7話 閃光の一撃
ケイはアイシアの目線を追って見た先に、怪しい人物が居ることに気がついた。
「アイシアさん、あの人は……?」
ケイが視線を向けると、向こうもそれに気付き、物陰へと潜んだ。
二人に緊張が走る。
「近付かないで!」
「ひっ」
不安から寄ると、彼女は勢いよく下がった。
「私に敵意が無いなら、ゆっくり下がって、できれば向こうで立っていなさい」
ずっと向こうの、開けていて目立つ場所を指差す。
「うあ、は、はいぃ!」
彼女の剣幕に負けて、慌ててその方向へ走った。
(どうしよう。
アイシアさんはどうなるんだろう。
もし彼女に何かあったら、僕はどうすれば……)
十分離れた場所へ走り、息を切らしながら必死に考えた。
呼吸が安定すると、足音が近付いている事に気付く。
「ッ?!」
黒いマントがはためいた。
振り返ったケイに、その人物は既に影を落とす程に接近していた。
次の瞬間、それはケイの首元目掛けて、音速に近い速さで剣を振る。
(やばい、死ぬ)
キレキレの生存本能を発揮する。
始めてこの剣を手にしたときと同じ感覚が、電流のように流れた。
直後、純白の剣を手元へ瞬間移動させる。
30度前後にそれを傾け、男の剣を乗せてその軌道を変えた。
「チッ!」
舌打ち。
せっかくの不意打ちを流されたからだ。
ケイは即座に杖を出す。
水魔術の一撃。
怯んだ瞬間を見逃さず、無詠唱で水の魔術を叩き込んだ。
男の腹に直撃する。
「ぐはっ!! クソッ」
苦悶の表情を浮かべ、腹を抑えて飛び退いた。
それは、先程アイシアが見ていたのと同じマントを着た男だった。おそらく、仲間だろうとケイは考える。
前髪の隙間から、男の様子を直接確認する。
与えたダメージがじわじわ効いているようだ。
痛みに耐え切れず座り込み、蹲る。
それでも戦意はあるのか、睨みながら剣を握りしめていた。
「ケホッ、ヴゥ……」
「あ、あなたは誰ですか! 何が目的だ!」
勇気を出して問いただした。
「ぐ、お、俺はエルアルドに雇われた者だ……! アイシアという娘を連れ戻すと……」
「アイシアさんを?」
「お、前もッ、何も知らないなら、カネをやるから……ぐっ」
彼、いや、彼らの目的はアイシアにあるようだ。
(そういえば、エルアルド伯爵家がどうとか、実家には帰らない、だとか言っていたっけ)
ケイにアイシアの家の事情について、関与する資格は無い。
しかし──
──ここで何もしなかったら、アイシアの信用を得られない。
「お金は要りません」
杖を構える。
「駄目か。どうやら、油断のできない相手だったようだな」
そう言うと、体勢を整え、深呼吸をした。男の纏う雰囲気が変わる。
彼は、やけにタフだとケイは感じる。
ケイは本能に突き動かされるかのように無意識的に、剣を杖と合わせて両手で握りしめた。
一瞬アイシアへ視線を向けた瞬間、男が動く。
(やばい、剣で打ち合いなんてっ)
水魔術の勢いを剣に乗せ、斬撃を弾いた。
「うぅっ!」
弾くと、飛び退かれた。
ケイは今ので理解する。攻めたらやられる。
「水魔術で……いや、所詮はただの小細工だな」
男と距離を置こうと、後退りする。
が、それを許すほど甘い相手ではない。
「剣の打ち合いは苦手かな? 無詠唱の坊ちゃん」
「うぅ、ぐっ」
気付かれた。
男はまた飛びかかる。
(隙が分からない)
容赦ない連撃。
なんとか避けたり、水魔術の補助で弾いたりするが、数回の打ち合いで細い腕は限界に近い。
「うわああっ! うぅ……」
見切るのすら神経を削る。いつまでこの集中が続くか分からない。
それでも、人を殺すのはいやだった。
「うりゃああッ!!」
大きく跳ね除けた。
バシャッ、と水飛沫が上がる。
「はぁ、はぁ……」
「降伏をするなら今の内だ」
連撃が中断されると、また距離を取って、警告をしてきた。
ケイはその間も思考を止めない。
男は剣で切りかかる際の間合い、そして、魔術を避けるための間合いの二つを使い分けている。
態度こそ高圧的だが、ケイに魔術を当てられてから油断は一切ない。おそらく、むこうは殺してもいい気だ。
遠距離攻撃はどうだ。
剣とともに握っている杖を向けた。
避けの構えを取られた。
(水魔術だと避けられる)
避けたら回り込まれて、打ち合いになる。
風魔術はどうなる。
(ダメだ、使ったら殺してしまう!!)
「ッグ!」
思考の邪魔をするように、隙を見つけた瞬間また連続して切りかかってくる。
なんとか受け止めた。
(だけど、風魔術は使えないわけじゃない──)
「うぐっ……」
「オラオラッ! そろそろ諦めたらどうなんだ!」
打ち合い。
しかし、ケイには光明が見えている。
今だ。
「──セイッ!!」
とある瞬間を狙い、風魔術の素早さと鋭さ、そして剣自体の物理的破壊力を合わせる。
それを、男の剣に叩き込んだ。
直後、暴風が巻き起こる。
「ッ!! 何ッ」
フードが外れ、男の素顔が露わになった。
オレンジがかった金髪、青緑の目。
そして、彼の剣は砕けるでもなく、すっぱりと斬り落とされる。切り口は鏡のようだった。
──やった、とケイは思考する。
風魔術での武器の破壊、ケイの狙いは正にこれだ。
男にとってそれは、ケイとの戦闘では予想していなかった事態だった。
目を見開き、彼の脳に驚愕と焦りが広がる。
ケイはその剣の切り口に、自身の姿が映るのを見た。瞬間、背筋に電撃が奔る。
(なぜ、今までにないくらい世界がスロー再生になってるんだ。
もう終わったはず……)
男は、ケイの配慮のおかげで無傷だ。
ケイは武器の破壊のみが可能な瞬間を精確に狙っていた。
しかし、男の武器は、ケイが破壊したそれだけではない。
「ふんっ!」
「ッ……!!」
空白。
男は袖に隠していた短刀で、ケイの右胸から臍の左下の方までを大きく斬った。
「グふッ!!」
加えて、追撃。
腹の皮が捻じれるほど、強烈な蹴りだ。
ケイは何もできなかった。
(え……? 僕のお腹、裂けて……)
追撃を食らった直後、ケイはようやく状況を理解し始める。
「お前が悪いんだぞ。俺は降伏には応じるつもりだったんだ」
蹴り飛ばされたケイは、血を撒き散らしながら宙を舞い、無慈悲に地面に叩き付けられる。
それを見て、フードを被り直しながら冷たく、少し残念そうに言ったのだった。
(斬られた……? お腹、お腹が熱い)
数メートル程遠くへ吹き飛ばされ、背中と後頭部を強く地面にぶつける。剣も杖も手放してしまっていて、男の方に落ちていた。
平和な世界で暮らしていた少年と、実戦経験のある大人の戦士の差。それは無詠唱魔術で埋められるものではなかった。
ケイは傷の大きさを確認するため、胸の辺りから下へ、その傷をなぞり、指は腹部を触る。
とても、嫌な感触だ。
ケイはすぐに、傷口を押さえた。
傷口を押さえていると、こちらへ歩み寄る足音がする。
様子を確認するつもりのようだ。
ケイが上を見ると、すでに男は近くに。
それでもケイには、生を諦めるという選択が目に入らない。
どうする。死にたくない。
「うっ、お前、その出血でまだ意識が……」
ケイは手にべっとりと付いた血を飛ばした。
突然の事に驚き、毎度の如く対魔術士の間合いまで下がった。咄嗟にそうしたのは、魔術は杖がなくとも発動自体は可能だからだ。
目に入った血を拭う。
(死にたくない……ッ!!)
ケイは強く願った。
すると、男の後ろで、眩しく光った。
「ッ?!」
──直後、男の後頭部に、純白の剣が叩きつけられた。
当たったのは持ち手の端の部分だ。
バタッ、と男の倒れる音がした。
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