【1-3】
意を決してビーフ氏は家のなかに上がり込んだ。
玄関からいちばん近いドアを開けるとそこはリビングで、晴れて彼は死体とご対面となったわけである。
ふつうならテンパってしまう状況だが彼は冷静だった。とりあえず床に倒れている男性の脈を採ると、すでに事切れていると分かったらしい。
いずれにしても救急車だ、そう思ったがビーフ氏はケータイを持っていない。
固定電話がないものかと家中を探したが、どうもこの三沢宅には置いていないようだ。
ならば仕方ない、表に出て助けを呼ぼうと氏は考えた──ところが。
玄関のドアを開けて外に出た瞬間、彼は内側の三和土に舞い戻っていたという。
「ウソでしょ……」
「論より証拠さ」青山はさらっと言う。「水戸さんも試してごらんよ。ここにいる皆、田中さんもオレも実証済みだから」
めっちゃ怖かったが断るわけにも行かなかった。アタシひとり拒絶して、あらぬ疑いをかけられるのもあれだし。
青山を伴って玄関へ。そこで靴を履き、ドアを開ける。向こうの景色は庭で別段おかしな感じはしない。
だがドアから一歩踏み出した瞬間、アタシは玄関のなかで青山と相見えていた。
「まるで回転ドアね──これって、どうなの。一瞬だけアタシのすがたが消えて、またパッと戻る感じ?」
「そうだね、水戸さんがつかんでいるドアノブをリレーのバトンにたとえると……つぎの走者に渡したときのオシリのアングルと、渡し終えた顔のアングルが一瞬で切り換わる感じ、っての?」
「分かり難っ」スニーカーを脱ぎながらアタシは言う。「──ようするに、電話もなければ外に出ることもできない。ここにいる全員、閉じ込められたってわけね」
「そういうこと」
「そういうこと、じゃなくて!」若干イラッとした。「ヒドいじゃないの。ここから出られないと分かっていて、あえてアタシを招き入れたのね」
「あのね、いちおう……」
「インターホン」アタシは被せた。「──そうよ、あのとき助けてって言えばよかったじゃないの。家のなかに死体があるって言えば、こっちだって外にいるまま警察を呼べたわけだし」
「言ったさ」
「え、」
「言ったけどきみには届かなかった。てゆうか、ここのインターホンはぶっ壊れているんだ。『通話』ボタンを押しても会話ができない」
「何言っているの、さっきアタシと話したでしょ」
「オレは何も話していない」
「はい?」
意味が分からない。なぜそんな見え透いたウソをつくのか……。
「鍵は開いているから玄関のなかまで入ってきて──て、アタシを招き入れたじゃないの」
「オレは言っていない、けど、そのセリフはここにいる誰もが聞いている」
「どういうこと……」
「さあね。インターホンのなかの小人がしゃべっているのか、あるいは、遠隔操作で誰かが応答しているのか……。いずれにしても、この家はどこもかしこもマトモじゃないよ」
「……そうだったの。ごめんなさい、事情も聞かずに噛みついたりして」アタシは頭を下げる。
「チャイムと液晶画面は生きていて、それきっかけで水戸さんを玄関まで迎えに行ったってわけ。ちなみに、玄関のドアを開けてそこから大声で叫んでも、外の人間は誰も反応してくれない」
「玄関以外の、例えば窓なんかは?」
「結果は一緒だった。こちらからの声は外部に届かないし、窓から脱出してもまた部屋に逆戻りさ」
「ハンパないわね……」思わず全身の力が抜ける。
「楽観はできないけど、あまり悲観的になってもね。それより気になるのはA子さんだ」