急
世界はクソだ。
これまでも世界はクソだったし、これからも世界はクソだ。世界がクソじゃなくなる日なんてのは来ない。
そのクソを続ける為にメシを食わなきゃならないし、メシを食うには働かなきゃならない。
世界はクソだ。
誰もがこんなはずじゃ無かったと思うだろう。だがこんなはずじゃ無かったと思えるくらい理想を高く持てていたか?
そうやって曖昧なクソが仕方なしに生きているんだ。世界がクソなのは仕方ない。
見てみろ、労働だってクソだ。
今までもこれからもクソだ。
おれも労働と言うものに対して具体的な想像を持っていなかったにせよ、まさかスーツを着ないでシフト労働に従事するとは思わなかった。
報道だろうが物流だろうが医療だろうが生産だろうが、おれたちは絶えずクソを産み出し続けてはそのクソを消費する。
社会と言うのは多かれ少なかれシフトが組まれた体勢で回る事を前提としている。
9-17時の労働などと言うものは存在しないと言うのは労働に接してみて初めて理解するものだ。
そうやって自身を納得させながら、まだ暗い道を自転車に乗って職場へと向かう。
人生はクソだ。
朝は垂直にやって来ない。
朝は水平にやってくる。
だからまだ終わらない夜の中を仕方無しに進む。
吐く息が白い。
夜中は既に春の深い懐の中だ。
路面の細かな感触を拾うタイヤ、スポークからハブに伝わりベアリングが笑い声を立てて激しく回転する。
原動機に頼らない速さ。人力と言う原始的な速度。風を切る音。
人生や賃労働についてクソだと考えるのが馬鹿馬鹿しくなる数少ない瞬間のひとつだ。
その快感に身を任せて大通りを東へと向かう。少なくともセックスより楽で、酒より身体には良い。
甲州街道の端、自転車を転がし、積み重ねた疲労を見て見ぬふり、つまり誤魔化し、進み、見慣れた交番の前にあるゴミ集積所に人がいるのを見た。
信号。赤。交番の前。気をつけても進むべきじゃない。
ゴミ集積所。うずくまる人影。
別に深夜だろうが早朝だろうが、ゴミを捨てにくる人間はいるだろう。
そこに誰がいても何の不自然さも無い。
「もういやなの」
ゴミ集積所にしゃがみ込んでいた女が叫んだ。
あぁ、まただ。
何度も繰り返しても人生はクソだし世界はクソだ。おれは救われない。誰も救われない。
だが。
「もういやなの」
口に出してみると、案外と悪くない響きだ。
「もういやなの」
自転車を降りて歌うみたいに叫ぶ。
「もういやなの」
「もういやなの」
労働なんてごめんだ。通勤もいやだ。
「もういやなの」
おれは叫ぶ女を横目に交番に入り、婦警さんとセックスした後に拳銃を借りて自殺させてもらおうと思った。




