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野鳥に餌やりするな、って話



 野鳥のためにエサ台を作り、冬季などのエサ不足の時に給餌する。

 これは、十数年前くらいまでは自然とのつきあい方の一つとして、専門誌にまで書かれていた、いわば「推奨される行為」であった。

 だが、令和6年の現在では、「基本的にやってはいけないこと」のひとつである。

 すべからく『自分の管理下にない生き物に餌やりすること』は、NGなのだが、今回は特に野鳥に絞って論じてみたい。


 さて。野鳥の餌やりのいったい何がいけないのか?

 冬季、野生条件下では餌が見つけにくく、量も少ない。ゆえに、多くの野鳥は飢えているし、斃死する割合も他の季節に比べて多い。

 そういう状況でエサ台を作り、野鳥の好きそうなものを置いてやると、それはもうたくさんの野鳥が訪れるようになる。人間はそれを愛でて楽しみ、野鳥は苦しい時期を乗り越えることができる。それの何が悪いのか。

 まず最大の問題といわれるのは、鳥が人工的給餌に依存するようになってしまうことである。

 冬季、エサの少ない時期に給餌行為を継続するわけだから、容易に餌をとれる場所に、鳥はよく集まるようになるのは当然だ。その結果、自分で餌を探さずに、エサ台の餌に頼りきりになっていくのである。

 越冬経験のある成鳥ならまだしも、初年度の若鳥などは「これでいい」と思ってしまう。

 結果、冬季の餌の探索能力が低下し、自分では餌をとれなくなっていく。

 ではもし、そのエサ台がいきなり無くなったらどうなるか。より厳しい状況となって、斃死する個体が多数出るであろうことは想像に難くない。

 そうならないように、ずっとやり続けないといけなくなるわけだが、個人にしろ、施設にしろ、未来永劫ってわけにはいかない。

 個人なら、その人が引っ越したり、病気になったり、死んだりすれば終了だし、施設でも廃されることはある。廃されないまでも、担当や責任者が変われば、あるいは予算がなくなればどうなるか分からない。

 では、仮に何があっても未来永劫エサ台が維持されればいいのか、法律か何かで縛ればいいのか、というとこれも違う。

 エサ台に置かれるエサの種類は、どう頑張っても数種類だろう。ひどい場合はパンくずとミカンのみという場合もある。野生状態では、木の実や草の実だけでなく、越冬中の昆虫など、動物質も食べているはずの鳥が、単調な餌ばかり摂取し続ければどうなるのか。

 偏食による肥満や、栄養失調も考えられる。そのような状態で、春が来たからといって、はるか遠くへの渡り行動に耐えられるかどうかは分からない。

 じゃあ、エサ台を維持し続け、エサのバリエーションを増やせばいいのか、というとこれも違う。

 鳥自身は良くても、彼らによる他の生物、あるいは鳥同士への影響が考えられるからだ。

 本来は少数の群れか単独行動をしている鳥が、非常に狭いエリアへ大集合するようになるわけだ。そうなると、そのエリアの餌生物にとっては脅威である。いかに餌の探索能力が落ちていようとも、見つけ次第に狩られることになるからだ。

 また、集団の圧力でエリアから排除される競合生物もいるかもしれないし、鳥を捕食する生物にとっては、容易に獲物を得られる狩場にもなるかもしれない。

 もし、もともと数が多くもないある種の鳥が、一か所に集合しているだけだったとすると、それらが効率的に狩られるだけで、地域個体群が大幅に減少、へたをすると絶滅することにもなりかねない。

 エサそのものによる影響もある。

 以前、会話したことのある『鳥の餌やりさん』に聞いたが、エサ台の下にはネズミが集まって来るそうである。鳥たちがエサを散らかし、それを狙ってやって来るそうで、自宅の庭でやっているようであったから、まずクマネズミかドブネズミであろう。

 住宅地でそんなものが増えるような活動をやっているわけで、これを善行とはとても言い難い。

 またその人は、カラスが集まって来るのにも困っているとか言っていた。

 カラスも野鳥なのに差別すんのか、と少し思ったが、まあ、カラスに餌付けする方が大問題なので、その時は黙っておいた。

 だが、世の中は広いもので、わざわざカラスやハトに餌付けしてご近所トラブルになっている例もあるらしい。狭いエリアに集中して排せつ物がされることで、ハトやカラスでなくともご近所トラブルとなる可能性はあるだろう。


 話は少しそれるが、ドバトやカラスに餌付けする行為は、いくつかの自治体が条例で禁止されたり規制されたりしている。しかし、その数は多くはない。つまり、違法行為ではない場合が多いのだ。

 だが、餌やりを行いやすい広場のある施設の多くは、独自に構内での餌やりを禁止している。

 そのおかげか、数十年前は神社や公園の風物詩だったハトの群れは、最近ではとんと見なくなったのは、良い傾向だと思う。

 また、令和二年に施行された「動物の愛護及び管理に関する法律」(通称「動物愛護法」)には、餌やりに関する規定がある。

 同法の25条1項に、動物の飼育や餌やりなどが原因で騒音や悪臭、毛の飛散、虫が発生するなどの問題が起き、周辺の生活環境に影響が出た場合、都道府県知事が、そのような事態を生じさせている者への指導や助言する権限があるとしている。

 さらに、ただ指導するだけではなく、同条2項ではその事態を除去するために必要な措置をとるべきことの「勧告」について、同条3項では「命令」について規定している。

 この命令に違反した場合には、「50万円以下の罰金」に処せられる(46条の2)ので、問題が起きれば、という条件付きではあるが、事実上、『罰則のある禁止行為となった』と解釈してもいいと思う。


 もうひとつ。野鳥の餌やりで最大かつ最重要な問題が、感染症を互いに伝染うつしあってしまうことである。

 鳥インフルエンザの名を知らない人はほとんどいないと思う。ここ数年、鳥インフルエンザの発生によって、何百万羽ものニワトリが殺処分されている。

 なんで、一部のニワトリがインフルエンザに罹ったからと言って、その他の見た目元気そうなニワトリたちまでも皆殺しにせねばならないのか。それは、鳥インフルエンザウイルスがそれほどまでにヤバいウイルスだから、なのである。

 もともとインフルエンザウイルスは、ガンやカモなどの渡り鳥から感染する病原体で、それが人間同士でも感染するように変異したものだ。もちろん、今でも人から鳥へ、鳥から人へ、また豚にも感染する。

 今危惧されているのは、その中でも高病原性鳥インフルエンザと呼ばれるタイプのウイルスで、鳥から人への感染はすでに確認されている。これが、人から人へ感染するように変異するのは時間の問題とされていて、そうなれば恐ろしいことになる。

 鳥から伝染うつった新型(もちろん当時の)インフルエンザが原因となる、人類史上最大の被害が「スペイン風邪」で、世界人口の30パーセントが感染し、2000万人~4000万人が亡くなった、とされている。

 このくらいのことは、当然ほとんどの方が知っているだろう。

 スペイン風邪のパンデミックは、一年ほどで終息したらしいが、そのウイルスはべつに絶滅したわけではなく、今も元気に流行性の感冒を引き起こしている。そして今でもインフルエンザは死ぬ可能性のある病気のままだ。

 簡単に言えば「人間の方が慣れただけ」なのである。

 この傾向は、最近のコロナウイルスのパンデミックにも言えることだが『慣れただけ』なのを『終息した』として、手洗いやマスクなどの感染防止策を取らなかったり、あまつさえ感染防止をやっている人を嘲笑したりする連中がいるようだが、呆れた無知である。

 ウイルスは存在する限り変異し続けるし、変異する方向性が弱毒化や感染力の低下である保証などどこにもない。

 といっても、ウイルスを殲滅などできないし、またウイルスにも生態系における重要な役割があるから、むやみに殲滅するわけにはいかないのだが、パンデミックを遅らせソフトランディングすることによって、影響を最小限に食い止めることはできる。

 そのために、鳥との付き合いには慎重になるしかないわけで、衰弱したり斃死したりした野鳥に素手で触れるのは厳禁、そもそも高密度に野鳥を集めるのも避けるべき状態なわけだ。

 地面を埋め尽くすほど、あるいはエサ台からこぼれ落ちそうなほど、小鳥が集まる状態というのは、そりゃあ餌をやっている人からすれば、たまらない光景であろうが、これがすべてウイルスを媒介しあっていると考えたら、恐ろしくて見ていられない。


 では、野鳥と仲良くするにはどうしたらいいか?

 結論から言えば、『野鳥に限らず、人間と野生生物が、野生状態のままで仲良くしてはいけない』のである。

 人間に慣れた、あるいは馴れた野生生物は、エサや居場所と引き換えに大きなリスクを背負うことになる。そしてその問題は、その個体だけにとどまらず、その個体が関わった別個体や地域個体群全体にまで及ぶこともあり得る。

 人間の活動が、地域生態系の中の一生物種の動きレベルであった頃には、そういう地域があっても良かったのかもしれない。

 鳥や池の魚に与えるエサ、といっても、地域生態系全体から見て誤差と言えるような範囲であれば、一部の趣味として肯定できた時代も確かにあったのだろう。

 だが、今や量、質、頻度と、すべてにわたって、その程度では済まないレベルの餌やりをしている個人がいる。ゴミ袋いっぱいのパンの耳を毎日池に撒くとか、どう考えても一線をはるかに越えていると分からないもんだろうか。

 栄養の偏りやすいパンの耳だから批判しているわけではない。野菜でも果物でも穀物でも人工飼料でも、また、量と頻度がさほどでなかろうとも、どこかで線を引こうとするならば、一切餌やりをしてはいけない、となるしかないのだ。


 餌やりがまずいなら、庭木としてピラカンサやウメモドキなどの実をつける木を植えるのはどうなのか。

 これは餌やりの代替として推奨されていた時期もあるが、実際のところこれもまずい。

 鳥が食った実は消化され、糞の中に種子が混じるのだ。

 鳥の糞に混じって排出される種子の発芽率は、物理的に果肉を取り除いた場合よりも数段高い。種皮が鳥によってある程度消化されることで、発芽率が増すわけだ。

 これも植物の戦略であり、鳥によって運ばれた種子から新しい芽が出て、新天地へ広がっていく手助けとなる。ところが、植えてある木はしょせん人間が植えた木であるから、多くが外来種や園芸種だし、在来種であっても地域の固有遺伝子を持つ個体ではない場合が多い。

 以前、環境系の展示会へ行ったとき、『鳥の糞から発生した地元の植物』と銘打って、とある企業が、『鳥糞などから地元の植生を復活させる技術』の展示をしていたが、笑えないことにプランター内の発芽の一割ほどがナンテン(中国原産)であった。

 つまり、庭木によって地域の植生が遺伝子汚染されたり、外来種が侵入し始めたりすることは充分にあり得るわけだ。


 では巣箱を設置するのはどうか。これにしても、一昔前はかなり推奨された手法だが、いくつかの問題点がある。

 まず、巣箱を利用する野鳥が限られていること、小鳥のすべてが巣箱を利用するわけではないし、穴のサイズによってはある種類の鳥ばかりが恩恵を受けることになる。

 位置が低いと、ネズミ類ばかり利用するようになることもあるのはご愛敬だが、設置の仕方や構造によっては外敵にかえって襲われやすくなることもあるし、作りが甘かったりして、巣立ち前に崩壊する場合すらある。

 そういった様々なことを配慮した上で、きちんと巣箱をかけたとしても、原則、一回使用されたら、掃除しないと二度と使用されない。

 つまり巣箱とは、『適当にかけておけば勝手に鳥が利用して自然に貢献できる』わけではなく『割と専門的な知識を持ってかけ、毎年管理しないとかえって鳥に害がある』代物だといえる。


 前項でも書いたが、今や「自然とのふれあい方」よりも「自然との線の引き方・距離の取り方」の方を学ばなくてはならない時代なのだ。

 距離を取りつつ、それでも親しみを持ち続け、身近に感じ続け、慈しみの目を向け続けられること、そういうことが求められているように思う。

 野鳥のことを引き合いに出して説明したが、池の魚だろうが、タヌキなどの哺乳動物だろうが、野良猫だろうが、自分の飼育管理課にない生物に給餌することは今の時代はすべてNGだ。

 エサで釣って自分の近くへ引き寄せ、良いシーンを撮ってSNSで注目を浴びようと、安易な手法を取るわけにはいかない時代なのだ。

 やれることといったら、様々な配慮をした上で、野生生物にとってマイナスにならない環境を、自分のできる範囲でつくることくらい。

 もちろん、それでは手が届くような距離で小鳥は見れないし、視界に数十羽もあふれかえるような状況にもなり得ないから、餌やりに慣れた御仁は、もしかすると、つまらないと感じるかも知れない。

 だが、そんな状況は異常であり、また野生生物のためにも決してならないことを理解してもらいたい。

 そもそも野鳥とは、野にいる鳥だ。

 会いたければ、手元に引き寄せようとするのではなく、会いに行くべきなのだ。

 里山、湖沼、河川敷、海岸、干潟、高山、離島、最近では都会のビルにハヤブサやオオタカが巣をかけると聞く。様々な自然環境で、それぞれ適応し、それぞれの生活を営む姿を観察してこそ、野鳥というものの本質にふれることになる、と思うのは俺だけだろうか。

 もちろん、彼らの生活を邪魔しないよう、こっそりと陰から見守ることが大事なのであるが。

 もし、自宅敷地で野生生物との距離を少しでも近づけたいならば、水場や草むら、やぶ、樹林を作ったり、残したりするよう配慮するといい。それだけでも、野鳥や野生生物は庭に訪れるようになるものだ。

 落ち葉が堆積し、昆虫やカエルなどが住み着き、在来植物の実がなれば、それらを求めて、時には思いがけない来客もあるかも知れない。

 餌やり出来ないからとガッカリせず、ぜひ、観察する目だけは持ち続けていただきたい。


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