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序章 Hello, Another World ! (1)

0.1. A.D. 2022.05.09 : 東京 - 地下研究所



白を基調とした突起物のない地下室の中心に、祠堂虎次郎(しどうとらじろう)なる男がいた。後に 21 世紀最大のマッドサイエンティストと呼ばれる男である。


その部屋にはほとんど物がなかった。ライトやセンサーの類は目立たないように埋め込まれ、どことなく精神病院の隔離室を思わせる。壁の一面に埋め込まれたディスプレイが、その部屋で唯一の存在感を主張していた。


隔離室のような地下室で、虎次郎は電気パルス測定用のヘルメットをかぶっていた。上半身裸で剣を持つ姿は、後のマッドサイエンティストというよりは、只の危ない人だった。科学者にしては、意外にも締まった体つきをしている。しかしだからこそ余計に近寄り難いのだが。


虎次郎は剣を振り、バランスを確かめた。


剣は刃引きされているが、それは銃刀法違反に気が咎めたわけではなく、単に本物が手に入らなかったためだ。入手できるのであれば、平然真剣を使っているだろう。バレなければいいという性格である。


虎次郎が剣を振る度に、ディスプレイに映る擬似的に立体表示された脳に、緑のラインが走った。


脳内を流れる電気パルスだ。


特定の行動パターン時における電気パルスを記録し、人工的に電気パルスを再現させることで、肉体を動かそうという試みだ。


趣味のために通っている剣術の基本型を正確に繰り返しなぞり、データを平均化していく。


「やべ、ブレた」


正確でない動作のデータは破棄する。必要なのは、正しい型に発生する電気パルスのみ。極力余計な力を発生させないのがコツだ。


「こんなもんかね」


左手首につけた自作のブレスレット型端末で調整を行い、パターン a に登録する。ちなみに、右手首にも全く同じスペアの端末がつけられている。


ヘルメットを床に置いた虎次郎は、ブレスレットを操作し、パターン a の遅延(ディレイ)を 1 秒にセット、剣を構えた。


「それじゃ、パターン a スタート」


別に声に出さなくてもいいのだが、そこは雰囲気を重視ということで、未認可の第七世代ナノマシンへ指令を飛ばす。


一定のディレイの後、虎次郎の意思に関わりなく体が動いた。


右上から左下への袈裟切り。剣術道場の師範が見ても、完璧に近いと言わしめるであろう型だった。


正確さに重点を置いたため、速度はさほど速くはないが、見物人がいれば、剣術の達人と思ったかもしれない。


何度か実験を繰り返し、ディスプレイに映る姿に満足した虎次郎は、軽くうなずいた。


「ここからが本番だ。パターン a の 2 倍速」


正眼の構えから、寸分たがわぬ型が繰り出された。ディスプレイに映し出される速度は、およそ 1.8 倍といったところか。


「ちょっと調整するか。ちょいちょいのちょい」


端末を操作して、発生させる電気パルスに調整を加える。


「パターン a 、 2 倍速」


2 倍速の袈裟切りが、空間に斜めのラインを引いた。


「いいね。パターン a の速度に関する定数を設定。そんじゃ 3 倍速」


リラックスした構えから、ディレイを除けば瞬時に発生する型には、予備動作というものがない。


一流の剣術家であっても、その型を避けるのは厳しいだろう。まあ、先手を取られれば、素人同然の虎次郎には成す術もないだろうが。所詮、机上の人間である。


「ふむ、ちょいとキツイが耐えられる。次はパターン a の 4 倍速」


4 倍速の斬撃は、生身の人間が出せる限界に迫っていた。目にも留まらぬ、とまではいかないが、普通の人間が反応できるスピードではなかった。


「痛てて……こりゃ負担が大きいか。どうする、やめるか? いや、男ならガンガン行こうぜ。そおれパターン a、 5 倍速!」


おそらくそれは、古来より理想とされ、剣術家の目指した究極の一型。刃筋は 0.1 mm(ミリメートル) も乱れることなく、剣の先端は空を切り裂き、虎次郎が「もしかして時空間を斬っちゃった?」と厨二なことを考えてしまう程の速度だった。


仮に人間に向かって放たれたならば、そしてそれが真剣だったならば、太刀筋は左肩から心臓を切り裂き、右肋骨を切断して抜けただろう。斬られた本人は、痛みを感じることなくショック死するはずだ。たぶんだが。


しかしそれは、腕立て 50 回程度をこなす程度の筋力しかない虎次郎に、可能な動きではなかった。


「うおぉぉぉぉぉぉ、超いてぇ!!!」


転げまわる残念な科学者に常駐する第五世代ナノマシンが、鎮静作用のあるエンドルフィンの分泌を促し、痛みを緩和させる。体中に散ったナノマシンが、最寄の箇所から両腕に集合し、千切れた筋繊維を修復していく。


「だ、だめだ、海王拳は 4 倍がギリ……」


脂汗を流しながらうつ伏せになっている姿は、とても他人に見せられたものではない。


その言動は明らかに夕方 4 時からの再放送アニメに影響されている。


祠堂虎次郎(しどうとらじろう)。これでも 28 歳である。


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