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レオタード2〜マッドハウス〜  作者: 大原英一
最終ステージ:若林芽衣
26/28

【4-5】

 ドアの向こう、その闇のなかに(たたず)んでいたのは、あのマスタード野村さんだった。

 一度しか私は会ったことがない──けれど、彼のずんぐりむっくりしたシルエットは忘れようがない。

 野村さんは不安げな顔で口をパクパクさせている。

 何かを言っているようだが、その声はこちらまで届かない。こちらの声も届いていないようだ。

 私は手を振ってみる……ダメだ、反応がない。彼にこちらが見えているのかさえ微妙である。


 だが、こちら側にある何か(・・)には気づいているらしい。

 やおらカメラを取り出すと、彼はそれを私のいるほうに向けた。あれはたしか、すこし不思議なカメラだったはず。

 パシャリ──そのストロボがまた凄まじく、目が潰れるかと思った。

 だんだんと意識が遠退()いて行く。私が憶えているのは、そこまでだ。


     *


 意識が戻ったとき、私はベッドの上に寝かされていた。

 いつかも、そうだった。あのときは占い師吉田さんと佐須刑事がそばにいてくれたっけ……。

 今回は顔ぶれがちがう。マスタード野村さんと、もうひとりは知らない男性である──誰だろう。

「気がついたかど? オラは心配したど」

 泣き出しそうな声で野村さんが言った。彼独特のしゃべり方もひさしぶりな気がした。


「ボクは私立探偵の両桐といいます。佐須刑事の知り合い、というか後輩で、彼の行方を追っています」

「佐須刑事だけじゃないど。オラの師匠も、あんたのところの探偵も、青山も、みんな行方不明だど。あんた自身もそうだったけど、オラたちが見つけ出した」

 覚醒したばかりの脳に、残酷な情報がバンバン入ってくる。

 だが私は理解する。水戸さんに(かかわ)り、結果的にタイムリープしてしまった人たちが軒並みすがたを消しているのだろう。

 私もそのひとりだった。そして青山さんも。


 あらためて自分が見知らぬ部屋にいることに気づく。

「ここは?」

「ボクの部屋です」と両桐さん。「むさ苦しいところですが、体調が戻るまでここで休んで行ってください。病院にお連れすることも考えたんですけど、ちょっと事情がややこしいもので。──コーヒーでも、いかがですか」

「ありがとうございます、いただきます」

 彼がお湯を沸かしに立つと同時に、私は野村さんにたずねた。

「どれくらいの期間、私は行方不明だったんですか」


「みんな、だいたい1週間から10日といったところだど」

 思わず胸をなで下ろす。かず美さんじゃないけど、浦島太郎状態になっていたらどうしようと、ちょっと心配していた。

「じゃあ、期間はそんなに長くないんですね」

「みんなが、あんたのように助かる保証はない──心配だど」

「どうやって私を発見したんですか」

「カメラを持って日参したど。あんたのところの探偵事務所と、青山のアパートを」


 最後の記憶……ドアの向こうに立っていた野村さんのすがたが浮かんでくる。が、ウチの事務所もしくは青山さんのアパートがあの狂った家(マッドハウス)につながっていたとは、とても思えない。

「オラのカメラで閃光(フラッシュ)が撮れるのは知っているな?」

「ええ、」言いながら私は両桐探偵をちらと見た。

 世界線が変動するときに発生するフラッシュ──それはタイムリープの契機でもあるのだが、そんな話を同業者とは言え彼のまえでして平気なのだろうか。

 私たちと親しかった佐須刑事でさえ、たぶんよく分かっていなかったと思う。


「フラッシュが発生するとしたらあんたの事務所か、青山のアパートか、どっちかだとオラは考えたんだど。1週間どっちも撮りつづけて、やっとこさ昨日、光の痕跡をつかむことができた。青山のアパートだった、ど」

 思わずドキリとする。青山さん──幽霊になってしまった彼は、けっきょく煙のように消えてしまった。

 彼に何があったのか。光の痕跡と、それが関係あるのか。

「とにかく、いままでなかったフラッシュが発生したってことは、何かが変わったんだど。オラは勇気を振りし()ぼって青山の部屋に突入した」

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