【2-2】
「へ?」
思わず声が裏返る。いまのいままで、ここの奥さまだと思っていたからだ。
「もしかして、アタシを三沢夫人だと思ってた?」
「思っていました」
「いま、この家に三沢さんはひとりもいない。もう三沢さんのお宅とは呼べないかもね──ただのお化け屋敷。で、あなたは?」
「若林芽衣です」
「若そうだけど、年齢を聞いてもいいかな」
「26です」
「そうなの。アタシは48歳……見てのとおり、おばさん体型です」
かず美さんは自虐的に言うと、太鼓腹をぽんと叩いた。
「私たちは、つまり、この家に閉じ込められたってことでしょうか」
「段階があるのよ」
「ステージ?」
「そう、ここは第2ステージ……とりあえずアタシと、階上にいる田中にとってはね」
「田中さんておっしゃるんですね、さっきの方」
「ええ。アタシと彼は言わば同類──うれしくないけど」
「第1ステージを突破したという意味で、ですか」
「……そのまえに確認したいんだけど、芽衣ちゃんは第1ステージを経験していないのね?」
「はい、私にとっては、いまが第1ステージです」
すると彼女はうふふ、と笑いながら、
「そうだよねー、ほんと、何なんだろうこのシステム……シード権かよ」
「第1ステージの概要を教えてください」
「うん、まずアタシと田中は、第1では一緒になっていない。いまさっき知り合ったというか──ここでね」
「はい」私はうながす。
「で、彼の話を聞いたらアタシとおなじ経験をしているわけ。もっと言うと、芽衣ちゃん、あなたもよ」
「じゃあ、皆さんも宅配ピザ屋の恰好をしてここに?」
「そういうこと……でもね、いま思うと、アタシだけちょっと特殊だったかも」
「特殊、とは」
「特殊っていうか、1期生だったのかもしれない──ごめんね、分かり難い言い方で」彼女は大げさに手を合わせる。「あのね、たぶんアタシしか会っていないんだ。ここのご主人の三沢さんに」
「なんだか雰囲気的にレアっぽいですね」
「でしょ?」かず美さんは不意に悲しい目をした。「でも三沢さん、すぐに死んじゃった……毒入りのピザを食べて」
「えーっ!」
「まあ、ふつうにビックリするよね、誰も自分が毒物を持ち込んでいるなんて思わないもの。アタシだって知らなかった──」
「三沢さんは?」
「彼は知っていたっぽい。『代金を払うから上がれ』って、わざわざアタシをリビングに入れたの。そして彼はアタシの目のまえでピザを齧って、そのまま息絶えた」
「死体は、その……」
「言ったでしょ、ここは第2ステージだって。アタシが気づいたときにはもう、死体も毒入りピザも消えていた。一瞬で場面転換したってわけ」
「──かず美さんは、第2で長いこと独りぼっちだったんですか」
「いいえ」と彼女は首を振る。「田中がきたのは、わりとすぐだった。テレポーテーションみたいにしてパッとあらわれたのよ」
「なるほど、私とは入り方がちがうんですね」
「うん。第1ステージの人たちはピザ屋の恰好をして、インターホンを押して玄関から入ってくる……そういう決まりみたいね」
「それから田中さんとお話を?」
「ええ、とりあえず彼が敵か味方か分からなかったから。で、話してみて分かったのは敵──まで行かないにしても、ライバルであることはたしかね」
かず美さんの口から田中さんの話を私は聞かされた。彼はまるで武勇伝のごとく第1ステージでの経験を彼女に語ったらしい。
彼女とちがい、複数のライバルを打ち破って第2ステージに進出した、とも。
驚きだったのは、どうも三沢さんと思われる死体がさきに存在していたらしいこと。
田中さんは死体の特徴をおぼえていて、アルマーニのYシャツ、金のブレスレットなどがかず美さんの持つ三沢さん像と一致した。
つまり彼が入った第1は、彼女が抜けた後の設定だったということだ。