在来種であれば大量に養殖して放流してもいいのか。
イタリアからのニュースである。
イタリア北東部のアドリア海沿岸で、外来種のカニであるブルークラブが異常繁殖し、地元の漁業、特にアサリなどの貝類に壊滅的な被害をもたらした。この対策と称してボローニャ大学の研究チームが、天敵と目されるタコを大量に養殖し、今年(2026年)6~8月にかけて約十五万匹も海に放ったのだという。
これに対し、俺は
『アホか。
ホンマにアホか。
これが大学のやることか。』
とつぶやいた。
まあ、バズったりはしなかったものの、このつぶやきに対しては割といいねや肯定的意見をいただき、『放流』ということの問題について、世の中に少しずつ浸透していると感じた。
だが、中には「在来種なんだし、問題は少ないのではないか」という意見もあり、何回かリプしたものの、納得してくれたとは言い難いようであった。
そもそもXの仕様からして、俺のつぶやきを見ているような方の意見は、だいたい俺と似たような価値観である傾向がある。
要するに、エコーチェンバーに陥っている可能性が高い。
だから、この件については、備忘録的な意味も含めて、少し俺自身の意見を書いておこうと思った次第。
記事元は『令和のタコカニ合戦である』などと、のんきに締めくくっていたが、そういうことで終わらせていい話とは俺は思わない。
これまで人類は、何回も『天敵利用』を掲げ、自分たちの不始末を、他の生物に尻拭いさせようとしてきた。その結果、生態系に多大な被害を与え、その後始末にさらに膨大な費用と労力をかけることとなった事例は数多い。
奄美大島のマングースしかり、伊豆のイタチしかり、沖縄のオオヒキガエルしかり。
何度同じ失敗をすれば気が済むのか。
在来種だから良い、という話ではない。以下のような問題があるのでは、と、すぐに考え付く。
・在来種がいるなら、なんで野生下で殖えまくって対象種を減らさないのか
・在来種を飼育下で大量に殖やしたというが、親は何個体から始めたのか遺伝的偏りはないのか
・その種の分布域はどのくらいか。地域変異とかはないのか。
・飼育下で病気や寄生虫も一緒に大量増殖させていないか
・それは本当に在来種か。混血や別種、別亜種の可能性はないのか
かように、いろいろツッコミどころはあるわけだが、最大の疑問は一番最初のやつ。
『在来種がいるなら、なんで野生下で殖えまくって対象種を捕食し、減らさないのか』
記事を読めば、簡単な話であった。
対象種のブルークラブは、砂地によく生息するカニであるのに対して、チチュウカイマダコは岩礁や礫場を住みかとする生物。住む場所が違うのだから、野生下のタコがブルークラブに出会う機会自体が少ないのである。
大学もそのことを認識しているというのだから呆れる。あまつさえ、スズキやウナギの方が効果的として、それらの活用?も考えているという。
『活用』が何を意味するか不明だが、『増殖&放流』を意味するなら、あまりにアホだと重ねて言っておこう。
「でもまあ、どれも在来種なんだし、それほど影響は無いんじゃないか」
という向きもあろう。
冗談ではない。「影響がない」なら「効果」なんかあるわけもない。そんなもんに大学が多額の税金をかけて取り組むことを、『アホ』と呼ばずして何と呼ぶ?
いや「影響がない」ならまだマシである。
『甚大な悪影響がある』可能性はあるのだ。
と、憤ってつぶやいたわけだが、少しシミュレートしてみたところ。
面白いことが分かった。
このタコの放流は、人工漁礁で行われた様子。すでに多くの生物が住みついた生き物豊かな場所であるらしい。
また、大学は海底にタコの住みかとなるように、新たに構造物も設置したようだ。
タコは、ブルークラブ専食というわけではない。多くの底生生物を捕食対象とする。
人工漁礁は、他の岩礁と切り離された、限られたエリアであると思われるが。そこに十五万匹のの稚ダコが移入されたわけだ。
日本のマダコの場合、卵から成体にまで生き残る確率は0.001~0.01%と言われている。自然状態であるならば、卵の時、孵化したての時などに、魚類やその他の生物に襲われるからだ。だが、人工的に増殖され、ある程度育成されたものが放流された場合は、その限りではないと思われる。
チチュウカイマダコも似たような生態であるから、生残率も似たようなもの、と仮定する。
そして、今回は卵ではなく稚ダコからだから、仮に自然下の十倍くらいが生き残る、と仮定してみよう。
十五万匹×0.001%(生残率)×10倍=15匹。
0.01%なら300匹である。
ざっくり間をとって、約100匹生き残るかどうか、であろうか。
『十五万匹』という数字に驚かされたが、実際にはそんなところのようだ。
それでも人工漁礁という、半分閉鎖されたともいえる領域に、野生個体にプラス100匹のタコが加わる影響はあると思われる。
岩礁性の底生生物の中には動きが鈍いものも多いから、逃げるのも難しいであろう。最初に被害を受けるのは、稚ダコが襲える小さな生物であろうか。
小さな生物には、大型生物の幼体も含まれるから、将来タコの競争相手となるものが減るということもある。
簡単に想像がつくのは、在来のカニやエビなどの甲殻類だが、タコは別に甲殻類専食ではないから、アワビやサザエなどの貝類、底生魚類など、まあ生き物なら何でも食べるので、割とタチが悪いのだ。
また、タコは縄張り意識が強い生き物で、半径数メートル程度の縄張りを持つが、複雑な地形で餌生物の密度が高いほど、縄張りは狭くて済むだろうし、人工漁礁でのタコの生息密度は高くなるだろう。
住みやすく作られた人工漁礁に住み着いたタコは、他より高い生息密度のまま、豊かな底生生物を餌にして、産卵期を迎える。
高密度だから、配偶者も他の場所よりは楽に見つかるであろうことは想像に難くない。
『タコの寿命は一年だから影響が少ない』と言っていた人がいたが、そりゃ繁殖しないことが前提ならそうだろうが、生き物なのだからあまりそこは関係ない。
タコの抱卵数は十万個~五十万個。
親ダコは寿命で死ぬだろうが、次世代はどうなるか。
放流個体100匹の半分がメスと仮定して、産卵できるのは50匹。
50×30万個(産卵数の中間数)×0.01%(生残率)=1500匹
もちろん、こんな単純計算のようにはいくまいが、次世代はこの程度増える可能性が示唆される。
何でも捕食するタコの生息密度が人為的に増加するわけだが、はたしてこの程度の数でどんな効果があるのか。
もちろん、これより一桁二桁少ない可能性もあるし、もっと多く生き残る可能性も無きにしも非ず。
予想外に生き残った、となると、餌となる生物の局所的な減少が起きる可能性はある。
またもし、もともとその海域では、タコの生息密度が低く、現状の倍くらいに増えてしまったとすると、生活資源は餌だけではないから、その奪い合いは起きるかもしれない。
タコは海の忍者の異名をとるほど、隠蔽能力の高い生物であるが、身を潜める岩礁などがあってこその能力であり、海底にそういう場所は実は限られてもいる。
先に述べたように、一定の縄張りも必要であるし、高密度なのに獲物が減少してくる、となれば同種同士で獲物を奪い合うことにもなろう。あまり知られていないが、マダコは同種同士で殺し合うし、共食いもする生物なのである。
住む場所の違うブルークラブを探しに、砂地に出ていく個体もないとは言えないが、オープンな海底はタコを捕食する敵にも見つかりやすい。
それまでタコを捕食対象としてとらえていなかった生物が、豊富になったタコ資源に気づいて食性を変える可能性もある。
病気や、寄生虫が流行するかもしれない。
とはいえ、だ。
十五万匹放流して、普通に考えると数十匹。いいとこ数百匹から数千匹増える可能性がある程度の事業。
これ、ボローニャ大学は確信犯でやってないか?
つまり、効果も無いだろうが、悪影響もそうないだろって分かっててやってるんじゃないか?
俺の想像したシナリオはこうだ。
1.ブルークラブの異常繁殖が起き、大学に泣きつく政府or漁業関係者
2.まずまともな提案
・富栄養化の軽減・防止のため、排水規制強化
・海底の生物多様性向上のため、人工漁礁や海岸エコトーンの造成
・天敵であるタコやウナギの漁獲規制と、ブルークラブの漁獲枠拡大
3・そんな予算はないし、コンセンサスもとれないし、漁業者の説得めんどくさい。ので、やってる感をすぐ出せる対策を懇願
4.まあ、ちょうどタコの人工増殖の研究やってたから、効果はないけど影響もない程度、放流したって実績作っとく?
5.イェーイ!! 十五万匹放流!! ← イマココ
どうであろうか。
こうであるなら、大学がやっている理由もわからんでもない。
それに次世代タコたちは、人工漁礁に留まるものばかりではない。
孵化したばかりの頃はプランクトン生活を送り、潮の流れに乗って拡散していくから、来年以降はさらに効果は薄くなる。
はたして、他の海域でどのような挙動をとるかは未知数だが、もともとタコが減少している場所ならば、適度に増えてうまく生態系のバランスが取れるかもしれない。
また、そうでないとしても、たかが数百匹。それも在来種、ってわけだ。
そうであって欲しい、というのは俺の願望。
大学ってのは、科学の砦であり、叡智の象徴であり続けて欲しいのだ。
だが、これまで人間が行ってきた『天敵利用』は、多くの場合、奏功しなかったばかりか、思わぬ副作用を引き起こして頓挫している、ということは、声を大にして訴えておきたい。
また『在来種だから問題は少ない』に対しては、2023年に北海道大学から、こんな研究結果が発表されていることも申し添えておきたい。
『放流しても魚は増えない~放流は河川の魚類群集に長期的な悪影響をもたらすことを解明』
この研究は、過去21年にわたる魚類群集データによる実証分析と、シミュレーションによる理論分析の結果、河川への魚類の孵化放流が、長期的に魚類群集全体の種数や密度を低下させることを明らかにしている。
孵化・放流を行うことで、一時的に増えた群集が種内・種間競争を激化させ、放流対象種の自然繁殖を抑制してしまう。しかも、増えた個体数は対象種以外を排除する作用を持ち、長期的に魚類群集全体の種数や密度を低下させてしまう。ということらしい。
もちろん、これは河川における研究であって、湖沼や海域にまで適用できるかはわからない。
ただ、『在来種の放流だから影響は少ない』なんてことは言えないし『分からない』のである。
なにも放流する必要なんかない。
ブルークラブ対策をしたければ、まず『何故、ブルークラブが殖えたのか』を調べるべきだ。
ブルークラブが侵入したのは、数十年前だという。だが、異常に増殖し始めたのは、最近のことなのだ。つまり、そうなった理由があり、それを取り除かなくては、どんな対策も効果は限定的にならざるを得ないだろうことは、想像に難くない。
記事には「温暖化による海水温上昇」「気候変動」などと、ありがちかつ最もらしい理由を上げていたが、それにしたって推測に過ぎない。
いや、検証しきれないことも多々あるだろうから、いくら研究しても推測の域を出ない可能性はあるかも知れないが、その解像度を上げていくことは出来る。
理由を絞り込んだら、それに対する具体的対策をとるのだ。
次に「天敵であるタコの生息環境を改善」する。
タコの養殖に成功しているなら、そのタコを食用に流通させて、自然海域でのタコを全面禁漁にするのも効果的かもしれない。より効果があるかも知れないとかいうスズキやウナギも同様。
生息場所の改善と禁漁を、両輪にして推進すれば、絶滅寸前でもない限り、大抵の海生生物は急速に回復するであろう。
それと、問題なのが『海の富栄養化』だ。
あのコロナ禍の際に、イタリアの有名な水の都・ベニスの運河が、透明になったことを覚えておられるだろうか。
人間どもが自粛して、観光地が『停止』した途端に、あの薄緑に濁った運河の透明度が、すさまじく上昇したのである。
逆に言えば、それほどまでにイタリアの内海は富栄養化しているわけであり、それが底生生物食のブルークラブの異常増殖を招いている可能性は高い、と思う。
つまり、『まともな提案』に挙げた『排水基準の規制強化による、徹底した水質浄化』というのはそういう意味だ。
経済的・政治的理由からすぐには実現できないかもしれない。だが、ボローニャ大学は『叡智の象徴・科学の砦』として、提言くらいはとっくにしているものと期待する。
何の効果もないとほぼ分かっている『在来種放流事業』などやめて、次のステップに早く進んでいただきたいものである。




