【1-7】
まさか、いや、さすがにそれはあり得へんやろとは思うが──これは夢なんじゃないだろうか。
SFあるあるで、いちばんやっちゃいけないやつである。だが、そう考えるのが最もしっくりくる。
どういうわけかアタシは自分の悪夢から脱け出せずにいる。そこを青山という存在が何かしらのヒントを与えようとしてくれているのでは……。
彼に実体はなく、言わばアタシの意識に飛び込んできた記憶、的な?
そう、彼が跳躍した先がこの脳内だったとしたら、まだ納得できるような気がするのだ。
ヤバい、ドキドキしてきた。今度彼を見たら劇的な何かが起こるような予感。
そんな期待を胸にアタシは階下へ降りる。リビングに入ると、やはり凄惨な死体がふたつ……その状況は変わらなかった。
「何かひらめいた?」ソファから青山が問う。
瞬間、カミナリのような衝撃がアタシの背中に走った。片方の死体を見て不意に気づいた。
「青山くん。こっちの死体──ビーフさんじゃないほうだけど、」
「ああ、《たぶん三沢さん》の死体ね」
「これって、もう何時間もここに放置されているのよね?」
「そうだね」
「……おかしいわ、死斑が出ていない」
「ん、何それ」
「くわしいことはウィッキーペディアで調べてちょうだい。とにかく、これが本物の死体なら死斑と呼ばれる斑点模様が身体中に出ているはずよ」
言ってアタシは《たぶん三沢さん》の死体に触れた。気が進まなかったが仕方ない。
「やっぱりだ……触ってみてよ、この人工感。温かくも冷たくもない、まるでゴム人形だわ」
すると青山はいきなり、ふははと笑い出した。
「そうか、そこに気づいちゃったか。──それじゃ、オレはトイレに行ってくる」
何じゃそれ。まるで図星を突かれた犯人のような言動である。
だが間違いなく核心に近づいている、そうアタシは確信する。
ゴム人形のごたる死体を胴体ごと引きずってみると、おどろくほど軽いじゃないの!
リビングのカーテン、そして窓を開ける。出窓になっていて、その向こうはすぐ裏庭の花壇だ。
一見すると連続しているように思えるこの空間も、じつは結界が張られていてアタシたちをこの家から出さないシステムになっている。
だが、しかし。こいつなら──このダミー死体ならば結界を越えられるんじゃあないだろうか。
試してみる価値は十分ある。青山はトイレに立ってここにはいない。彼にアタシの邪魔をする気はないようだ。
つまり、これが正解なのだ。
窓の向こうにダミー死体を放り投げた。その瞬間、まるで千のフラッシュが焚かれたような眩い光がアタシを包んだ。