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農業者にとって生物多様性は敵か


 もう数か月前のことになってしまうが、某SNSにて議論が巻き起こっていた。

 とある方が『除草剤や農薬を撒くと、一年かけたその場の生物相がリセットされるのは、もったいない。もう少し何とかならないものかなあ』(意訳)と発言したことに対して農業者の方たちが強く反論したことにより、生物系の方たちが反応し、議論は紛糾したのである。


 この議論。最終的に農業者と生物屋は物別れになった。だが、お互い言い尽くせてはいない様子で、その後もしばらくの間、関係ない発言の最後に嫌味のような一文を入れたり、お互い不用意にそっち方面の地雷を踏んだ人に噛みついたりしていた。

 ここでヘタなことを言えば、こちらに飛び火しそうな空気感であるなあ、などと思っているうちに、話題は風化していった次第。

 まあ、こうなってくれば炎上の可能性は薄かろうし、ここは俺の想いを吐き出す場、と規定している。また某〇イカワ〇先生のブログとかと違って大して読者がいるわけでもない。SNSのように、勝手に内容が目に飛び込んでくることも無かろう。

 つまり、議論の当事者たちが読む可能性は限りなくゼロに近いし影響力もない。時間は経ったが、このまま何も言わないのも俺の精神衛生上よろしくないし、何よりこの問題はエッセイの主題「どう生物とつきあうか」において避けて通れないと思われるので、とりあえず好き勝手書かせてもらおうと思う。


 さて、今回の件で俺がもっとも驚いたのは、SNSをやっている農業者の多くが、『生物多様性』と農業は直接的に関わっていない、あるいは他の業種と同程度しか関わっていない、と認識しているということであった。

 それよりも、化石燃料や科学技術で作り出した肥料、薬剤散布、機械化によって一定以上の規模で一定品質の作物を作り出していることへの自負があるようだ。

 べつにその自負を否定はしないが、恩恵を全否定、ってのはどうだろう?

 もちろん、これは『そういうスタイルの農家』がそうだと言いたいだけだろうが、無農薬や有機を標榜している人であっても、どうも自分のスタイルに『生物多様性の恩恵がある』とは認識していないように見える。何故なら、そういう人も農地周辺の生物を「役に立つ生き物」と「害のある生き物」に区別する傾向が強く、「生物多様性全体を恩恵」としては捉えていないように思うからだ。

 有機農業などは言うまでもないが、前者の慣行農業といえども、堆肥づくりにせよ、根粒菌にせよ、土壌微生物群にせよ、野菜や果樹の受粉にせよ、ダイレクトに生物多様性の恩恵を受ける部分は多くある。 

 有機石灰と呼ばれる骨粉や貝殻粉、土質改良に使う木炭粉やヤシガラ炭などもある意味、生物多様性の賜物だし、土壌中に藁や植物残渣を鋤き込んだところで、微生物が働かなければ分解などしない。

 たぶん、彼らにとってそれらは太陽光や重力、降水、気温変化などと同じ程度のもので、それは農業をやっていなくても享受できるもの、べつに『自分たちが特別に享受している恩恵』といえるほどのものではない、と思っているのであろう。

 たしかに農業者以外の人間も、直接的、間接的に生物多様性の恩恵を受けているわけで、「俺たちだけが特別じゃないだろ」という意識は分からなくもない。

 寿司を食うだけでもそれは実感できるし、コンクリートも生物遺体である石灰岩で作られているし、火力発電もまた生物遺体である石炭である。なんなら石油だって生物由来とされているし、呼吸している酸素もまた、発生させているのは植物だ。

 直接的という例を挙げるなら、多くの漁業者がそうだろうし、野生生物を扱っているペットショップや自然景勝地の観光業なんかもそうだろう。

 正直、俺は農業以外の人間活動でも、生物多様性に配慮すべきと思っている。

 例えば、高層ビル周辺だって、今のような外来種や園芸種だらけの植え込みや街路樹、芝生広場なんぞ禁止して、地域性に配慮した植生で作るべきだと思っているし、都市公園だってすべて自然公園ベースに作り替えるべきだとさえ思っている。

 決して農地やその周辺だけ、農業者だけが生物多様性に配慮すべきとは思っていない。

 植物を直接扱っていることで、あたかも農地が自然の一部であるかのような誤解が多いことも認めよう。

 とはいえ、農業は他の業種や人間活動以上に、生物多様性に配慮する必要がある、とも思っている。

理由は二つ。

 まず、地球上の陸地面積において、農地が無視できないほど多くの割合を占有しているから、である。

 世界のすべての陸地面積は1億3009万4010平方キロとされているが、そのうち人間の生息可能地とされているのは71%の9236万6747平方キロ。

 さらにそのうち森が38%の3509万9363平方キロ、野生の草原その他は14%で1293万1344平方キロである。では、人間の利用している面積はというと、農業関係で全体の46%4248万8703平方キロ(耕作地 15%1385万5012平方キロ 放牧地31%2863万3691平方キロ)そして、都市はわずかに1% 92万3667平方キロとなる。

 この数字はネットで拾ってきたものなので、変化のないのは世界の陸地面積くらいで、あとは人間活動によって多少変化していると思われるが、おおよその割合は変わらないだろう。

 農業者の中には、農地ばかり生態系保全に協力しろと言うなら、農業者以外の職場も生態系配慮しろと言いたい人が……というか、現に言っている人がいた。しかし、見ての通り、農業は地球全体でも圧倒的に広大な面積を使用しているわけだ。

 さらに、日本国内ではもっと事情は深刻だ。

 日本の国土は全部で約37万8000平方キロといわれているが、そのうち森林が約25万平方キロで、日本の国土の67%におよぶ。

 つまり、平地は残りの33%、約12万8000平方キロしかない。このうち宅地が約1万8900平方キロ、道路面積が約1万平方キロ、水面・河川・水路で約1万5000平方キロ、これらを差し引くと8万4100平方キロ。そして農地は4万6000平方キロを占めており、それ以外の場所は3万8100平方キロ。

 平地性の生物にとっての純粋な生息場所は、この3万8100平方キロとなる。

 これを狭いととらえるか、まだ広いと考えるかは、人間の主観となるかも知れない。

 だが、南北に長くて気候の違いがあり、離島や盆地など、地形でも生物が隔離され、地域性が強い日本では、それぞれの生物種、あるいは個体群の生息環境は限られる。つまり、3万8100平方キロに万遍なく住める生物はいないのだ。

 このような状況で『農地は人間の職場だから邪魔な他の生物は締め出す』とすべきか、というと、俺は違うように思う。むろん、他の人間の活動場所においても、生物多様性に配慮すべきだが、他のどの利用地よりも広い農地を無視して話を進めることなど、出来ようはずもない。


 理由の二つ目は、その他の職場と違って農地は生物たちにとって、従来生息地との共通点が多いことが挙げられる。

 これは、生物からの被害を受けやすいともいえるだろうが、配慮も最小限の労力で済むとも言える。また古来、生物活動を利用する農法も数多く存在するわけで、農業と生物多様性は対立するもの、という考え方の方が、俺としては違和感がある。

 農耕自体を「生態系の単純化」ととらえる向きもあるが、それは視野が狭い。何故なら「農地は農地だけで完結した生態系ではない」からである。

 その圃場単体では、たしかに植生を単純化し、動物を排除し、土壌微生物相も均一にしているかも知れないが、一歩隣の農地へ行けば、まったく同じ植生でもなければ、同じ土壌微生物相でもない。そもそも、場所が違えば土質も水分条件も日照も変わるのだから、当たり前と言えば当たり前の話。

 たとえ同じ作物を作っていようとも、農薬を撒くタイミング、除草方法、植え付けの時期、収穫方法、などによっても、圃場で観察できる生物の種類は大きく変わる。

 そして、降雨、日照に依存し、昆虫に受粉してもらっているわけだ。


 農地は生きている。そういう意味で、人間の体と同じだともいえると俺は思っている。

 人間が生きていくうえで、医薬品や医学を否定はできない。むしろ頼っているからこそ今の人類の平均寿命があるといえるだろう。

 しかし、だ。

 医薬品や医学があれば、それで人間が最高のパフォーマンスを出せるだろうか。条件をコントロールしさえすれば、体が本来持つ免疫機構は必要なく、どんな生活していても健康でいられるってことになるだろうか。

 農地における「免疫機構」といえるのは、自然の物質循環であり、地域生態系といっていいのではないか、と俺は考える。

 たしかに自然生態系に任せたり、依存したりすることで、イレギュラーも入り込む。オープンな圃場では、人間が技術でコントロールできることばかりではないのだ。

 害虫、害獣、雑草、病原菌、ウイルス、悪天候、これらのうちたった一つが原因となって、圃場が全滅しかねない。それを回避、あるいは軽減するのが農薬や除草剤、品種改良、その他様々な農業技術であるし、それすらも絶対ではない。使いこなすには様々な知識と経験、設備投資も必要となる。

 無論、それを徹底していけば、一切の自然生態系からの干渉を断ち、石油製品と電力のみで農作物を育てることも可能ではある。

 昆虫がいなくとも結実する品種にすればいい。人の手で受粉させた方が確実だという品種もある。どうしても受粉が必要で作業の手間がかけられないなら、養殖したアブやハチを飛ばす方法もあるだろう。多様な微生物が住む豊かな土壌など無くとも、水耕栽培という方法もある。もちろん肥料は工業的に合成できる。日照が足りないならば、LEDを用いても植物は育つ。

 だが、それで未来永劫やっていけるのか、という話だ。

 今、それが出来るのは、石油の採掘コストが見合っているからにすぎない。原発や太陽光などの自然エネルギー発電なんて方法もあるが、どちらも問題を抱えている。エネルギー収支的にはとっくにマイナスとなっている農業を、さらに人工のサイクルに押し込めるのは、リスクを増やすだけかもしれない。


 繰り返しになるが、今回の件ですごいなあ、と思ったのは若い、と言っていいかどうか分からないが、少なくともSNSをやっている農業者の多くが「農業をするにあたって生態系の恩恵なんか一切受けていない」と思って……いや確信しているということであった。

 まさか「恩恵を受けている例があると良いですね」なんて言葉が、農業者から出て来るとは思わなかった。この言葉、その裏に「まあそんな例は無いよね。生物多様性って俺らには敵だし」って意味を含んでいると解釈できる。

 だが、農業は他の職業と比較しても、生物多様性に依存するところの大きな活動である。

 前述したように、依存しないならしないで、徹底することは可能だが、それは大きな投資が必要でリスクを増やすことにもなるし、将来的にコストが見合わなくなる可能性もあるのだ。

 少なくとも、土壌を耕し、降雨をあてにし、太陽光を浴びさせている限り、現生態系の恩恵を受けていないとは言えないだろう。

 土壌菌の構成する生態系が土中になければ、正常に物質循環が行われず、変な生成物が土壌のPHや酸素量を変化させることはあるし、周辺の野山に昆虫を育む生態系が無ければ、十分な受粉が行われず、果実が実らないこともある。

 『周囲の生物が常に農業を脅かしてくる』という発言も見られたが、受けている恩恵については何の意識もしていないのであろう。

 おそらく、その人の目には、虫といえばすべて「害虫」、鳥といえばすべて「害鳥」、獣といえばすべて「害獣」として映っているのではなかろうか。それが言いすぎなら、少なくとも見慣れない生物を見かけた時、それが美しいとか可愛いとかカッコイイとかより先に「作物に害をなさないだろうな?」と思考してしまう精神状態、とでも言おうか。

 あらゆるものに責められ、追い詰められている感覚、を持っていると言い換えてもいいかもしれない。

どうも、敵となっているのは生き物に限った話ではないように思うからだ。今回の発端にしても、農業者でない人の「除草剤や殺虫剤でリセットされちゃうのってなんだかイヤだよね」という、正直、他愛もない呟きであった。

 べつに特定個人や団体を非難しているわけでもなければ、農薬を全否定しているわけでもない。

 この言に対して「素人が分かってないなあ」と思うなら無視すればいい。

 それができない、というのは、農業者には生産物や生産過程に問題がある、と言われることへの強い反感があるからのようだ。ネットやマスコミで無農薬有機栽培を持ち上げたいがために、慣行農業を貶める言動を見ると、それも理解できる。

 俺は、べつに慣行農業に問題があるとは思っていないが、前述の「生物多様性は敵」という考えには賛同しかねる。


 数年前に、俺自身も農業者の方とSNSで意見が衝突したことがある。

 『生物多様性は、農業者の立場からしたら敵。暇人の道楽で邪魔するな』と公言している人で、まあ、今回の農業者さんたちの意見と大差ないと思う。そして、いかに農薬を散布するのが重労働で大変かを説いていた。俺は、農薬を否定はしないが、どうもあまりにも非効率な農業をやっておられるように見えたので、俺は『生物多様性は農業の基礎を支えるものであって、敵ではない』と反論した。

 そして、今にしたら笑える話だが、お互いに『ホントにコイツ農業やってんのか?』と疑い合い、それぞれの農地の画像を見せ合ったのである。

 まあ、実際のところ相手も俺もちゃんと農業はやってたわけだが、その段になって俺はようやく気づいた。俺とその人では、いくつか違う点があったのである。

 まず、規模が違う。自家消費が本来の目的で家庭菜園にしてはでかい、程度の俺の畑は全部で50メートル四方程度。他に収入もあってそれで食っているわけではない。

 対してその人は圃場が数十アールあって、それを一人で管理しておられた。経営は収益が無いどころかマイナス収支で、貯蓄を取り崩して農業を続けている有様。農薬散布の機材が買えずに背負い型の小さなスプレイヤーで散布していた。

 決定的に違ったのは、好き勝手な作物を植えて、好き勝手に運営すればいい俺の畑と違って、その人は出荷先が困るから、とカボチャを作ることにのみ血道をあげていたことである。

 それの何が問題か。

 俺の畑は、数種類の作物をローテーションしているから、連作障害が起こりにくい。面積が小さいものだから、周囲の畔や草地環境から昆虫や他の生物が訪れやすく、害虫は付くこともあるが、カエルやクモなどにすぐ食われるので、農薬を必死で撒く必要がない。

 最低限、植え付け時にオルトラン粒剤を撒くくらいである。除草が面倒なら全面ビニールマルチしたっていいわけで、管理も夫婦二人で充分に可能。

 だがその人は、毎年同じ圃場でカボチャのみを作るから、連作障害を防ぐために農薬を多用しなくてはならない。それを広大な面積でやるものだから、訪花昆虫がやって来にくくなり、結実性が悪く、かといって人間が受粉して歩くには広すぎて、また苦労しなくてはならない。

 実際のところ、画像の畑はうどん粉病も出ていて、決して状態がいいとは言えなかった。

 ぱっと見、めちゃくちゃ状態のいい俺の圃場画像を見て、その人はクールダウンしてしまったし、広大で状態の悪い畑を見て大変そうなことが分かった俺も、それ以上言い募ることが出来なくなって、互いにフェードアウトした。


 同じ農業者、といってもこのような違いがあるわけだ。

 作る作物、土地の状況、気候、目指す品質、収量によって、百人いれば百通りの圃場運営があると言って過言ではない。

 ただ、生物多様性を敵とみなすよりも、うまく利用した方が楽ができると俺は思う。有機無農薬などとこだわる気もないから、必要なら農薬も使うが、手で抜けば済む程度の草なら手で抜くし、多少葉が齧られても、作物に支障なければ気にしない。

 大量流通の買い手になど配慮せず、地元直売所やスーパー、ネット通販を中心に、売りたいものを売る。

 まあ、『それができれば苦労はしねえ』って声も聞こえてきそうではあるが。


 もう一つ言えば、生態系が単純化された場所は、脆い。

 何も侵入せず、肥料・水→土壌微生物→作物と、うまく生活環が回っているうちはいいが、昆虫でも獣でも、鳥でも、草でも、微生物でも、ウイルスでも、何か一つ侵入したらどうなるか。そこは大きく生態的地位が空いている上に、競争相手も捕食者もいない。作物という食べ放題の資源まである天国なのだ。食いつくすまで増えて当然であろう。

 それをまた農薬で抑え込む。

 すると、その農薬が効かない奴や、変異して耐えるようになった奴には、これまた天国。

 どこまで行っても戦いは終わらない。

 だが、周辺にそれなりの生態系が残っていれば、その勢いは多少なりとも軽減されるだろう。

 周囲がすべて慣行農家で、一軒だけ無農薬を貫く農家っていうのが、定期的にやり玉にあがるが、だいたい「周囲が農薬や除草剤で防除しているから無農薬でやれるんや」というものである。これは一面では真実だと思う。だが反面「そこが無農薬でやっているからそこに生き残った生物たちのおかげで周囲の畑が恩恵を受けている」可能性だってある。


 全員に賛同しろとは言わない。

 だが、べつに脅しで言っているわけではないし、今の日本農業は、かけた手間の割に収益が薄く、投入したエネルギーにも回収コストが見合っていない、というのも事実。

 単に石油製品が安いから、そして自分や家族の人件費を無視しているから、商売としてなんとか成り立っているだけ。薄利だから大規模栽培でないと利益が充分に確保できず、苦労が増えるのに、それだけでは食っていけないという農家も多い。

 そして、ちょっとでも燃料や肥料が値上がりすれば、そのバランスは崩れる。というか、もう崩れ始めている。

 自然任せの工程を増やせば、作物の出来がそろわなくなったり、反収が減ったりする可能性はあるが、やはり生物多様性を尊重して、折り合いをつける農法の方が長続きするように俺は思う。


 そうなってくると、消費者にもお願いしたいことがある。

 それは『規格外品を安く手に入れよう』という考えは捨てて欲しいということだ。

 安いに越したことはなく、安いには安いなりの理由があるわけだろうが、それは形ではないはず、ということだ。

 多少曲がっていようが、サイズが違おうが、美味しくて安全なら適正な価格で買う、それだけのことだ。傷物や規格外品を破格の安値で入手しようとするのは、農業者の手間や作業を買いたたく行為だと知って欲しい。多少古くなろうが形が悪かろうが、そこまでにかかった手間は変わらないのだ。

 むろん、規格外品として安く売っていたなら、買っていただきたい。

 そこは売る側の問題だし、思惑もあるのだろうからとやかく言うことではない。

 ただ、生産者側も『規格外品だから安売りしよう』という考えはやめた方がいい。

 俺のように他の収入のある生産者が、どうせ趣味で作ったものだからと、市場価格を無視した値段で売るのもよろしくない。出来が悪いものや、自分が道楽で作ったものを安く売ったりするから、消費者が勘違いするのだ。


 なんにせよ、農業がどうなっていくか、は、単に人間の食糧問題だけにとどまらず、世界の生物多様性にも大きく影響する。

 1950年代に、中国で毛沢東の命令でスズメが大量に殺害され、害虫の大量発生を招き、大凶作となった事例は有名だが、これに近いことが現代の農業でも起っているかも知れないのだ。

 農地は国民の健康を支える礎であるし、国土を守る要でもある。

 願わくば、その地域の生態系を支え、生物多様性を守る砦のひとつにもなって欲しい。



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