【4-5】
ドアの向こう、その闇のなかに佇んでいたのは、あのマスタード野村さんだった。
一度しか私は会ったことがない──けれど、彼のずんぐりむっくりしたシルエットは忘れようがない。
野村さんは不安げな顔で口をパクパクさせている。
何かを言っているようだが、その声はこちらまで届かない。こちらの声も届いていないようだ。
私は手を振ってみる……ダメだ、反応がない。彼にこちらが見えているのかさえ微妙である。
だが、こちら側にある何かには気づいているらしい。
やおらカメラを取り出すと、彼はそれを私のいるほうに向けた。あれはたしか、すこし不思議なカメラだったはず。
パシャリ──そのストロボがまた凄まじく、目が潰れるかと思った。
だんだんと意識が遠退いて行く。私が憶えているのは、そこまでだ。
*
意識が戻ったとき、私はベッドの上に寝かされていた。
いつかも、そうだった。あのときは占い師吉田さんと佐須刑事がそばにいてくれたっけ……。
今回は顔ぶれがちがう。マスタード野村さんと、もうひとりは知らない男性である──誰だろう。
「気がついたかど? オラは心配したど」
泣き出しそうな声で野村さんが言った。彼独特のしゃべり方もひさしぶりな気がした。
「ボクは私立探偵の両桐といいます。佐須刑事の知り合い、というか後輩で、彼の行方を追っています」
「佐須刑事だけじゃないど。オラの師匠も、あんたのところの探偵も、青山も、みんな行方不明だど。あんた自身もそうだったけど、オラたちが見つけ出した」
覚醒したばかりの脳に、残酷な情報がバンバン入ってくる。
だが私は理解する。水戸さんに係り、結果的にタイムリープしてしまった人たちが軒並みすがたを消しているのだろう。
私もそのひとりだった。そして青山さんも。
あらためて自分が見知らぬ部屋にいることに気づく。
「ここは?」
「ボクの部屋です」と両桐さん。「むさ苦しいところですが、体調が戻るまでここで休んで行ってください。病院にお連れすることも考えたんですけど、ちょっと事情がややこしいもので。──コーヒーでも、いかがですか」
「ありがとうございます、いただきます」
彼がお湯を沸かしに立つと同時に、私は野村さんにたずねた。
「どれくらいの期間、私は行方不明だったんですか」
「みんな、だいたい1週間から10日といったところだど」
思わず胸をなで下ろす。かず美さんじゃないけど、浦島太郎状態になっていたらどうしようと、ちょっと心配していた。
「じゃあ、期間はそんなに長くないんですね」
「みんなが、あんたのように助かる保証はない──心配だど」
「どうやって私を発見したんですか」
「カメラを持って日参したど。あんたのところの探偵事務所と、青山のアパートを」
最後の記憶……ドアの向こうに立っていた野村さんのすがたが浮かんでくる。が、ウチの事務所もしくは青山さんのアパートがあの狂った家につながっていたとは、とても思えない。
「オラのカメラで閃光が撮れるのは知っているな?」
「ええ、」言いながら私は両桐探偵をちらと見た。
世界線が変動するときに発生するフラッシュ──それはタイムリープの契機でもあるのだが、そんな話を同業者とは言え彼のまえでして平気なのだろうか。
私たちと親しかった佐須刑事でさえ、たぶんよく分かっていなかったと思う。
「フラッシュが発生するとしたらあんたの事務所か、青山のアパートか、どっちかだとオラは考えたんだど。1週間どっちも撮りつづけて、やっとこさ昨日、光の痕跡をつかむことができた。青山のアパートだった、ど」
思わずドキリとする。青山さん──幽霊になってしまった彼は、けっきょく煙のように消えてしまった。
彼に何があったのか。光の痕跡と、それが関係あるのか。
「とにかく、いままでなかったフラッシュが発生したってことは、何かが変わったんだど。オラは勇気を振りしきぼって青山の部屋に突入した」




