【1-5】
部屋と死体と死体とアタシ、プラス青山。
脱出困難なこの狂った家に、いま死体がふたつとひと組の男女。青山はアタシを知っているらしいが、こっちは知らない──そんな感じ。
ついさっきまで田中という色白で陰気な男がいたが、もうここにはいない。
「脱出成功したわけ? 田中さんは」
アタシはいちおうさん付けした。
「どうやら、そうっぽいね」青山はアゴをさすりながら、「偶然の要素はあったにせよ、結果的に田中さんがビーフさんを殺したかたちになっている。イヤな予感が当たったかもしれない」
「それって脱出条件が殺人、てこと?」
「うん、だからA子さんも三沢さんを殺すことでここを脱出できた」
「ちょっと待って。田中さんはビーフさんが息を引き取ると同時にすがたを消した──それを脱出成功と呼ぶなら、A子さんも一瞬で……」
「言いたいことは分かるよ」青山が被せる。「一瞬で消えたのなら、彼女がインターホンに出る暇はなかった。ビーフさんに応答できなかった、てことだろ?」
アタシがうなずくと青山は話をつづけた。
「さっきも言ったけど、ここのインターホンは信用できない。ビーフさんと話したのは遠隔操作をしている誰かだったかもしれない。自動音声って線もあるな」
「ちょっと……ちょっと待って」頭が混乱してくる。「だったら、A子さんそのものがあやふやにならない? インターホンの声が女性だったってことだけが、彼女の存在の拠りどころなのに」
「そうだね、誰も彼女を見たわけじゃないし、もしかしたらA子さんじゃなくてA男さんだったかしれない。──不明な点は山積みだ。犯人が女でも男でも、どうやって三沢さんを殺したかが分からない。あと、最初の疑問に戻るけど、そもそもこの死体が本当に三沢さんなのかどうかも」
ようするに全然だ。アタシは質問を替えた。
「全部のピザに、毒が入っているのかしら」
「たしかめようがないけど、可能性は高いと思う。自分で持参したピザを食べたら、それは自殺ってことでノーカウント。他人に自分のピザを食べさせて殺害する──すなわち脱出成功、ていうロジックじゃないかな」
「田中さんは、そのことを知っていたのかな」
「いやー、どうだろう」青山は首をかしげる。「もともとピザを交換してくれって言い出したのはビーフさんだ。彼がキノコを食べられないということも、田中さんには知りようがないわけだし」
「たしかに……でも、ピザに秘密がありそうだって、なんとなく田中さんは気づいていたんじゃないかしら。ピザを食べればいいじゃん、て提案したのも彼だったでしょ」
「まあ、憶測はさておき食糧問題は切実だ。頼みのピザに毒が入っている以上、ほかに食べるものを探さないといずれ餓死してしまう」
意外と現実的だな、この男。アタシは彼に質問が山ほどある。
「ねえ青山くん、図らずもふたりきりになったから聞くけど──あなた、アタシのことを知っているんでしょう? こっちは全然だけど」
「あ、そうだね、いまのうちにその話をしちゃおうか」
「いまのうちに?」
「ほら」と彼は時計に目をやり、「これまで1時間ごとに、あたらしい宅配ピザ屋がここを訪れている。最後のきみが16時にきて、あと15分ほどで17時だ」
「その法則がつづくとは、かぎらない。……ごめん、話の腰を折っちゃった。あなたの話を聞かせてちょうだい」
「──うん、いいけど、そうとう奇妙な話だから覚悟しておいて」
これまで奇妙じゃない点がひとつでもあった? というセリフをアタシはグッと飲み込んだ。また話の腰を折るところだった、あぶないあぶない。