【1-6】
青山の話を要約するとこうだ。
6月10日の夜、レオタードすがたの女が青山のアパートを訪ねた。女は水戸かず子と名乗った。
水戸は青山に荷物を渡すなり煙のように消えてしまった。
荷物の中身は札束──じゃなくて新聞紙を紙幣サイズに切り揃えたものだった。500枚からある紙束の、たった1枚にだけ赤ペンで丸がされていた。
これ見よがしに印が付いていたのは、とある探偵事務所の広告記事だった。青山は思いついてその事務所に足を運ぶ、探偵に会うために。
探偵は青山に衝撃の事実を伝える。
水戸かず子はひと月まえに殺されている、つまり、10日の夜にあらわれたのは彼女の幽霊である、と。
その後、占い師の女が探偵の加勢にくる。
占い師は不思議な能力──過去にメールを送ることができる、を使って水戸を救おうとする。
過去を変えると世界線の分岐が起こり、関係者のひとりである青山も例外なく、いずれかの分岐点に跳躍する。
で、現在に至るというわけだ、ぶっちゃけて言えば……。
「なるほど」アタシは言う。それしか言えない。「まあ、そうとうおかしなシチュエーションだけど、いまのところアタシはまだ生きているってわけね」
「うん。今日が何月何日かは分からないけど、水戸さんが生きている以上、6月10日よりひと月以上まえであることはたしかだ」
「そうか、アタシはまだ青山くんに出会っていなかったんだ──はじめまして、だね」
「オレは未来で一度会っているけどね」
なんかウソみたい、というかバカみたいな話だけど、破滅ルートを一度回避したと考えれば儲けものかもしれない。
もちろん、青山がとんでもないホラ話をしている可能性は否定できない。──あれっ? 急にあることが気になり、アタシは質問する。
「青山くん、あなたさっき、玄関でこう言ったよね……『なんて恰好してるんだよ、水戸さん』て。おかしくない? あなたにとって水戸=レオタードのイメージのはずなのに」
「ああ、あれね」青山は半笑いで言った。「レオタードの上にピザ屋のジャンパーだけだったから、そう言ったんだ。シュールすぎるだろ」
レオタードだけでも十分シュールだわ、と自分でつっこみそうになる。──ダメだ、服装関連で青山の欺瞞を暴くことはできそうにない。
「ちょっと2階を見てきても、いい? 独りで考えたいこともあるし」
「いいよ、オレは階下で留守番しているから」
お許しが出たのでアタシは階段へ向かった。べつに青山の許可を取る必要も、ないっちゃないのだが。
三沢宅の2階は部屋がみっつ──10畳の洋室に6畳の和室と洋室。広いほうの洋室を寝室に使っているようだ、ベッドが置いてある。
ベッドに腰かけ、アタシはこんがらがった頭のなかを整理する。マジでいろんなことがありすぎて、もうわけが分からない。
青山の話を信じるならば、アタシは5月10日付近に殺されていた。そのひと月後、6月10日に幽霊となって青山を訪ねるアタシ……。
バカバカしいとは思う、けど、いったんその前提に立って物事を考えてみよう。
探偵、占い師、そして青山が協力してアタシを救ってくれた──いや、まだ途上かもしれないが、少なくとも水戸かず子はいまのところ死んでいない。
破滅ルートの世界線、それを回避するべく過去の重要な分岐点に跳躍した。そう青山は言っていたが。
おかしい、何かが引っかかる。
そもそもこれはアタシの危機であって、青山のそれではないはず。
だのに、なぜ彼はアタシとおなじ分岐点にリープしたのだろう。たまたまターニングポイントが被ったのだろうか?
あとこれはSFあるあるだが、なぜ彼はタイムリープする以前の記憶を有しているのだろう。
時間の巻き戻しが起こった場合、基本未来の情報は持っていないはずだ。現にアタシがそうやろがい!
何というか、青山だけ突出して事情に通じている感がハンパない。