【1-4】
「いまここにいない女性のことね」
「うん。A子さんが本当にいたとしたら、三沢さんを殺したのは彼女である可能性が高い」
「本当にいたら──って、ビーフさんを疑っているの?」
すると青山は含み笑いをしながら、
「彼には申し訳ないけど、A子さんの存在が架空なら、そのウソを言ったビーフさん本人が三沢さんを殺したってことになる。そして犯人はマヌケにも、ここから出られなくなってしまった──」
アタシは黙ってうなずいた。
「ただ、A子さん犯人説のほうが可能性は高いけどね。彼女は犯罪に手を染めて、ここから逃げ出した。つまり、この家から脱出できた」
「(そのほうが)まだ希望が持てるわね」
「いや、逆だよ」青山は真顔で言う。「殺人が脱出のカギなら、オレらも殺し合いをしなくちゃいけなくなる」
たしかに……だが、何かが気になる。
「でも、どうして三沢さんだったのかな。家のなかに、あたらしくビーフさんも入ってきたわけだし、殺そうと思えばどちらでも──」
「まあ、玄関で憶測の話をしていても仕方ないさ。皆のところへ戻ろう」
それもそうね。アタシたちはリビングへ移動した。
部屋に入るやいなや、ぐう、と腹の鳴る音がした。どうやらビーフ氏が発したものらしかった。
「あ、いや失礼」
「これは切実な問題ですよ」と青山。「オレらはこの家に閉じ込められている。脱出できなければいずれ食糧は尽き、餓死してしまう」
「ピザを食べたら、いいんじゃない」
田中がはじめて発言した。すくなくともアタシは初耳だった。
「オレも田中さんの意見に賛成。さいわい、ここには人数分のピザがある──各々持参したやつがね。それは自分の分として食べていいと思う」
青山がこっちを見るので、
「アタシも、それでいいと思う」と答えた。
「お腹が空いているようでしたら、ビーフさん、どうぞピザを召し上がってください」
「うん……それじゃあ」
ビーフ氏は恥ずかしそうに言うと、ピザパッドの箱を持ってリビングの奥にあるダイニングテーブルに座った。
「けったいな家だけど」青山は小声で、「時計だけはちゃんと動いている。これまで1時間ごとにひとりずつ増えている──きみを含めてね」
時刻は16時半。アタシがきてから、もう30分が経とうとしていた。
「あの、」ピザの箱を手にビーフ氏が戻ってきた。「こんなときに申し訳ないんだが、私はキノコの類がまったくダメで」
言って彼は箱の中身を見せてくる。わりとめずらしい、マッシュルームとチーズしか載っていないピザだった。
「だったらボクのと換えてあげるよ」
また田中が口を開いた、しかもタメ口である。ビーフ氏はだいぶ目上やぞ……まあ、そのやさしさは評価できるが。
田中がピザーヤの箱を開けると中身はシンプルなマルゲリータで、ビーフ氏は満足したようだ。
トレードが成立し彼はふたたびダイニングテーブルへ──そして悲劇は起こった。
がちゃん、といきなりすごい音がした。
見るとビーフ氏がテーブルに突っ伏している。倒れ込んだときにテーブルの上の花瓶を割ったらしい。
青山が即座に駆け寄って、痙攣する氏の背中を叩いたり口をこじ開けようとする。
「まさか、毒物……」
アタシが近づいたときには、もう青山は一連の動作を止めていた。ビーフ氏は事切れてしまっていた。
「水戸さん、見て」
彼はビーフ氏の死体とはべつの方向──リビングの中央に視線を誘う。
「田中さんがいない」
「本当だ」言われて気づいた。「どさくさに紛れて逃げたのかしら」
「どうやって?」
そうだった、ここは外界から切り離された閉鎖空間……。