【4-6】
かぐわしいコーヒーの香り、その滋味が身体に染み渡る。
ものを口にするのはいつ以来だろう、あらためて、自分があの家から解放されたことを実感する。
同業者の両桐探偵──彼の部屋で、私は、私のヒーローである野村さんの話に耳を傾ける。
「そしたら……」
青山さんのアパートに突入したという野村さん。だが、部屋に鍵はかかっていなかったのだろうか。
「ラッキーなことに鍵は開いていたど」彼はイシシと笑いながら、「それだけじゃない。ドアを開けた途端にメモが落ちてきたんだど」
「(ドアの)内側に、メモが挟んであった?」
「そう、これはメッセージってやつだど」
「どんな──」
すると彼は無言で紙切れを渡してきた。
「実物だど」
【6月21日15時。空き地に、裸の女がテレポートしてくる。花壇の跡があり、その範囲に女はあらわれる。近隣の住民に気づかれることなく、女を保護せよ】
末尾に空き地の住所──神田川県某所が書かれ、メモは終わっていた。
裸でテレポート、てターミネーターか。内心でツッコミを入れたはいいが、はたと気づく。
「え、まさか」
あわてて自分の出で立ちを確認する。上下のトレーナー、もちろん私のものではない。下着も確認したかったが、さすがにいまはムリだった。
「そのトレーナーはボクのものです」両桐さんが言う。「下着は、コンビニで女性用のスポブラとボクサーパンツを買いました。有り合わせで申し訳ありません」
「メモを見つけたものの、オラは困ったど」
困ったのはこっちである。顔から火が出そうになる。
「裸の女があらわれる? それがオラの行方不明中の仲間なら、師匠か、芽衣しゃんくらいしか考えられん……師匠の裸は見たくないど」
その芽衣しゃんはいま、裸体を見られた恥ずかしさでいっぱいだ。
「とにかくオラひとりじゃ対処不能だった。それで、両桐しゃんに応援を頼んだ。佐須刑事が行方不明になった時点で、彼とは連絡を取っていたんだど」
「あの、」私は質問する。「タイムリープとかテレポートとか、ふつうに考えて、両桐さんはイケる口なんですか」
「佐須先輩から占い師吉田さんと、そのお弟子さん──野村さんのお話はかねがね、うかがっていました。なにか不思議な術を使われるとか」
「不思議……まあ、そうですね」それ以上何も言えなかった。
野村さんがコーヒーに口をつけたタイミングで、両桐さんが話のバトンを受け取った。
裸の女、すなわち私をいかに確保したか、のくだりである。
まず両桐さんがクルマを出した。野村さんは運転免許を持っていないので、そこが応援理由としては大きかったようだ。
つぎに彼らは某ワークマンへ行き、作業着とヘルメットを買った。あとブルーシートとポールも。
14時半までに指定の空き地へクルマで行き、作業を開始する。
花壇跡の周りにポールを立てブルーシートを張る──殺害現場じゃないけど、外側から見えないバリケードを設置するわけだ。
いつ裸女がきても、いいようにね!
作業は迅速かつ、15時のリミットすれすれであることが肝要。あまり長いことバリケードを張っていたくない、どこぞの権利者が文句を言ってくるかもしれないから。
さいわい邪魔が入ることもなく、5分前には作業終了し、定刻どおり私はテレポートしてきた……らしい。
「その──どんな感じだったんです?」私はたずねる。「映画だと、たとえば、半径2メートルくらいがバリバリバリってなるじゃないですか」
「いや、ぜんぜん。瞬きしているうちに、もうすでに裸のきみがバリケードのなかにいた」
両桐さんはあっさり言う。
なんかもう、恥ずかしさも薄れていた。それよりも彼がいま言った、ぱっと一瞬で目のまえの景色が切り替わる様子。
いかにも狂った家からきました感がすごい。




