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 世界はクソだ。

 街が綺麗になるたびに窒息しそうになるが、どいつもこいつもニコニコしながら工業ウォッカを舐めながらスキップしてやがる。


 むかしはバス停に灰皿があったんだ。

 細いポールの先に青い球体の灰皿があって、多くの場合は中の水が足りずに燃えた吸い殻が白い煙を上げていた。

 狼煙を失った俺たちは、死ぬしかなかった。

 それは駅のホームも同じだ。労働者たちは行く先を見失った。


 だからもう何も無い。世界はクソだ。

 もし世界戦争になって全てが終われば、また始められる。それは素晴らしい世界だ。


 すっかり綺麗になったバス停を見ながら、その近くの駐車場で煙草を吸っていると、女の叫び声が聞こえた。

「もういやなの」

 黒いスーツを着た女がフラフラと歩いている。短く切り揃えた前髪と後ろに長く伸びた黒い髪が曇り空を写して鈍く光る。


「もういやなの」

 そう叫ぶ女の眼鏡の奥にある目は見えない。


 俺だってもう厭だよ。

 でも叫ぶ女とはあまり関わりたくない。

 その女がバス停のベンチに座るのとほぼ同時に目的のバスが来た。

 俺は煙草を靴の裏で消してから吸い殻を砂利の隙間に押し込んだ。


「もういやなの」

 女が叫ぶ。

 俺もだよ。もうウンザリだ。


 さっさとバスに乗り込んで後方の座席に座り、叫ぶ女のことなんかすっかり忘れて外の景色をぼんやりと眺めていると再び女の叫び声が聞こえた。

「もういやなの」

 驚いて顔を上げる。いくつか前方の席に女が座っていた。

 女は再び「もういやなの」と叫んだ。


 しかし車内の乗客は誰ひとりとして女を注視しなかった。バスの運転手だって何も言わない。

 バスの中は女の叫び声だけが時折り聞こえていた。

 俺だってもう厭さ。

 きっと運転手だって、他の乗客だってもう厭だろう。

 だがあの女は俺たちの代弁者なのか?

 果たしてあの女は実在するのか?


「もう厭なの」

 女が叫ぶ。

 乗客たちが社会性を発揮して無視をしているのか、それとも非実在の女に俺だけが気づいているのか分からない。

 どちらにせよ出された結果は同じだ。

「もう厭なの」

 そうだよな、ウンザリだ。

 


 窓の外を流れる景色は平和そのもので、綺麗になった街には野良犬も立ちションのオッサンもいない。

「もう厭なの」

 俺もだよ。

 世界は綺麗になった。それは美しく正しい事かも知れない。

 でも俺はもうい厭なんだ。


 席を立ち上がり叫ぶ女の前に勃った。

 女が俺を見る。

「もう、厭なの」

「俺もだよ」

 叫ぶ女が服を脱ぎ、俺が女に乗り込んだ時に女は小声になり「もう……」と呟いた。


 だがその続きは無かった。

 世界は綺麗になったからだ。俺たちは不潔と言う自由を失った。

 バス停の灰皿が終わり、文明も文化も終わった。

 俺たちは行く先を見失った。

 バスはどこに行くのかも知らない。


 だが爆弾が落ちて、世界がもっと綺麗になったので、俺も女の叫ぶ声もそこで終わった。

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