている。


そして魔力回路を活性化させる。日頃の成果か、今では第七世代ナノマシンのサポートがなくても魔力を扱うことができるようになった。


感覚が鋭敏になっていくのが感じられる。肉体に魔力が満ちると、身体機能が活性化する。寒さに抗うかのように体温が上昇していく。


さらにもう 1 段、活性化させる。


目を閉じていても様々な情報が流れ込んでくる。冷たく乾いた風。バルト砂漠の表面を転がる砂の音。空から降って自分を貫通していくエネルギーまで感じられるような気がする。


最近は膨大な情報量にも慣れてきたようで、情報の奔流を上手く処理する方法を身に付けた。無理をせず、あるがままを受け入れればいい。活性化した脳が必要な情報を処理してくれる。一点に集中するのではなく、全体を見ながら運転するのと同じ感覚だ。


俺はもう一段、魔力回路を活性化させた。あまり魔力を消耗すると意識を失う危険性がある。依頼に支障が出かねないので、程ほどにしておく。レベル 3 程度でいいだろう。


準備完了。


俺は目を開いた。


蒼い夜空に凄まじい数の星が瞬いていた。注意深く観察すると、深海の底を思わせるダークブルーの(とばり)にも、針の先ほどの光が無数に散りばめられているのが分かった。肉眼で見える倍、 12 等級くらいまでは見えているようだ。


星々の踊りがあまりにも美しくて、宇宙のどこかにある惑星表面で夜空を見上げている俺としては、自分の孤独とちっぽけさとを二重に実感させられ、大声を出したくなった。


あの星のどれかが太陽かもしれない。帰れるとは思っていなかったが、寂寥の思いを感じるのは致し方ないだろう。


我が身を見下ろせば、夜空に輝く力の象徴が宿っている。星の祝福を受け、自分自身が銀河になったような気がした。


この惑星も、星の光を介して、この宇宙のどこかにある母星と繋がっているかもしれない。


「別の銀河系、もしかすると別の宇宙かも知れないけれど、俺はここで生きている。楽しくやってる。だから心配しなくていいよ」


俺は 2 人に日本語で語りかけ、首を振って感傷を振り払った。


身体の正中線を中心に、無数の星々が集まっている。星は右回り、左回りに渦を巻き、肉体の外にまで公転半径を広げようとしている。


俺は整然としたのが好きなのだ。でたらめに動こうとする星を右回りに統一させ、拡散しようとする星を押しとどめる。やがて星たちの動きは統制され、右巻きの渦巻銀河となった。


これが魔力を練るということだ。意思が通しやすくなる。まあ、全ては感覚的なもので、本当のところは俺の妄想でしかないという可能性もある。


俺は右手の先からそっと星の力を放出させ、火熾し用の魔具に魔力を注いだ。


ゴウッ!


ゴトク部分から今までにない炎が吹き上がり、青白い舌で俺の髪を舐めつけた。


「わわっ!?」


慌てて火熾し用の魔具から距離を取り、魔力の供給を停止する。


「何だ今のは!?」


「船尾で光ったぞ! おい!! どうしたー!?」


「いえいえ、何でもありませんよ! 気のせい気のせい!」


俺は髪をかきあげ、少し焦げてしまった部分を払い落としながら、その場を取り繕った。


「気のせいじゃねーよ!」




取り繕えなかった。見張り番に突っ込まれるわ、船長にチクられるわ、しかも連絡がエリアルさんまで行ってしまったようで、怒られた。


火遊びして怒られたのは小学生の時以来だ。融通の利かない奴らだと思ったが、クルーの末端まで統制が取れていて、頼もしいと強がってみる。


「火の扱いには気をつけてくださいね」


「すみません」


俺はうなだれた。


「まさかあんなに勢い良く火が出るとは」


「火熾し用の魔具から炎が吹き上がるなんて、故障してたんでしょうか?」


「たぶん、魔力を練ったせいで、魔具の性能が必要以上に発揮されたんでしょう」


「魔力を練る、ですか?」


「本当はそういう言い方はしないのかもしれません。魔術師ギルドあたりだと、魔力の流れを調整することは何て言うんでしょう?」


「魔術師ギルドですか……あそこは秘密主義者が多いので、公開情報以外は厳密に管理され、秘匿されていると思います」


「思っていたより閉鎖的な組織ですね。

魔力を練るというのは、魔力の流れをコントロールすることです。魔力を練ることで、魔力の質が高くなるのではないかと考えています。魔具にただ魔力を籠めるよりも、性能が上がるようです」


「シドーさん。よろしければ私に、魔力を練るところを見せていただけませんか?」


「ええ、構いませんよ」


手探りで効率の良い魔法の使い方を調べているが、もっと効率のよいやり方が常識だったりするかもしれない。エリアルさんの意見を聞いてみたいので好都合だ。


「火熾し用の魔具は危ないので、光の魔具を使います」


エリアルさんが頷いたので、光の魔具で実験することにした。


「魔力を練った場合と、練らない場合の違いについて実験してみましょう」


「お願いします」


俺は魔力回路を一気にレベル 3 まで活性化させる。


光の魔具に魔力を籠めると、まともに見られない程の光が出た。俺は砂漠に向けていた光の魔具から、魔力を遮断した。


「凄い光ですね」


「私は魔力のコントロールが下手なので、魔力を多く籠め過ぎてしまったかもしれません」


「んー」


エリアルさんは可愛らしく小首を傾げた。


「確かに魔力の量で強弱はつけられますが、私ではそこまでの光は出せませんよ。シドーさんは魔力量が多いのかもしれませんね」


「そうなんですか」


俺の場合、魔力回路を活性化させていくと魔力量を増やすことができる。レベル 3 まで上げた魔力量が多いとされるなら、この世界の住人の魔力量は レベル 2 くらいなのか。魔具が使える程度の魔力があればいいのだから、増やそうとは考えないのかもしれない。訓練によって増やせるとしたら、どの程度まで増やせるのか興味を抱いたが、ひとまず俺は考えを保留した。


「では次に魔力を練ります。私の場合、魔力は、星の光の集合体として感じられます。エリアルさんはどのように感じられますか?」


「あまり意識したことはなかったのですが、そう言われてみると、自分自身の魔力は青く透き通った水……のように感じます」


「感じ方は人それぞれなのでしょう。他の人にも聞いてみたいですね。では――」


俺は星々を導き、制御していく。


「魔力の源となる星は不規則に動こうとします。その流れを統一させます。私は右回りの渦になるよう回転させていきますが、人によっては左回りかもしれません。私はそれを、魔力を練ると呼んでいます。具体的にはこのように――」


「あっ! さっきとは比較にならないくらいの魔力を感じます!」


「魔力の総量は変わっていないはずです。結果的に魔力の密度が上がったために、魔力が認識しやすくなり、増えたように見えているのだと思います」


美人にいいところを見せたいのが男の性だ。俺は丹念に魔力を練る。やべぇ、テンション上がってきた。


「これから魔具に魔力を籠めます! 籠める量は先ほどと同じくらいです」


俺は光の魔具を天に向け、右手から魔力を押し出した。炎と違ってどれだけ光っても問題ない。さあ、光るがいい。


光の魔具に魔力が注ぎ込まれた瞬間、 SF アニメの戦艦が主砲を撃ったような太い光の束が、甲板から夜空に向かってそそり立った。


これにはちょっとびびった。


レーザーと違って収束性はないので、光の魔具から回折した光が甲板を余すところなく照らし出した。


「おいおい、何だあの光は! どんな魔具使ってるんだ!?」


「普通の魔具です」


俺は船員に聞こえないのを承知で答えた。五感の鋭くなった俺は、離れたところでこっちを監視しているクルーの声もばっちり拾ってしまう。


「それよりあの魔力すげーな。何者だ?」


「人族のシドーって言ってたけど、聞いたこたぁねーな。流石、神槍エセルデの仲間ってことか」


これ以上晒し者になる気はないので、供給していた魔力を切ろうとした。


「ん!? ホワチャァ!?」


右手に違和感を感じ、痛みに変わった瞬間に、慌てて光の魔具から手を離した。光の魔具は甲板を転がり、暗闇が戻ってきた。


「だ、大丈夫ですか!?」


「え、ええ……」


俺はブルース・リーのように、冷たい甲板に片膝を立てたポーズで手を付いた。格好つけてるわけではない。熱を冷ましているのだ。


光の魔具に半田ごての機能があろうとは意外すぎる。 ハッスルしすぎたか?


「あー!」


大金貨 2 枚以上もした魔具が壊れたし!


魔力を籠めすぎるのも危ないが、魔力を練ってから籠めるのはなおヤバイ。


とりあえず火傷にはなっていないようだ。俺は右手に息を吹きかけながら考えた。


「まさか光の魔具でも危険だったとは、予想外でした」


壊れるということは、設計・製作者も想定外の魔力を流してしまったということなんだろう。電化製品に過電流を流し込んだようなものか。だとしたら壊れるはずだ。


道の上の砂を踏むかすかな音を聞きつけた俺は、ため息混じりに終了を告げた。


「エセルデとバルバドスが帰ってきたようです。部屋に戻りましょうか」


エリアルさんが振り向くと、ステップからバルバドスの虎頭が現れた。


「面白そうなことやってんな」


「魔法の実験ですよ。そっちこそ早いじゃありませんか」


「日付が変わる前に帰れなんて言われたら、飯食うぐらいしかねーだろうよ」


「2 人のことだから軽く飲んで来ると思ってました」


「今から飲んでしまうと日付が変わってしまうのでな。ガハハッ!」


軽くっつったろ。ほどほどという言葉を知らない獣人たちだ。


「にしても、この間まで魔力の籠め方を知らなかった奴が、今じゃ誰よりも魔力のエキスパートだ。笑えるぜ」


「そうなんですか!?」


エリアルさんが驚いている。


「こういうのも要領がいいと言うのかのぉ?」


俺は第七世代ナノマシンの恩恵を受けているから、習得が早いだけなんだよ。


エリアルさんは意を決したように言った。


「シドーさん。私に魔力の扱いをご教授いただけないでしょうか」


「と言うことは、私のやってる魔力操作は一般に知られていないんですね」


「魔力を操作するという概念自体、私は始めて聞きました。とても優れた能力であると認識します。私にできることなら可能な限りのことはします。お金でも働きでも。是非、教えていただけませんか!?」


エリアルさんからは、興味を超えた真剣さを感じる。隠すほどのことでもないし、俺は頷いた。


「仲間から賭け金以外のお金は取りませんよ。私に教えられることなら喜んでお教えしましょう」


「本当ですか!?」


真剣な顔から一点、欲しがっていたおもちゃを買ってもらった少女のような無邪気な顔になった。美人はどんな顔をしても絵になるからいいよな。


「ただし前もって言っておきますが、私のは我流ですので、後から魔術師ギルドで正当に学ぶとき、支障が出るかもしれませんよ?」


「後悔なんてしません!」


「ついでに俺にも教えてくれ。魔術師ギルドに入ることは一生なさそうなんでな」


「バルバドスもですか?」


俺は意外に思った。近接戦闘のバルバドスが魔力を使うシーンがあるのだろうか。


「ああ。あんだけ光れば目くらましや罠に使えるだろう」


「確かに。私としては構いませんよ。エセルデはどうします?」


「儂も同席はさせてもらおうかの。バルバドスのを見て、使えそうだと思ったら儂もやってみよう」


「人柱ですね。いいと思います」


「よかねーだろ」


エリアルさんがくすっと笑った。


「では、続きは部屋でやりますか?」


「ミーティングルームが空いているので、そこを使いましょう」




「とまあ、これが魔力を練るということです」


俺はエリアルさんに説明したことを、バルバドスとエセルデにも説明した。


「ところで、皆さんは魔力を扱うときに、感覚が鋭くなったり、奇妙な現象が起きたりはしませんか?」


「私は弓の魔具を扱うときに、感覚が鋭くなるような気がしていました」


「儂も昔使っていた槍の魔具で覚えがあるのぉ」


「良く分からねーな。具体的にはどんなことだ?」


「そうですね。感覚の鋭敏化以外では、手を触れないのに物が動いたり、攻撃を受けても思った以上にダメージが少なかったりといったことでしょうか」


「俺の使ってる魔具が、そんな感じだが」


バルバドスの両手、両足についたリング状の魔具は、攻撃時に肉体を保護する機能がある。


「なるほど。言われてみると似ていますね。それをもっと極端にしたような現象はありませんでしたか?」


エセルデがはっとしたように言った。


「いや、待て。昔、見たぞ。どのような魔具を使ったものかと思っておったが、魔術師ギルドの人間が手を触れずに物を動かしておった。今思い出した。シドーには心当たりがありそうじゃな?」


俺はうんうんと頷いた。やはり既成の技術か。俺が数日で発見できたものが、専門の研究機関が発見できないはずがない。何かしらの意図の下、あえて公表しなかっただけか。


「おそらく心当たりがあります。実は、魔力量を増やすことによって、魔具を介さずに魔法に似た現象を起こせるんです。試しにやってみましょう」


俺は魔力回路をレベル 5 まで活性化させた。


意識を失う前に、手早くバルバドスのハルバードを引き寄せる。


ソファの後ろに立てかけたハルバードが、柄を向けて宙を飛んできた。俺はそれを左手でキャッチした。


俺の左手にあるハルバードを見て、エリアルさんは目を見開き、バルバドスは顎が外れんばかりに大口を開けた。エセルデは腕を組んで考え込んでいる。


「魔具を使わぬ魔法か……これは大変な発見じゃな。何が大変と言って、魔術師ギルドのメンバーでないものが本物の魔法を使い、しかも秘匿されていたものを広めかねんとあっては、魔術師ギルドに仇なすものと決め付けられて刺客が来かねんぞ」


「でも魔術師ギルドが秘匿している情報と決まったわけでは――」


エリアルさんの言葉に、エセルデは首を振った。


「間違いない。魔力が大きくなって物が動く。かつて儂が見た光景とまるっきり同じじゃ」


「なんだ爺さん。魔術師ギルドじゃ下っ端でもそんな真似ができるのか?」


「下っ端じゃないわい。ギルドマスターじゃ。儂と同じで元がつくがの」


「マジかよ。そいつより魔力が多いって、どんだけだよ。ククッ……グハハハッ! さすがシドーだ! 訳わかんねぇ! ギャハハハッ!」


何かがツボにはまったのか、バルバドスが馬鹿笑いを始めた。


空気を読め。こっちは刺客なんていらねーんだよ。


「さすがバルバドス。恐怖心が欠片も見えないのは頼もしい。いいでしょう。私の全力を以ってバルバドスに魔力の練り方を教えましょう」


「さすがシドー、分かってるじゃねーか。 2 人で刺客どもを返り討ちにするんだな」


「……一瞬でそこまで読みますか。というか、私の襲われる危険を半分にしたかったからなんですけど」


「あくどいのお」


「意外です……」


「細けぇこたぁいーんだよ」


「まあ考えなしに広めなければ、大丈夫じゃろ。たぶん」


「心休まりませんが、バルバドスもエリアルさんも乗り気のようですので、やりましょう。拷問されても私が教えたことは内緒にして下さいね」


「神祖に誓って」


「いや、まあ冗談なんで真面目に返されると反応に困ってしまいますが」


エリアルさんは真面目に頷いたが、バルバドスやエセルデは肩をすくめただけだった。まあ、この 2 人は拷問されても素直に白状するタイプではないし、拷問した奴は必ず殺すタイプだ。


俺は確信している。何の心配もしていなかった。


魔法の講義は明日からにしようと思ったが、何故か直ぐに始めることになり、結局、日が替わった後も講義は続くのだった。


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