環間詠(第3環→第4環)
灰緑の響きは、言葉の形を保たぬまま、静かに崩れ落ちていった。
音もなく、ただ粉塵のような文素が宙に舞い、指先をすり抜けていく。
問いは形を変え、答えは輪郭を失い、
ただ声だけが、幾度もこちらをなぞる。
「おまえは、何を持ち、何を渡す?」
その言葉が崩れるたび、意味は砂粒のように散り、
散った破片が別の形で寄り合う。
それはもはや壁ではなく、光の縁を持つ紙片だった。
壁は消え、代わりにざらりとした紙片の匂いが鼻をくすぐる。
視界いっぱいに舞い上がる紙片は、まだ何も書かれていない。
それらは触れるたびに形を変え、意味の予兆だけを残して手の中からすり抜ける。
「欠けを抱えた者こそ、ここを渡れる。」
門の声は遠ざかり、やがて響きは紙片のざわめきに溶けた。
紙片は、指先をすり抜ける前に、温もりを残す。
匂いが立つ——乾ききった羊皮紙と、遠い火の気配。
灰緑の反響は、ゆっくりと琥珀色に沈んでいく。
残ったのは漂う断章の海。
ひとつ、またひとつと胸元をかすめ、
触れた瞬間に別の意味へと変わっていく。
紙片はざらりとした手触りを残して通り過ぎ、
時に自分の記憶と同じ形を見せた。
掴もうとした瞬間、影が横切り、その欠片を攫っていく。
そのざらりとした感触を確かめながら、
わたしは断章の間を進む。
足元にはもう、響きではなく、紙片が積もっていた。
漂う紙片たちの中に、見知らぬ断章が混じっている。
それらが絡まり、意味を変えてゆく様子を目で追ううち、
周囲は揺らぎ続ける琥珀色に染まりゆく。
呼吸の拍はもはや律を持たず、
流れ込むのは、「これから語られるであろう」予兆の匂いと温度。
最後の灰緑が視界から溶け落ち、
世界は、やわらかな琥珀の揺れだけを残した。
そこが、第4環だった。