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クマ被害、大量発生の今年に思う


 この件。正直言って書きたくなかった。

 専門家でもない、当事者でもない者が何を言っても『お気持ち表明』にしかならないからだ。

 「殺すな」を単なる感情論でなく、『命を懸けた強い主義主張』と捉える人もいるようだが、それはどうだろう。

 その人にとってどれだけアイデンティティの重要な部分を占めていようと、科学的に物事をとらえず、現場の真実も知らない人間の言葉は上滑りしていくだけだ、と俺は思う。

 確かに無視してはいけない。

 無視は怒りに、怒りは悪意に簡単に変貌するから。

 だが、いちいちまともに対処していては、現場は何もできなくなってしまうのも事実。


 『専門家』の定義は難しいが、少なくとも大学レベルで最低限、生態学、動物行動学、生物分類学の単位すら取っていないような人間は、たとえ「有名大学の生物学部出身の有名人」であろうと、専門家を名乗って公的な場で発言、発信をすべきでない、と思う。

 そして、自分もしくは身内の生活圏、経済圏で、野生動物と利害の競合、共有をしておらず、余暇で関わっているようなレベルの者は、たとえ現場に赴いて関わっていようとも当事者とはいえない、とも思う。

 そして、今年、どうやら俺は自身の定義するところの当事者になってしまったようだ。

 このエッセイを「連載」にしてしまった以上、自分がこれからどうするか、を含めて避けて通れなくなったと思うし、タイミングも今しかないので、書こうと思う。


 さて。

 あくまで自家用レベルではあるが、俺は畑作をしていて、それとは別の場所にクリとカキの木を植えた土地(以下クリ畑)を管理している。

 まず畑地だが、近所の山地から直線距離で二キロほど。山との間に二つの集落と水田地帯、小さな河川を挟む。小さな河川といっても川幅は3~4メートル程度。土手から土手までは10メートル以上ある。下半身ずぶ濡れになる覚悟があれば、大人なら泳がずに渡れるくらいの水深だ。

 近くの山はというと、頂上で標高約350メートル。特別な装備がなくとも登れるような登山道のついた、小さな山で、年間を通して行楽客も多い。

 以前からイノシシやシカ、ニホンザル、クマも確認はされているが、俺の経験上では登山中に出会うようなことはなかった。

 こうして文字化すると、かなり動物と近いロケーションである。

 まあ、獣害の危険性も普通にありそうに思うだろうが、俺が畑地を引き継いでから二十年、獣害の気配はまったくない場所であった。

 だが、今年(2023年)の4月。昨年植えたタマネギと、植えたばかりのジャガイモの様子を見に行った俺は、隣の畑が何ものかに掘り返されているのを発見する。

 隣の畑は、三年くらい前まで近所のおばあさんが耕作していたのだが、ご高齢であったその方が亡くなり、息子さん夫婦は畑作に興味がないようで、耕作放棄されていたのである。

 堀り跡を見て、すぐにイノシシと分かった。湿った部分を筋状に掘り返すやり方。二つに割れた蹄の足跡。だが、不思議なことに、イノシシは植わっている農作物には見向きもせず、休耕地を掘り返してミミズか何かを食べて去ったようであった。

 集落を二つ越え、川を渡ってまで、わざわざミミズだけを食いに来たような行動は不明だったが、周囲の耕作者は気付いてもいない様子。

 注意喚起しようか迷ったが、その後、日を経るごとにイノシシの痕跡は減っていき、すぐに新しい痕跡は無くなったので、少しホッとしていた。

 水田に水が入り、田植えの為に大型機械が行き来するようになったことで、警戒心を強めたのであろう、と考えた。

 ところが、獣害はこれで終わりではなかった。問題は別の場所で起きていたのである。

 五月中旬。

 もう一つの管理地である、例のクリ畑に、草刈りのため訪れた時にそれは発覚した。

 積んであった刈草と枝葉の堆肥場が、イノシシに掘り返され、せっかく育ったカブトムシの幼虫が全滅していたのである。

 そこは、集落内のほぼど真ん中で、三面は宅地に面している。また、自宅を建てるつもりで祖父が購入した土地であるため、周囲に二メートルくらいの石垣を積み、内側は土を盛って一段高くなっている場所だ。

 結局自宅は建てず、市の条例改正で売却もできなくなったこともあって、その場所の使い道に困った亡父が、クリの木とカキの木を植えたわけである。

 年に数回の草刈りと簡単な管理を継続していたが、数年前から生ゴミと犬の糞を混ぜ、発酵させた堆肥を根元に撒くようにしてから、クリもカキも実がたくさん獲れ始め、それぞれ年間100キロ程度収穫している状況だ。

 畑とくらべると山地には更に近く、麓の最も近い藪からなら五百メートルくらいであろうか。

 裏側は休耕田に面していて、そちら側からなら、人の眼を盗んで来られなくはない。だが、本当に集落の中心部であるし、裏側の休耕田側は高さ2メートルの石垣がある。

 まさか、そんな場所にまでイノシシが来るとは思ってもみなかった。

 実際、この石垣をイノシシは登れなかったようで、足跡は道路側から駐車スペースを通って果樹園内に侵入してきていた。だが、それはつまり人家の連なる舗装道路を通ってやって来たということである。

 様々な獣害対策本を見ると、身を隠せるような藪を無くせだの、人の往来が多いと出て来にくいだの書いてあったが、そんなものお構いなしに、やって来るヤツはやって来るのだと認識せざるを得ない状況であった。

 ただ、裏側の休耕田を見ると、そちらにも足跡はついていたから、どこをどう通って来たかは明確ではない。その後、確認に行くと、一番近い山の裾はぐるりと電気柵で囲まれていて、ほとんど隙間がなかった。

 もしも、電気柵の途切れた登山道入り口あたりから来ているとすれば、おそらく水田地帯を通る舗装道路を使って二キロ以上歩いてきている可能性がある。

 イノシシの侵入は、カブトムシを食いつくした後、夏の間はほとんど無くなり、クリの実る時期になって再発した。

 台風などの影響で青い実が落ちるような、かなり早い時期から「何者かに食われたクリの実の皮」が見つかるようになり、育ったのか別の個体か、春先よりさらに巨大な足跡が散見されるようになった。

 そんなある日。

 イノシシの登れないはずの石垣の上に、俺はとんでもないものを見つけてしまった。

「何か大型動物のものらしき糞」である。

 それは、草むらの上にちょこんと乗っていた。ちょこん、とはいっても可愛いといえるようなサイズではなく、長さは15~16センチだが、直径は3センチ程度はある。かなり新鮮で、黒っぽい。

 その大きさから見て、犬や猫のものでない。その太さから、当然、タヌキやアナグマ、キツネなども除外される。イノシシだとすると、塊の構成が粒状になっていないのがおかしい。

 しかし、俺は正直、これがそうだ、というものを見たことはない。よって、それがイノシシの糞なのか、他の何か大型動物(?)の糞なのか判然としなかった。

 足跡は無い。その他の証拠もない。目撃証言もない。

 となると、証拠を自分で確保し、それを根拠に対策を打つしかない。

 俺は、その場所にここ三年ほど設置したまま、スイッチを入れず放置しているトレイルカメラを、起動させることにした。

 このトレイルカメラ。実は自分のものではなく、友人のものなのだが、普段は使わないから、ということで借りっぱなしになっていたものだ。

 集落のど真ん中であるこのクリ畑は、敷地の半分をゲートボール場兼公園として、地元に無償提供していることもあって、勝手な使い方をするやつもいる。

 クリやカキを盗っていったり、ドブさらいした泥や砂を敷地内に捨てに来たりする。

対応に苦慮していたのだが、目立つ場所にこのトレイルカメラを、電池を入れないで設置しておくことで、不届きな奴を減らすことに成功したのである。

 それに改めて電池を入れ、設置して、侵入してきているのが何で、何種類なのか、侵入は何時頃なのか、を確認しようということだ。

 設置から一週間後、メモリーカードを確認した俺はのけぞった。

「カードが……破損してる」

 メモリーカードには何も記録されていないどころか、パソコンはメモリーカードを認識すらしなかったのであった。

 古いメモリーカードだったからか、と新しくかったメモリーカードを入れてまた一週間。

 結果は同じだった。つまり、壊れていたのはトレイルカメラの記録能力の方だったのだ。

 友人のモノを壊してしまったことと、クリの収穫のピークを過ぎてしまったことにげっそりしつつ、ネットで新しいトレイルカメラを検索。

 弁償三万円くらいを覚悟していたのだが、なんとこの数年でトレイルカメラは長足の進歩を遂げていて、同クラスの機能で画質も録画性能もアップしてなんと六千円以下。

 さっそく購入して設置したが、その時にはクリのピークは過ぎてしまっていて、気配……というか動物の痕跡の雰囲気は、イノシシだけのものになっていた。

 そして案の定、映っていたのはイノシシとキツネだけだったのである。

 もしかすると、あの糞。

 イノシシかキツネのモノだった可能性がなくもないが、カキのピークはこれからだ。

 あの糞が俺の最も危惧している動物……ツキノワグマのものである可能性も考え、トレイルカメラの設置は継続することにした。

 

 当然ながら、この時点まで手をこまねいていたわけではなく、いくつか対策を打っている。

 まず、何ヵ所か細かく刈り残していた藪を一掃した。

 湿地帯こそ作っていないが、その他の部分は樹林、草むらビオトープのつもりであったから、クマザサに覆われた場所や、モミジイチゴ、アカメガシワなどが茂みを作り、シラカシ、ヌルデ、ヤマザクラ、ハギ、ケヤキ、クロマツなどの実生が二メートル程度に育っていたが、これらをすべて切り払い、切り倒して見通しをよくした。

 次に、クリを毎日回収するようにした。

 クリの木は大木なので、高所のものは落とせない。落ちてくるのを待つしかないので、例年三日おきくらいに行って回収していたのだが、それでは動物に食うチャンスを与えてしまうため、仕事の合間に時間を見つけて毎日行き、クリをすべて回収した。

 それでも、ピーク時には『何者かに食われたクリの果皮』がいくつか見つかった。味を覚えさせてしまったのは悔しいが、最小限にとどめることはできたと思う。

 そして、まだ青みの残るうちに、すべてのカキを収穫した。

 これはもう、言うまでもないが、クリに続きカキの味まで覚えさせてしまっては、クマに限らず、動物どもに入り浸られる可能性は高い。

 例年ならば、カラスやヒヨドリがつつきだすまで待ち、樹上で真っ赤に熟したカキを収穫していたのだが、そうもいかなくなった。

 出荷でもしていれば、品質の低下を招くようなことは致命的だが、自家消費と知り合いに配るカキであれば、例年より多少味が落ちようとも、仕方がない。万一、イノシシやクマによる人身被害でも出たら、集落の人々に顔向けができない。


 今後は、これまで放任気味だった管理を徹底し、クリ、カキともに高く伸びてしまった梢を剪定し、余計な樹木は切り、しばらくはビオトープ化もあきらめざるを得ないだろう。

 またもし、トレイルカメラにツキノワグマが確認されたら、その時点で果樹の皆伐を検討したい。

 また、出入り口付近に、祖父が溜め込んだ巨大な庭石群が積まれているのだが、どうも隙間に動物が潜めるサイズだ。これも逐次処分していく予定である。


 今年は連日のように獣害のニュースが流れている。

 だが、日本の人口のうち、獣害と関係ない場所に住む人の方が、圧倒的に多い。

 都市部の人口密度と、その周辺部では、全く違うのだ。

 なにしろ、一年前までこの俺も、当事者ではなかった。

 だが、気づかなかっただけで、俺はずっと境界線上にいたのである。

 クマ、イノシシ、シカの被害が急拡大したことのひとつには、彼らの生息圏の拡大があることは、間違いない。

 山際まで耕作され、民家があり、人が出入りしていた。

 山林に少し入った場所は、燃料や山菜、竹や材料をとる里山であり、人と動物の緩衝地帯となっていた。

 過疎化、人口減少、都市への人口集中、行政の管理体制の変化によって、これが崩れたのである。

 人の生活範囲と、動物の生活範囲の重なりがなくなり、人が撤退した場所へ動物が進出してきている。そして、イノシシやクマの中には、人の生活圏を恐れなくなりつつあるものが出始めている。

 むろん、原因のなかには個体数増加もあるし、そのような調査結果も出ているが、それだけではないのだ。

 彼らは『迷い出てきた』わけではない。捕獲して奥山に持って行ったところで、自分が生活場所と定めた場所へ戻ってくるだけのこと。

 根本的解決には程遠い。

 

 獣害のニュースのほとんどがクマ関連であったこと、どう思われるだろうか。

 どうしても命にかかわることが多いので、クマのニュースがトップで報道される傾向がある。

 だが、イノシシだってシカだって人間よりはよほど強く、牙や角によって命に係わる場合がある。なんならキツネやタヌキだって間接的には命に係わる被害を与える場合がある。

 ダニやヒルを介した寄生虫や病原体問題、である。

 そして、人的被害を与えそうな野生動物に対する措置は、たいてい捕殺である。

 こうしたことが報道されると、「なぜ共存できないのか」「かわいそうだ」「命を大切にしろ」という反応が行政や実行した団体等に集まり、業務を妨害したり、担当者に心的苦痛を与えたりしているようだ。


 この両者が歩み寄れる解決法は何か。

 それは『結局、どのような状態を目指すのか』という『現実を踏まえた理想の設定』であろう。

 駆除する側は、場当たり的に置かれた状況に対応して駆除しているだけでは、効果があったのかないのか分からないし、やり過ぎればいつの間にか絶滅させているかもしれない。

 批判する連中は「住み分けろ」とか「生息域と区切りをしろ」とか、現場の状況を知りもしないで勝手なことを言うだけでは、一歩も進まない。

 だが、日本の動物学者や行政もバカではない。

 今、各地でさかんにデータ取りが行われているはずだ。

 そうでなければ、ちょっと検索しただけで生息数や生息逸度、各地の出現状況が分かるようになっているわけがない。

 DNA分析で個体識別まで始まっている。

 いくつかの離れた場所での出現個体が、同一個体であること、すなわちその地域には「クマがたくさんいる」のではなく「人里のうまみを覚えてしまったクマが一頭いる」のだ、ということまで分かりつつあるわけだ。


 専門家でない俺たちは、被害を受けている俺たちは、どうしたらいいか。

 知ったような口を叩いて、彼らの仕事を、邪魔をしている場合ではないのではないか。

 情報を上げていこうではないか。

 その方法は、もうみんなの手の中にある。

 知を集約し、議論、検証して、よりよい状態を求めていくのが、人間という生物の強みなのだから。

 出来ることからやろう。

 休耕地を管理し、里山、里地に興味を向け、人の気配を増やし、管理できない果樹を無くし、里山里地を人間の手に取り戻そう。

 そうでないと、山際を電柵で覆い尽くし、コンクリで固めなければならない未来が来てしまう。

 日本の山林は、過去数千年の中でも、もっとも豊かになっているという。江戸時代には、薪炭材として、江戸の周囲の山野は丸坊主になった。

 富国強兵から昭和の初期まで、燃料利用は続き、産業用、建材用にも伐採され、その後に膨大なスギが植えられて、山は杉畑と化した。

 それが、少しずつではあるが回復し、自然の遷移に任されて、生物多様性の向上が見られたからこそ、あふれ出すほどの動物が育ったといえる。

 ニホンジカ、エゾシカ、イノシシは、この数十年で個体数が数倍になっていると推測されているし、クマもおそらく増えている。

 むろん、ニホンオオカミという捕食者、競合者を絶滅させてしまったことも要因の一つであろうし、温暖化によって積雪量が減ったことも理由といえる。最近で言えば、山を切り払って設置された太陽光発電の周囲に草が増え、シカの増大を招いているともいう。

 こう考えると、増えた理由も、あふれ出した理由も、どれもこれも人為的な理由なのだ。

 今後、彼らとどう付き合っていくか、どう保護していくか、どう利用していくか、それを考えていくべき、もう避けて通れない、逃げられない時が来た。

 そういうことだと思う。

 それぞれが、できることをやろう。

 それは、懸命に現場で戦う人、研究する人たちに、心無い言葉を投げつけることではないはずだ。


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